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三十、敵を減らす

 大学が終わり、城へと帰った後、ロジュとラファエルは仕事の部屋にいた。自分の鞄を置いたロジュはすぐにラファエルへと話しかける。


「それで、書類みてもいいか?」

「勿論です」


 ラファエルがすぐに書類を手渡してくる。読んで、と言わんばかりにキラキラとした薄紫の瞳で見つめられ、ロジュは思わず口元に笑みが浮かんだ。


「忙しいのにありがとな」

「いえ、大丈夫です!」


 しっかり項目ごとに分類して書かれている。これは時間かかっていそうだ。仕事が早い側近ができてよかった、という気持ちと、無理はしていないだろうかという不安な気持ちを感じながらも、資料に目を通す。ロジュがちゃんとこれを役立てる方が、ラファエルは喜ぶだろう。

「要注意」と書かれている項目をながめる。


「やっぱり第一王子派か」

「そうですねー。でも、意外と第二王子派も入っていますね」


 ラファエルが「問題なし」としている名簿には、明らかに中立派が占めている。ペラペラとめくっていると、「不明」という題の紙があった。妙に曖昧な書き方だ。


「ラファエル、これは?」

「ああ。そうですね。今回の絵踏みでは問題はなさそうですが、普段の行動との整合性が取れていない、みたいな。逆の場合もあります」

「なるほどな」


 一貫していない、ということか。あるいは、普段は反第一王子派を演じているとか。逆に親第一王子派を演じている可能性もある。

 とっさに出たのが絵踏みの表情だとすれば、そちらの方が真に見えるが。


 要注意が3割程度。問題なしが6割。残り1割が不明。

 

「……どうしたら味方に引き込めるんだろうな」

「全員を味方にする方向で動きますか?」

「いや、流石にそれは難しいだろう。俺は聖人君子ではないからな。味方にしなくても構わない。敵に回りさえしなければ。『問題なし』という判断が下せるくらいの関係になれば」


 完璧を求めたところで難しい。だからこそ、妥協が必要となる。味方も増やしたいが、それよりも「問題なし」を増やしたい。

 ロジュは書類から顔を上げ、ラファエルの方に視線を送った。


「8割は、欲張りすぎか?」

「いえ、もうちょっといきましょう。8割5分」

「それは結構きつくないか?」

「大丈夫ですよー」


「問題なし」をあと2割増やす。それをロジュは目標としたが、ラファエルはもっといけると言う。ロジュは苦笑を漏らした。自分では難しそうだと思うが、ラファエルがロジュへ期待しているのなら、その期待には応えたい。


「それでも、どうしたらいいんだろうな?」

「今度ウィリデ様に聞いてみます? あの御方は得意ですよねー」

「ラファエル、お前も得意だろう? 人心掌握。エドワードが言っていたじゃないか」

「いえ、流石にウィリデ様には及ばないですよー」


 二人が会話をしているうちに、扉のドアをたたく音が聞こえた。ロジュが返事をすると、扉が開かれた。


「戻りました」

「シユーラン」

「はい」

「ちょうどいいところに来た。お前はこの前の絵踏み、どう思った?」


 ロジュの問いに、シユーランはしばらく黙り込んだ。ちらりとロジュの顔を見たため、ロジュが軽く頷くと口を開いた。



「ロジュ様ヘ不敬な言葉を発した人々をどのような処罰が適切かを考えていました」

「いや、そうではなくて、周囲の反応の話なのだが」

「すみません。そればかり気になってしまいました」


 顔色を全く変えずに言い切ったシユーランに、嘘の色はない。本気で言っているのが伝わり、ロジュは苦笑した。


「俺がわざとやったことなんだから、気にするな」

「……はい」


 それでも不満そうなシユーランをみて、ロジュがラファエルに視線を向けると、彼は楽しそうに笑った。


「じゃあ、僕が思ったことを言ってもいいですか?」

「ああ」

 

 真剣な表情へと戻ったラファエルにロジュは頷く。

 

「僕としては、エヴァ・クリムゾン公爵令嬢が一番よく分からないと思いました」

「その御方なら、私も気になっていました」


 エヴァ・クリムゾン。クリムゾン家の令嬢。クリムゾン公爵家といえば、三大公爵家の1つで、第一王子派の貴族だ。

 ラファエルとシユーランの二人に言われ、ロジュは首をかしげる。そんな2人から名前が挙がるとは思わなかった。

 シユーランがおずおずと言った。

 

「ぼそりと呟いていたのです。『お伝えしなくては』と。一体誰にでしょうか?」

「はは。あー、なるほど。そうか。彼女か」

 

 シユーランに問われ、ロジュは声を上げて笑った。それに、ラファエルとシユーランが目を見張る。

 二人の視線を受け、ロジュは笑いを堪えることができないまま言った。

 

