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十二、黒幕を探せ

 起きて、と言わんばかりに太陽の光がロジュの顔を直撃する。ロジュは少しずつ意識が上昇していく。ふっと目が覚めた。何だか良い夢を見た気がする。ロジュはどこかスッキリした気分だった。ソファで寝ていたのにも関わらず。自分に布団が掛けられていることに気がついた。


「誰か来たのか?」


 ロジュは自分の記憶を辿るが、思い出すことはできない。シルバ城の使用人だとしたら、人が入ってきたのにも関わらず気がつかなかったことになる。いつものロジュではありえない。よほど疲れていたからか、あるいはシルバ城という空間が心を落ち着かせるものであるからか。


「まあ、いいか」


 どちらにせよ気にすることではない。ロジュはいつものように窓を開けて祈ろうとしたが。

 コンコン、とノックの音が響いた。


「ロジュ第一王子殿下、起きていらっしゃいますか」

「ああ」

「お洋服をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 ロジュの返事を受け、シルバ国の使用人が三人入ってきた。


「ウィリデ陛下からこれをお持ちするように指示を受けましたが……。申し訳ありません。お邪魔してしまいましたか?」


 ロジュが祈りをしようとしたことに気がついた使用人の一人が謝罪をする。


「いや、問題ない。着替えた後にしたかったから大丈夫だ」


 昨日はシャワーを浴びて部屋着に着替えた後に眠ったため、ロジュは部屋着のままだった。部屋着のまま祈っても良かったが、着替えた方が気が引き締まる。


「ロジュ様、お着替えのお手伝いをします」

「いや、自分でやるから大丈夫だ。……ありがとう」


 ロジュは普段自分で身支度をすることが多い。断ったら相手の面目を潰してしまう場合や関係が気まずくなる場合は断れないが、ウィリデのシルバ城なら問題ないだろう。


「かしこまりました」


 ロジュの予想通り、使用人たちは食い下がることはしなかった。おそらく、ウィリデからロジュの意に背かないように厳命されているのだろう。


「それでは失礼します。何かあればお声がけください」


 そう言って使用人たちは部屋を出て行った。ロジュは身支度をすませると、いつものように祈りをする。その時間だけはロジュは太陽の光以外の何も感じない。

 いつもの日課が終わると、ロジュは何気なく周囲を見渡した。ソリス国側から複数の人がやってくるのが分かる。ロジュは内心舌打ちをした。恐らくロジュのお迎えだ。


「ウィリデ陛下」


 ロジュはウィリデの元へと案内してもらった。


「おはよう、ロジュ。どうした?」

「おはよう。もう、帰らなくてはならないようだ」

「連絡が来たのか?」

「いや、すでに人が来ているのが見えた」

「そうか……」


 ウィリデは何かを悩むような素振りを見せた。


「どうしたんだ?」


 軽く首を傾げてロジュが尋ねる。


「これは極秘事項なんだけど……。ロジュには言っておいた方が良いかもしれない」

「何についてだ?」

「密輸についてだ」


 シルバ国が鎖国をする原因となった密輸事件。それについてだとウィリデは言う。


「ロジュは、あの事件についてどこまで分かっている?」

「基本的にはこの前の話だけだが……。シルバ国と相手国が表沙汰にはしない方針ということだったから、独自で分かったことはほとんどないが、個人的に予想はしている」

「どこまで予想がついた?」

「そうだな……。密輸者の国籍はトゥルバ国がほとんどだと予想した。トゥルバ国はフェリチタへの意識が低いからな。他にあるとすれば、そうだな……。ファローン国かベイントス国だろうな」

「おお、流石だな。トゥルバ国がほとんどで、わずかにベイントス国だ。ファローン国はいなかった」


 トゥルバ国のフェリチタは土と岩。ベイントス国のフェリチタは雲と風。ついでにファローン国のフェリチタは雷と雨だ。


「ここまでしか予想できていない」

「十分だ。しかし、妙だと思わないか?」

「ああ。トゥルバ国のフェリチタへの意識が低いからといって、ここまでのことを普通考えるか? シルバ国の動物を持ち出さない、ということは暗黙の了解となっていたし、フェリチタへの意識が低いからこそ、持ち出すという発想は出ない気がする。シルバ国の動物には手をつけられていない、という認識がないから。ベイントス国に至っては割とフェリチタへの意識が高い方だ。ファローン国とベイントス国を候補として考えた理由はシルバ国の隣だというからだけだ。普通、密輸なんて考えないよな?」

