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三十九、紅茶が冷めるまで

「初めまして。アーテル・ノクティリアスです」

「初めまして。リーサ・シルバニアです」


 ロジュの目の前で、アーテルとリーサが挨拶をしあう。


 シルバ国に行って数日後。ロジュとリーサの大学が終わってから、ソリス城へ来るように、アーテルと約束をしていた。

 アーテルとリーサが話す場を作ること。それがウィリデに頼まれていたことだ。


 ソリス城の敷地内の庭。ロジュの横にリーサが座っており、向かい側にはアーテルが座っている。紅茶はすでに準備しており、三人の目の前で、カップから湯気がたっている。

 

 リーサは少し緊張しているようで声は強張っているが、アーテルは全く緊張の素振りはない。

 

「じゃあ、俺は戻る」


 頼まれたのは、二人を引き合わせる場を作ること。これ以上自分がいても邪魔だろう。いれた紅茶は持っていけばいい。

 そう思ったロジュは一度自室に戻ろうとするが、アーテルが引き留めた。

 

「ロジュ。そんなに忙しいの?」

「調整はきくが」

「それならまだここにいてくれないかしら? そうね……。()()()()()()()()、いてくれない?」


 ロジュがアーテルをじっと見ると、彼女はニコリと微笑んだ。


 紅茶が冷めるまで。それは、本当に紅茶が冷めるという意味ではない。会話が盛り上がり、紅茶のことを忘れるほど話せるようになるまで。


 それは、アーテル自身のためではない。恐らく、緊張を隠しきれていないリーサへの配慮。


 アーテルの意図を理解したロジュは首を縦に振った。

 

「二人がそれでいいのなら」


 ロジュは、自分がこの場にいない方がいいと考えたから席を外そうとしていたから、二人が問題ないのなら、席を外す理由はない。

 リーサへと視線を向けると、すぐに頷いた。


「もちろん、構いませんわ。私がロジュを拒否することがあると思っていますの?」

「……お前を疑っているわけじゃない」

「もう」


 リーサとこのような会話をするのはいつものことだ。しかし、ここにいるのは二人ではない。

 

「ロジュが……! 女の子と仲良くしている……! 今日はお祝いね!」

「おい、止めろ。アーテル」

「だって……!」


 目を輝かせたアーテルの弾んだ声に、ロジュは慌てて制止する。

 

 アーテルの気持ちを理解はできるため、気まずくて視線を落とす。アーテルと初めて会ったときのロジュは、ウィリデくらいしかまともに親しい人はおらず、人と話すのが嫌いではなくとも苦手だった。アーテルとの最初の会話もぎこちなかった。


 そんなロジュとアーテルを見リーサが口を開く。


「アーテル王女殿下、本当にロジュと親しいのですね。兄上との仲も知りませんでした」


 ロジュはアーテルに目配せをする。余計なことを言わないように、と。ちゃんとした『設定』を考えるのを忘れていたという後悔がよぎるが、今悔いても無意味だ。


 リーサに違和感を持たせないようにしなくては。


「リーサ。ウィリデからはどこまで聞いた?」


 ロジュは何気ない風を装ってリーサに質問する。装えているかは分からないが、リーサの表情に訝しむ様子はなかった。

 

「えっと……。アーテル王女殿下と、遠い昔に出会ったと、懐かしむように。そして、補い合える存在、と」

「補い合える存在。いいわね。それ、最高。ウィリデ、良いこと言うじゃない!」


 楽しそうなアーテルを横目に、ロジュは頷く。ウィリデはあまり話さなかったようだから、ロジュもアーテルも少なくとも今は余計なことを言わない方がいいだろう。


 アーテルの返事は、狙ったものかは知らないが、上手く話は逸れそうだ。

 アーテルが笑顔でリーサへと話しかける。


「ねえ。私のことはアーテル王女殿下、なんて言う必要はないわ。アーテルお義姉さんとかどう?」

「よろしいのですか?」

「もちろん。家族になるんだから構わないわ」


 アーテルは自分が姉と言われるのが好きなのだろう。末っ子で可愛がられていたからこそ、年上ぶりたいのだ。ロジュに対してもそうだった。

 笑みを浮かべたリーサが軽く頷いた。


「それなら、私のこともお好きな呼び方で構いません」

「分かったわ。リーサちゃん」

「リーサちゃん……?」

 

 リーサが面食らっているのが珍しくて、ロジュは思わず声を上げて笑った。


「はは、リーサが戸惑うこともあるんだな」


 リーサが軽く頬を膨らませて、ロジュを睨む。

 

「ちょっとロジュ」

「はは。悪い。リーサはいつも堂々としているのに、アーテルには緊張しているのが珍しくて」

「もう。それはそうですわ。だって、一生独身かと思われた兄上が、いきなり女性を連れてくるとは思わないでしょう?」

「一生独身ということはないんじゃないか?」

 

 ウィリデは王だ。結婚する気はあっただろう。国を閉ざしていなければ、もう少し早く婚約をしていた可能性はあったのかもしれない。


「ねえ、リーサちゃん」

「何ですか?」

「ウィリデは家族に対してはどんな感じ?」

「そうですね……」


 続けざまに質問を重ねているアーテルと、それに丁寧に答えるリーサを見ながら、ロジュは紅茶が入っているカップを手にした。

 好奇心の強いアーテルらしく、たくさんリーサに聞きたいことがあるようだ。

 

「ロジュ様」

「ラファエル」

「あ、アーテル様、リーサ様。こんにちは」


 通りかかったのか、ロジュを探していたのか。ラファエルがロジュの所にやってきた。彼はアーテルとリーサを視界に入れ、挨拶をする。


「こんにちは、ラファエル様」

「お久しぶりですね」


 リーサ、アーテルの順で声をかけ、ラファエルが穏やかな笑みを浮かべながら応える。

 

「それでラファエル、どうしたんだ?」


 そんなラファエルに声をかけると、彼は困ったような笑みで首を振った。

 

「いえ。今は大丈夫です。ロジュ様、また来ますね」


 ラファエルがそう言ったところで、アーテルが口を挟んできた。


「ねえ、ロジュ。女子会したいから、行っていいわよ」


 それはロジュを気遣っての言葉であり、リーサがアーテルに慣れてきているから大丈夫だ、という合図だろう。リーサに視線を向けると、彼女も頷いた。

 自分がいなくても問題ないと判断したロジュは席を立ち、ラファエルと共にロジュの仕事部屋へと向かった。

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