三十三、虚構を崇拝しているような
シユーランは今頃エドワードといるのだろうか。エドワードといえば。エドワードとの会話も思い出す。
「そういえば、ウィリデの大学時代にもあったんだよな?」
「何が?」
「王族が三人いる時」
「ああ。そのことか。懐かしいね」
もう10年前の話だが、彼は覚えているのだろう。ウィリデが楽しそうに笑う。ラファエルが瞬きをして、口を開く。
「ウィリデ様を含めて王族が3人? ウィリデ様とアーテル様とワイス・ベインティ殿下ですか?」
「そうだね」
ラファエルも把握していたらしい。頷くウィリデをみて、ロジュは問いかける。
「ワイス王太子殿下のことは覚えているのか?」
「ああ。もちろん覚えているよ。悪い人ではなかった、はず」
「悪い人ではなかった? 妙に回りくどい言い方だな」
ウィリデが本当に何も思っていないのなら「良い人だ」と断言しただろう。それなのに曖昧な言い方をしたため、ロジュは疑問に思う。
ウィリデが苦笑する。
「うーん。なんかねー」
歯切れの悪いウィリデを見つめていると、彼は困ったように笑った。
「やっぱりなんでもない」
「なぜだ?」
「あんまり言うと不敬だからね」
それでもロジュが不満そうな目を向けていると、困ったように笑ったウィリデが口を開いた。
「あの目は危ない」
ウィリデの潜められた声を聞いて、ロジュは思わず問い返す。
「危ない?」
「私のことを、見ているようで見ていない」
そう言ったウィリデは若草色の瞳を伏せた。
「まるで私の、いや、『ウィリデ・シルバニア』の虚構を崇拝しているような。自分の見たいものだけを見ているような」
「それは、大丈夫なのか?」
ロジュは思わず口を開く。
虚構を崇拝。見たいものだけを見る。どこかで聞いたような話だ。
この前ロジュが『絵踏み』をしたとき、ラファエルが言っていたことと非常に似ている。
『強くて、かっこよくて、完璧なロジュ様。その偶像が崩れるのを許せない人々』
ロジュをそのように見ている人がいるとラファエルは言っていた。それがウィリデも似たような経験をしたということだろう。
不安になり、ロジュがウィリデを見つめていると、彼は肩をすくめた。
「まあ、気のせいかもしれないけれど」
「ウィリデの言うことを気のせいで片付けるのは些か不安が残るが」
「私だって、見通せないことは多い」
ウィリデが気のせいかもしれないと言ったため、ロジュはそれ以上心配の言葉を口にできなかった。それでも少し嫌な予感がして、ロジュは息を吐いた。
「ウィリデにどんな虚構を重ねているのだろうな」
「さあ。彼にしか分からない」
目の前のウィリデをじっくり見つめる。ウィリデが軽く首を傾げた。
「まあ、ウィリデは美人だから、理想を重ねたくなるのも分かる」
「え、本気で言ってる?」
「ああ」
ロジュにしてみれば、冗談でもなんでもない。しかし、ウィリデは疑わしそうな顔で首をひねった。
「ええ? そう?」
「無自覚な武器が一番危険だ」
「え、武器のレベル?」
深緑の髪は美しい森を感じさせて、穏やかな気分になる。草原を感じさせる若草の瞳は吸い込まれそうだ。
森や草原を感じさせるような見た目だが、その内面は穏やかなだけではない。しかし、見た目だけをみれば、女神のようだ。また、内面に潜む苛烈さが、彼のその見た目と相反して、余計に謎めいた雰囲気を醸し出している。
ベイントス国のワイス・ベインティがどのようにウィリデを思っているかは分からないが、どのようにも思えるだろう。見た目だけなら女性に見えなくもないし、理想の王と考えているかもしれない。
ウィリデを見ながら、ロジュは笑みを浮かべた。
「俺はそう思う」
「そうなの?」
腑に落ちなさそうなウィリデであったが、それ以上その件については言わなかった。少し考え込んだウィリデがロジュを見る。
「そういえばロジュ。さっき、私に礼をしたいと言っていたよね。お願いがあるんだけれど」
「なんだ?」
「リーサとアーテルを引き合わせてくれない?」
リーサとアーテル。二人を引き合わせること自体は問題ないのだが、なぜロジュに頼むのか。ロジュはウィリデの目を見つめた。
「……それは何かウィリデの策か?」
「いいや。全く違う。ただリーサが会いたいと言っていたのを思い出したけれど、アーテルとリーサが同時にシルバ国ヘ来ている時がなくて。それならいっそ、ソリス国で会えばいいと思っただけ」
ウィリデの笑みから他意は見受けられない。本当にそれだけなのだろう。
「分かった。引き受けよう」
「頼んだよ、ロジュ」
この会話すら、ロジュへの配慮なのかもしれない、と勘ぐってしまう。それでも、ロジュは頷いた。
「ラファエル」
「はい、なんでしょう」
どこか上の空のラファエルへと声をかける。先程から口数が少ないのが気になっていた。
「ウィリデと話があるんだろう? 俺がいたらできない話が」
「え、なんでそれを……」
狼狽するラファエルに、ロジュは微笑んだ。
「分かるさ」
ラファエルがわざわざシルバ国についてくるといったのも。先程から考え込むように黙っているのも。
ウィリデと二人で話があるが、ロジュにどのように席を外してもらうかを考えていたのだろう。
「ウィリデ、城の中を散歩してくる。入っても行けない場所はあるか?」
「一階と二階は基本的に大丈夫だ」
「分かった」
ロジュが部屋を出ようとすると、ラファエルが慌てたように口を開く。
「ロジュ様、本当に良いんですか?」
「何がだ?」
「僕がウィリデ様にだけ、話すことを」
ドアに手をかけていたロジュは振り返る。どこか不安そうに見えるラファエルへ笑みを向けた。
「ラファエル。俺はお前の意思を尊重する。それだけだ」
ロジュではなく、ウィリデに相談するというのは少しだけ不満に思うが、ロジュが相手ではきっと意味がないのだろう。
「何分必要だ?」
「……二十分お願いします」
「分かった」
ロジュは部屋から出て、どこに行くかを考える。
ウィリデの弟、ヴェール・シルバニア。彼とあまり会っていないことを思い出し、ヴェールを探すことに決めた。




