二十八、国際関係
ラファエルは、先ほどからリーサやシユーランの評価としていろいろ言っているが。自身の発した言葉が不敬だと気がついている。しかし、今はエドワードと二人だけ。この真面目な男は気にするだろうが、エドワードが口外しないということも知っている。
「それで誰がいいと思う?」
「第二王子派閥、最大権力者のスカーレット公爵家を抑えたらどうだ?」
エドワードが口にしたのは、まるで模範解答だ。
第一王子、ロジュの側近であるラファエルが、ロジュとは相反していたテキューの派閥の筆頭だった公爵家、スカーレットの娘と婚約。
第一王子派と第二王子はに確執がない。そのことを国内にも国外にもアピールするのには絶好の方法。
スカーレット公爵家はロジュの母親の出身の家門。影響力は強いだろう。
ただ、筋書きとしてあまりにも分かりやすい。仮に実行するとすれば、ドラマチックな恋愛のシナリオを作り、それを世間に広げないといけないだろう。
「スカーレット公爵家かー」
ラファエルが煮え切らない声を出すと、エドワードが首を傾げた。
「なんだ? 他国の王族が良いのか? お前なら可能だろうが」
エドワードは、ラファエルが「公爵家の令嬢」との婚約に微妙な反応をしていると考えたようだ。実際、それもある。正直、スカーレット公爵家ではメリットが少ない。
「どっちの方が使えると思う? エドの考えがききたい」
「……嫌な聞き方をするなよ」
「ここだけの話、だから」
嫌そうな顔をしたエドワードだが、ラファエルが懇願すると、彼は軽く息を吐いた。
「正直、他国はこれ以上入れる必要もないんじゃないか?」
エドワードの言葉で、ラファエルは国外との関係性へ思考を向ける。
「そうだよねー。リーサ様にシユーラン様。どっちにしろシルバ国は敵に回らないはずだけど」
悩む必要もなく断言できるのはシルバ国。
ウィリデをどれだけ怒らせても、ロジュがいる限りは敵対しないだろう。ロジュがいなくなったら、の仮定はいらない。ロジュがソリス国を捨てれば、その後のことなんてラファエルにも関係がない。
ウィリデが強力な味方という意味では、ロジュがリーサと結婚するメリットはあまりなさそうにも見える。しかし、ウィリデとロジュにしてみれば、相手国を理由なく助ける口実になる。そして、ロジュがリーサを気に入っているのだから、ラファエルが否定する気は全くない。
エドワードがそこまで考えたかは知らないが、彼も当然のように頷いた。
「よほどのことがない限り、シルバ国とは友好的だろうな」
「うん。シユーラン様のファローン国は、シユーラン様がいてもいなくても敵に回らない。味方にもならないだろうけど。ただし、ロジュ様がフェリチタの強い加護を受けている状態である限り、ロジュ様に敬意を払う」
ファローン国はシユーランの母国。しかし、シユーランがソリス国に来たことは、ファローン国とソリス国の関係性に影響をしない。ファローン国はシユーランに興味がないからだ。
その一方で、ファローン国がソリス国と敵対するとは思えない。フェリチタからの加護を重んじるため、ロジュには無礼を働けない。
「そう考えると、残り抑えるべきはトゥルバ国、マーレ国、ベイントス国、ノクティス国か?」
エドワードがあげた四つの国のことを考える。その中で、ラファエルは一つずつ考えていく。
大丈夫と確信できるのは一国。
「ノクティス国も大丈夫。アーテル様がロジュ様の味方だから。ウィリデ様と婚約をすぐに結んだのも、ソリス国での婚約発表を許したことからも、ソリス国と敵対意思はない」
アーテルがロジュの味方というのは前提として。この前、ロジュが王太子となったことを祝うパーティーで、ウィリデとアーテルの婚約を「ソリス国で発表すること」を許した。そこが重要だ。本来ならシルバ国かノクティス国で発表するのが順当だろう。
それを許したということは、ノクティス国王夫妻は、ソリス国に悪い感情は抱いていないはずだ。細かいことはウィリデかアーテルに探りを入れないと分からないが、エドワードがあげた四国の中では一番問題なさそうだ。
ラファエルの言葉で考え込んだエドワードが思いついたように言う。
「マーレ国も大丈夫じゃないか? 秩序を重視しているから、ソリス国が他国に戦争をふっかけない限りは静観だろう」
「いやー、マーレ国は怖いねー。だって、『慣習を破る』という秩序を乱す行為をどう思っているか」
ラファエルが危険と認識しているのはマーレ国だ。国のトップが秩序を乱したこの現状をどう思われるか。
エドワードが別の国の名をあげる。
「ベイントス国は放っておいても大丈夫だろう?」
「うん。あそこは自国の利益を考えるからね。ロジュ様だろうがテキュー殿下だろうが、変わらない」
その点、ベイントス国への評価は単純。敵になる要素はないが、味方になるとも思えない。ある意味では安心。しかしずっと注視は必要だ。