「彼女なら大丈夫だ。どうせテキューにだろう」


 テキューが妙に早く情報を手にしたと思っていたが、それはあの部屋にいたエヴァ・クリムゾンからだったのか。それなら納得できる。

 

「え!?」

「は!?」


 ラファエルとシユーランが驚く様子を見て、ロジュは首を傾げた。

 

「……なんでラファエルまで驚いているんだ?」


 時が戻る前の記憶を持つラファエルなら知っているはずだ。そのときのテキューが、エヴァ・クリムゾンと親しくしている様子は、多くのパーティーで見受けられた。特に弟に興味がなかったロジュが覚えているくらいだ。顔が広いラファエルなら知っていて当然、と思っていた。


「僕が知っているべき事情ですか?」

「俺が知っているくらいだから、お前なら知っていると思っていたが」


 瞬きを繰り返すラファエルの近くにロジュは足を進め、ラファエルの耳元で囁いた。


「前の話だ」


 ロジュがそれだけを伝えて自分の席へと戻ると、ラファエルは薄紫色の瞳を見開いた。彼は乱雑に自身の髪をかき上げる。


「あ、なるほど。うわー。確かに。え、なんで僕は気づいていなかったんでしょう」

「お前がテキューに対して持つ印象が原因じゃないか?」


 ラファエルがテキューを警戒しているのは伝わってきている。だからこそ、そちらに意識を取られすぎて、思い至らなかったのではないか。

 

「あー。確かに。テキュー殿下の印象が強すぎて、その周りの人のことをあまり考えていませんでした」

「ラファエルも知っているんですか?」


 急に納得がいったような顔をしたラファエルにシユーランが問いかける。ラファエルは頷いた。


「はい。失念していました。ロジュ様、あの2人の関係は何でしょうね? 恋人?」

「さあな。エヴァ・クリムゾンがテキューに心酔しているように見えるが」

「あー。僕は逆にテキュー殿下の方が彼女に信頼をおいていると思っていました。前までは。今は逆に遠ざけているように見えますね」


 それはロジュにもラファエルにも分からないことだ。予想するしかできない。2人の間に何があったかをテキューに聞けば教えてくれそうだが、わざわざ聞くほどでもない。


「エヴァ・クリムゾンの話は放置で良いとして。ラファエルの気になる人物はこの書類の『不明』だろう? シユーランは他にいないのか?」

「すみません。他はあまり」

「いや。大丈夫だ」


 むしろソリス国のことをほとんど知らないはずのシユーランが、よく一人でも要注意人物をあげられた、と感心している。

 目を伏せたシユーランを見ながら、ロジュはラファエルへ質問を投げかける。

 

「シユーランの方の評価は?」

「意外と、といったら失礼ですが、そこまで悪くないですねー。でも、警戒が5割ですかね」

「それは良いのか?」

「幽閉の噂まで出回って、5割で済んでいるのは悪くないのでは? まあ、3割が好意的、同情的で、2割が敵意ですね」


 ロジュは首を傾げた。ソリス国ではフェリチタからの加護の強弱は要素の一つでしかない。それなのに、なぜシユーランへ敵対が向くのか。


「……敵意はどこから来たんだ? エレンか、エドワードか?」

「エレンは学院時代からファローン国に潜入していた割には、ソリス国でも人気ありますからねー」

「2割も?」

「それはエドも男女ともに人気ある男なので……。エドに喧嘩を売りに行ったことで敵対心を抱いた人も何人か」


 マゼンタ兄妹はどちらも人気があるのか、と考えながらシユーランへの評価にも思考を巡らす。


「……でも、気づいた人間もいるんじゃないか? シユーランが俺への悪評をかき消そうとしたことを」

「いたと思います。それが好意か警戒の中にはそういう人もいると思います」

「鋭い人間もいるな」


 ロジュへの悪評を消そうとしたことには気がついたが、その理由が分からず警戒している人もいるのだろう。そして、ロジュの側近になることに勘づいた人もいそうだ。


 とにかく、今できる分析はこれくらいか。

 

「ラファエル。一日でたくさん調べ上げてくれてありがとう」

「えへへー。もっと褒めてください」

「ああ。偉いな」


 褒め方もよく分からず、ありきたりな言葉しかロジュの口からは出ないが、ラファエルが嬉しそうなのでよしとしよう。

 

「でも意外とすぐ終わりましたねー」

「お前達が優秀だからだろう? 絵踏みは昨日だったから……。あと二日くらいしたら次の段階に移るか」


 すでに勘づいている人がいるなら、さっさと計画を進めてもいいだろう。

 次の段階。それは、ロジュの側近になることを公表する。そして最終段階は、シユーランのフェリチタを公表することだ。

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