「ああ。私もそう思う。だからこそ、この事件はまだ解決していない」


 普段は柔らかさを持つウィリデの表情が冷たい色を放つ。これほど真剣な表情のウィリデは、仕事中でしか見られない。


「この事件には黒幕がいるかもしれない。きっかけを作った誰かが。だから調査が必要だ、ということだな」

「そういうことだ」


 若草色の瞳が真っ直ぐロジュを見つめる。


「ロジュ・ソリスト第一王子殿下」


 ウィリデの凛とした声が部屋に響く。


「調査に協力していただきたい」


 ウィリデがわざわざロジュの姓名を呼んだ、ということは正式に王としてロジュへの依頼ということ。


「承知いたしました。ウィリデ国王陛下」


 ロジュも正式な返答をするために、片膝をついて、返答をする。

 ウィリデがふっと笑ったことで、引き締まった空気が緩んだ。


「そんな簡単に引き受けていいのか、ロジュ」

「問題ない。ウィリデ陛下が俺を信用してくれたんだからな」


 立ち上がりながらそう話すロジュは表情にはあまり出てなくても嬉しそうだ。


「具体的には何を望む? 確認なんだが、ソリス国への依頼ではなく、俺個人への依頼だよな?」

「ああ、そうだ。ロジュへの依頼だ」


 ウィリデが頷く。


「具体的には、そうだな。私の方でも情報を集めているのだが、和解したはずのシルバ国が調査しているのを他国に知られると、不審に思われてしまう。下手したら、黒幕に逃げられてしまうかもしれない。焦る必要はないから、確実な証拠を集めてほしい」

「分かった。方法はこちらで決めてもいいか?」

「勿論構わない。使いたい手段を取ってくれ」

「分かった」

「ロジュ、御礼は何がいい?」

「うーん……。ウィリデ陛下のためなら、御礼はいらない」

「それは困るな……。分かった。ロジュへの貸し、ということにしておいてもらおう。ロジュへの貸しは今回のリーサの件もあわせて二個目だな」


 そういってウィリデは笑う。ロジュもウィリデへ笑みを返す。


「ああ。そろそろ迎えが来るから、もう行く」

「ロジュ、気をつけて」

「ああ」


 ウィリデと別れを告げたロジュは城の出入り口まで向かって歩き出す。


「ロジュ様」


 歩いている途中、ロジュはリーサから声をかけられた。


「何か用か?」

「昨日の提案、本気ですから考えておいてくださいね」


 昨日の提案、それは自分と婚約をしないか、ということだろう。リーサは諦める様子を見せず、キラキラと輝く橙の瞳でロジュを見つめる。


「分かった」


 リーサの言葉にロジュは呆れたように微笑んだ。自分と、結婚したいだなんて、変わり者だ。ロジュに向かってこんなことを言ってくる人は他にいなかった。


「それではまたお越しください」

「ああ」


 ロジュは歩いて城を出た。向かう場所は、ソリス国とシルバ国の国境。また同じ門番が立っていた。


「おはようございます。ロジュ殿下。お迎えが来ておりますよ」


 そう言われてソリス国の人間を黙って眺める。


「誰からの命だ?」


 ロジュが面倒くさそうに言うと、迎えにきた使用人の一人が答える。


「国王陛下です」


 流石に国王からの厚意は断れない。例え父であったとしても。それをロジュが拒みたく感じたとしても、そんな選択肢はない。


「分かった。お前らが持ってきた馬車で帰る。俺の馬を持って帰ってくれ」


 ロジュが王の厚意を拒絶しなかったことに、使用人たちは露骨に安堵した表情を浮かべる。


「かしこまりました」


 ロジュは内心ため息をつきながら乗り込む。彼は馬に乗って駆けるのが好きなのだ。

 ロジュにとって、シルバ国は居心地が良い場所だった。ソリス国に帰ることが若干憂鬱に感じるが、ロジュはその心に気づかない振りをした。


 いつも通りの日常が戻ってくる。


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