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二十、正しくあらねばならない

「ロジュお兄様、僕を殺したいですか?」


 そのテキューは、どこか楽しそうで。真っ直ぐにロジュの藍を見つめるテキューは懐かしむように目を細めた。


「お兄様と最後に会話したとき、激高していましたよね? 今は、どうですか?」


 挑発のように苛つかせるような口調ではない。ただ、尋ねている。ロジュが自分のことを考えるのを望んでいる。

 弟の望み通り、ロジュは真剣に考えた。テキューを見つめて口を開く。

 

「……俺はお前を殺さない」

「それなら、僕は。僕はどうしたらいいんですか? どうしたら……」

 

 苦しいという感情を隠すことなく、縋るようにロジュを見つめるテキューは、やっぱりただの子どもに見える。ロジュは言葉を考えながらも口を開く。

 

「テキュー・ソリスト」


 はっきりと彼の名を呼ぶ。ロジュから視線を外さないテキューを見ながら、ロジュは言葉を選んでいく。

 

「お前は、王族だ。お前は、いや、お前だけじゃない。俺もだ。俺たちは正しくあらねばならない。何を思ったとしてもいい。だが、感情に身を任せてはいけない」

「……」


 これは、テキューに言い聞かせているだけではない。自分への言葉でもある。

 黙ってロジュの言葉をきいているテキューを見ながら、ロジュは考える。ロジュだって、正解なんて分からない。テキューを導くことができるほど、できた人間ではない。

 

 それでも、弟が自分を頼っているのだ。ロジュへの気持ちが軽くはない、弟が。ロジュが真っ直ぐに向き合わないと、きっと他には誰も向き合えない。


「正しくあれるか、は分からなくても。少なくとも、正しくある努力はしなくてはならない」


 正しさ、というのもまた難しい話だ。立場が変われば、正しさなんてものは変わる。絶対的なものではない。それでも、ロジュもテキューも、二度と過ちを犯してはならない。

 

「さらに、正しくあるだけではだめだ」


 かつてのウィリデ・シルバニアのように。時が戻る前、ウィリデは正しかった。非の付け所がないくらい。清廉潔白は、ウィリデのためにあった言葉だった。


 それでもウィリデ・シルバニアは死んだ。


「正しくあるだけでは足りない。正しいだけの者は、正しくない者に踏みにじられる。強さも必要だ」

「そんなの、可能ですか?」

「いや。無理だ。……一人では」


 ロジュだって、王太子と肩書きがついただけの人間だ。他の人より有利な立場で、持つ物は一等品だろう。それでも、無理だ。断言できる。ロジュは、失敗をした。過ちを犯した。一人で、正気を保てなかった。

 

「だから俺にはリーサもシユーランも必要なんだ。もちろん、他の人達も」


 それは、先ほどテキューがリーサやシユーランを殺すと言ったことへの解答だ。テキューがそれを実行したら、ロジュは本当に「正しく」生きることはできなくなる。自分にとって必要だ、だから殺すな、と。ちゃんと伝えなくては。

 

「一人では、正しい道を選びきれない。だから、俺はあいつらが必要なんだ」


 黙り込んだテキューに向かって、ロジュはぎこちなくも笑みを作る。


「テキュー。俺はお前を断罪するつもりも、怒りをぶつけるつもりもない。俺には、その資格がない。俺とお前のやったことは一緒だ。その時の感情に身を任せ、他人を巻き込んだ」


 テキューはウィリデを巻き込み。ロジュはラナトラレサ中の人間を巻き込んだ。この事実は、変わらない。たとえ、多くの人が覚えていないとしても。

 やったことは一緒、というロジュの言葉にテキューが弾かれたようにロジュの瞳をみる。


「難しいよな。それでも、俺たちはやらなくてはならない。向き合うことから目を逸らしてはならない」

 

 ロジュは向き合うことを決めている。それでは、同じような過ちを犯したテキューはどうするのか。ロジュは真っ直ぐにテキューを見据えた。

 

「テキュー・ソリスト。お前は、どう生きる? あの記憶を覚えていて、あの壊れた世界をみて、どうする?」


 ロジュの視線を受けて、テキューは一度口を開こうとした。それでも言葉は出てこない。ロジュは彼の想いが出てくるのをひたすら待った。


「僕は」

「ああ」

「僕には、分かりません。どうしたらいいのか。正しいことも、分からない。自分のしたことの何が間違っているかも分からない」

「そうか」


 すぐに答えなんてでない。でるはずはない。ロジュの罪も、テキューの罪も、誰にも裁けない。法で裁けない罪を裁けるのは、自分だけ。償えない代わりに何ができるかを考えるのも、自分だ。


「ロジュお兄様」

「なんだ?」

「……導いてください」


 そのテキューの弱々しい声に、はっきりとした解を返せない。自身の口から出る声は、震えたものだった。


「俺に、できる自信はない。だって、俺も間違えた身だ」


 そう答えると、テキューの表情は一気に暗くなった。それでもロジュは言葉を重ねる。


「ただ、昔よりお前を見る。お前が間違えていると思ったら、教える。その代わり、お前も俺が間違っていると思ったら教えてくれ」


 テキューはロジュの見えないところで味方や協力者を作っていることだろう。しかし、一人じゃないから大丈夫、と決めつけてはならない。テキューに「違う」「駄目だ」と言える人間は果たしているのか。誰も正してくれないなら、本当に間違いかねない。

 だから、ロジュが引き受けよう。ロジュには助けてくれる仲間がいるのだ。ロジュがテキューを見ていれば、止められるかもしれない。


「だからお前はどう生きたいのか。どう生きるのが良いか。当然答えはないが、お前の中で決断をしてくれ」


 彼の決断にこれ以上はロジュが干渉できることではない。黙り込んだテキューに、ロジュは背を向けた。

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