「トゥルバ国は?」
「あそこは基本方針がよく分からないよねー。結構閉鎖的だし。効率よく、というか無駄なく動こうとしていることしか分からない」
無駄のない行動をしようとするのがトゥルバ国。しかし、現状はあまり見えてこない。
「それなら、逆に大丈夫じゃないか? だって、ソリス国、ロジュ様に敵対することは非効率だ。勝ち目はない」
「そうだよねー」
エドワードのそのような評価に異論はない。概ねラファエルも彼と同意見。
苺色の瞳を真っ直ぐにラファエルの方へと向けたエドワードが口を開く。
「マーレ国じゃないか? 他国の姫君がほしいなら」
「そうだよねー」
別にラファエルは他国の王女がほしいわけではなく、どちらのほうが使えるかの相対評価だ。
「まあ、今のところは世界征服をロジュ様にさせる気はないから、ラナトラレサ中の国をおさえる必要はないんだけど。ロジュ様がしたいなら全力で手伝うつもりはあるけどねー」
エドワードが驚いたように目を見開く。まさかラファエルがロジュに世界を渡す計画をしていると思っていたのか。それは過大評価しすぎだ。
ラファエルに欲はあるが、世界ではない。
「欲を言えば、味方が半分はほしいよねー」
「恐ろしいこと言うな。そんなことをしなくても、ソリス国に喧嘩を売るところなんてないだろうに」
エドワードはそういうが、ラファエルは一つの懸念を持っている。
「うーん、でもね。『ソリス国が今までの慣習を破った』っていうのは各国に激震を走らせたと思うんだよねー」
慣習。守るべきもの。それを破った余波がどこまで及ぶか。ラファエルには計算しきれていない。
先程のマーレ国の話で出たように、他国からソリス国へのイメージをひっくり返してしまったかもしれない。
そしてそれはロジュの評価へもつながる。
真剣に話を聞いていたエドワードが顔をしかめた。
「俺はただの次期侯爵に過ぎないんだから、そんなに大事そうな話を俺にするなよ……」
「でも、ロジュ様に政略結婚とか言ったら、きっと気にすると思うんだよねー」
家のため、ではなくロジュのための政略結婚。それをラファエルが目論んでいるということをロジュが知れば止めるだろうし、自分のせいで、と考えるだろう。ロジュを悩ませることはラファエルの本意ではない。
「君しかいないよ、エド」
エドワードは嫌そうな顔をしたが、ラファエルは知っている。この目の前の男が面倒見がいいことを。
しばらく黙り込んでいたエドワードがゆっくり口を開く。
「……あくまで俺の考えだぞ?」
「うん」
「慣習を破ったのは、そんなに問題があるとは思えない」
「なんで?」
「他国の中では、その慣習自体に疑問を呈する声もあった。そして、第一王子もしくは王女が王となるのが普通の国もある」
その意見にラファエルも納得ができた。例えば、アーテル・ノクティリアスのノクティス国。そこでは当然のように第一王女が次期女王だ。
シルバ国は前王が若くに亡くなった、という意味では特殊であるものの、第一王子のウィリデが王となることは当然だった。
他の国を考えてみても、シユーランのファローン国以外は、第一王子か王女が次の王と決められている国が多い。
「そしてソリス国で重んじられているのはあくまで能力。むしろ、不思議だ。今までその慣習が破られなかったこと自体が」
何をその国が重んじているか。エドワードの言うとおり、それが各国における次期王の指針となるケースは多い。
しかし、今までのソリス国の王となる指針は、「瞳が赤であること」であったという事実は変わらない。
「でも、ソリス国が慣習を破ったことで、『決まりを守らない国』というイメージがつくかもしれないよね?」
ラファエルの疑問にエドワードは笑みを浮かべた。彼があまり浮かべない、確信に満ちた笑み。
「それなら、見せつければいい。ソリス国の、ロジュ・ソリストは慣習を破ってまで王にするのに値する程の人物であると」
口の端を持ち上げるように笑ったエドワードは、ラファエルを見据える。
「それがお前の仕事だろう、ラファエル・バイオレット」
「……確かに」
ラファエルは目が覚めたかのような気分だ。そうだ。懸念があるのなら、ラファエルがどうにかすれば良い。
自身の口元にも笑みが浮かぶのを感じながら、ラファエルはそう決意した。
今回は国の情報が内容に深く関係しているため念のため。
国、王家の名、フェリチタ、国の特性
・ソリス国、ソリスト、太陽、炎、能力重視
・シルバ国、シルバニア、森、陸上生物、優しさや寛大さ重視
・トゥルバ国、トゥルバロス、土、岩、効率重視
・ベイントス国、ベインティ、風、雲、利己主義(自分の利益重視)
・ファローン国、ファロー、雷、雨、力重視(特に後ろ盾ともいえるフェリチタの強さ)
・ノクティス国、ノクティリアス、影、月、知力重視
・マーレ国、マーレン、海、海洋生物、平和や秩序重視




