十八、賭け事
ロジュ達の会話を黙ってながめていたエドワードが少し険しい表情で口を開く。
「シユーラン殿下」
「はい」
「あなたは本気でエレンを愛しているんですか?」
「はい」
「婚約を体のいい言い訳として利用する気なのでは?」
ロジュは自身の口元に苦笑が浮かぶのに気がついていた。エドワードの言いたいことも分かる。エドワードがそう思うのではないか、と先ほどから薄々懸念していた。
シユーランが公の場でエレンとの婚約に言及したとして、それにロジュのためという意図があれば。兄であるエドワードは訝しむ。それを利用しているのではないかと疑う。
エドワードに言われて、シユーランも思い至ったのだろう。慌てたように首を振る。
「違います。いつかは知られるなら、今日でもいいと思っただけです。エレンの許可をとらずに公の場で口にしたのは軽率でした。申し訳ありません」
エドワードは、シユーランのことを見つめた。シユーランがしっかりと見つめ返す。苺色の瞳と赤茶色の瞳が交差していたが。しばしの沈黙の後、エドワードが軽く息を吐く。
「俺は、まだシユーラン殿下のことを信じられないです」
「それで構いません」
思いの外、迷いのない返事であった。エドワードが何度か瞬きを繰り返す。誰も何も言わない中、再びシユーランが口を開く。
「私は何も持っていません。それは事実です。今のままで認めてもらおうなどという愚かな希望は抱いていません」
そう言い切ったシユーランの顔はあまりに無垢であった。無知ではないはずなのに、邪気が一切ない。シユーランに疑いの目を向けていたエドワードすら、息を呑んだ。
「いえ、そこまでは言ってないのですが……」
「あなたに認めていただけるように、精進します」
あまりに綺麗な赤茶色の瞳に、エドワードが思わず、といった様子で目を伏せる。そのエドワードの気持ちはロジュにも分かる。シユーランが、あまりに真っ白な存在に見えて、自分が汚く見えるのだ。
目を伏せた状態のまま、エドワードが口を開いた。
「……ロジュ様」
「なんだ、エドワード」
「今更ですがあなたの側近であるシユーラン殿下を見定めるという不敬をお許しください」
ロジュへの配慮も忘れないエドワードに、ロジュは口元を緩めた。
「構わない。俺は言ったはずだ。お前の目で、判断しろ、と」
ロジュは、シユーランに幸せになってほしい、という気持ちは無論あるが、エドワードも大事な友人だ。
二人が納得する結論にたどり着くまで、これ以上の口出しはしない。
「俺の側近を試すのは構わないが。……農作業の対決とかは止めてもらえるとありがたい」
「ちょっと、ロジュ様! それ以上は言わないでくださいよ!」
もちろん、ただの冗談だ。エドワードが顔を引きつらせて声を上げる。そんなロジュとエドワードを見たラファエルが口角を上げた。
「そうだ! 農作業、といえばエドは……」
「おい、ラフ! 本気で黙れ!」
エドワードの農作業の思い出は、他にもあるのだろうか。少し気になるが、部屋の空気は柔らかいものになったし、これ以上エドワードを揶揄うのも止めておくことにした。
ソリス城。シユーランが席を外しているところで、ラファエルが楽しげに口を開いた。
「ロジュ様」
「なんだ?」
「賭けをしませんか?」
ラファエルの薄紫色の目を見て、賭けの内容をロジュは理解した。
「シユーランとエドワード、どちらが折れるか、か?」
「はい」
ロジュはラファエルを見つめる。彼の笑みを視界に入れながら、軽く首を捻った。
「それは賭けになるか?」
「ロジュ様はどちらが折れるとお思いで?」
ラファエルに問われ、間髪入れずにロジュは返事をする。
「エドワードが折れる」
「僕もそう思います」
「やっぱり賭けにならないじゃないか」
ロジュの予想通り、ラファエルもエドワードが折れ、シユーランとエレンの婚約は成立すると思っている。
賭けになるはずがない。
「エドワードは、素直で優しい奴だ。悪環境でも歪まずにいるシユーランにすぐ絆される」
「そうですねー。それに加えて、シユーラン様は諦めかけていた恋を捨てなくて良くなったという奇跡を逃しはしないでしょう」
エドワードの性格面。そして、シユーランは一度は諦めかけた恋を、今度こそ必死で叶えようとするだろう。
「エドの方が絆されて、シユーラン様を気に入る様子が目に浮かびますねー」
「むしろ、何日で折れるかという日数の方が賭けになるんじゃないか?」
「いいですね。それじゃあ僕は一ヶ月で」
「俺は二週間で」
どちらも期間が明らかに短い。それでも、互いに疑問を呈することはない。きっとすぐだと分かっているから。
ラファエルが、ロジュに視線を送りながら口を開いた。
「もし僕との賭けに勝ったとき、そのお金は何に使うおつもりで?」
「シユーランに祝い金として渡す」
「奇遇ですね。僕もそのつもりでした」
ラファエルがくすくす笑う。ロジュにも笑みが浮かんだ。
どちらにせよ、シユーランへの祝い金となるのだ。それなら。ロジュは口角を上げながら口を開く。
「ラファエル。ちょうど賭け事の気分だったんだ。俺は多めに賭けるぞ」
「ロジュ様、いいこと言いますね。僕もそうします」
賭け事の気分になることなどないが。今回は違う。良い名目として利用する。それをきいたラファエルもロジュの意図をちゃんと理解したのだろう。彼が微笑んだ。
ロジュの側近になったシユーランへの礼、そしてエレンとの恋が成就することへの祝い。
ずっと不遇だった彼への祝いだ。ロジュは心の中で祈りのような感情を抱えながら、今はここにいないシユーランのことを考えた。




