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十四、見定められる側という自覚

「隠すのが上手い、という点は俺も見習うべきだろうな」

「ロジュ様が下手だと言いたいわけではないのですが」

「お前にそんな気持ちがないのは分かっている」


 エドワード・マゼンタが素直なだけではなく、礼儀正しい人間であるのは知っている。そしてロジュへの忠誠を結構持っている気がする。


「俺はロジュ様も隠し事をする方だと思っています」

「そうか?」

「ええ。先ほどもここで何をしていたか結局教えていただけませんでしたし」


 エドワードの瞳に責める色はない。ただ、その苺の色に近い瞳にロジュを気遣う色が浮かぶのをみて、ロジュは口元を緩めた。


「本当に何もないんだ。ただ、雨が降るのを見ていただけだ」

「ああ、なるほど……?」


 一応ロジュは正直に答えたのだが、エドワードは不思議そうにしている。そんな彼をみているうちに、ロジュはこの前のエドワードの様子を思い出した。


「そういえばエドワードと初めて話をしたとき、まだ雨が降っていない時間に予言のように雨が降ると言ったよな? お前は予言できるのか?」


 エドワードもそのときのことを思い出したのだろう。エドワードは軽く頷く。


「マゼンタ侯爵家の領地では、農業が盛んです。だから、外にいる時間が長くて、次第に天気がなんとなく分かるようになったんです」

「そういうものなのか?」

「ええ」


 ロジュにとっては未知の分野だ。新鮮な気分で話をきいていたが、途中で気になって首を傾げた。


「侯爵令息が、長時間外で農作業を?」

「あ……。えっと、はい」


 ロジュの指摘にエドワードはしまった、と言いたげな顔で頷く。ロジュが視線を向けていると、諦めたように口を開いた。


「俺はすぐに屋敷を飛び出して、農作業を手伝うような子どもでした。もちろん侯爵家としての教育は受けていましたが、時間があればすぐに外へと飛び出していました。親からも止められることはなく、学院や大学に通い始めてからも休暇時は農作業をしています」


 少し照れくさそうに話すエドワードはいつもより幼く見える。しっかりしているエドワードの別の面をみて、ロジュは笑みを浮かべた。それをみて、エドワードがロジュをじっと見つめた。


「俺が恥ずかしい話をしたので、ロジュ様もなにか恥ずかしい話を教えてください」

「そんなの山のようにあるが」

「それでは教えて下さい」


 エドワードから乞われて、ロジュは考える。ざあざあという雨音をききながら、口を開いた。


「……またあとでもいいか?」

「構わないですが、なぜ?」

「エドワード」

「はい」

「俺はお前のことをしんじて……」

「ロジュ様?」


 突如言葉をとめたロジュにエドワードは不思議そうにしているが、ロジュは自分の口元をおさえた。

 今、自分は簡単に『信じている』という言葉を使おうとした。あれほど、いろいろなものを信じることが苦手だったのに。

 これは良い変化なのだろうか。悪い変化なのだろうか。

 それでも、今のロジュからすんなりと信頼が出てきたのは事実。ロジュは口元を緩めた。

 

「俺はお前のことを信じているからな」

「え……? はい。えっと、何がですか?」

 

 ロジュは微笑み、それ以上の説明はしなかった。

 エドワードは素直な人間だ。ロジュがほしい反応をしてくれることだろう。そして、ロジュはエドワードが敵に回ることはない、と信じたいと思っている。


 エドワードは選別の対象ではないが、事前にロジュがやろうとしていることを伝えるつもりはない。彼がどんな反応をするかは少し興味がある。ロジュの視線に首をかしげたエドワードを見ながら、このあとに起こす騒ぎの流れを脳内で確認する。

 チャンスは一回。ロジュは深く息を吸った。


 自分の弱みを人に見せるのはひどく怖い。だからこその「絵踏み」だ。弱みを見たときの反応で、大方の思想は透ける。


 ◆

 

 ロジュはぼんやりと教室の様子を眺めていた。昼休みのこの教室は、ロジュと同学年の人間が多い。

 第一王子派、第二王子派、中立派。どの派閥だったとされる家の子どももいるように見える。


「ロジュ様、本当にやるんですか?」

「ラファエルは反対か?」

「いえ。ただ雨の日にやる必要はないのでは?」


 ラファエルの言いたいことは分かる。わざわざ本当にロジュが不調のときにやるのではなく、晴れの日にやればいいだろう。しかし、ロジュは首を振った。ラファエルだけに聞こえる声で囁く。


「俺のフェリチタである太陽が出ているときの方が不味いだろう。フェリチタからの加護消失まで疑われかねない」


 ソリス国の人間の中で、太陽のフェリチタからの加護を受けている場合、晴れの日の方が体調が良くなる傾向になる。太陽が出ていないと体調が悪くなるわけではなく、太陽があることで体調が増しで良くなる。


 しかし、太陽があるときにロジュが倒れれば、それはわざとらしさを感じ取られるか、国の将来を心配されるかだろう。


「それに嘘は真実に混ぜるくらいがちょうどいい」


 ロジュの頭が痛いのは事実だ。ただ、倒れるほどではないというだけで。ロジュは雨の日に頭痛がするのは慣れていて、意識の逸し方を知っている。雨への好意を意識しなければ、あまり気にならない。

 ロジュはきょろきょろしているとは思われない程度に教室の中を見渡した。

 

「リーサは今いないよな?」

「いないですねー」


 リーサがいたら、彼女は心配するだろう。しかし、リーサは識別の対象ではない。無用な心配をかける必要はないため、彼女がいないのは都合がいい。


 ロジュはシユーランに瞳を向けた。もちろん、シユーランにも共有済みである。

 今日からここに通うことになったシユーランは、誰とも話すことなく遠巻きにされている。それは「ファローン国の不遇の王子」という印象が先行しているからだろう。


 シユーランの首元できらりと宝石が光った。それは、ウィリデから貰った記録用のルクス。シユーランに預けたのだ。


 シユーランがロジュの側近になることはまだ公表していない。知っているのは、ロジュとラファエルとエレンの関係者であるエドワードくらいだ。

 つまり、シユーランがソリス国に来た理由を知らない貴族たちは警戒をし、シユーランには近づかない。それを利用して、少し離れた場所で記録をしながら俯瞰的に判断する役をシユーランには任せた。


 目が合ったシユーランが軽く頷く。彼は1番後ろの端の席で、空気のように静かにしていた。そこからなら全体が見渡せることだろう。


 舞台は整った。あとはさっさと見極めるだけだ。

 


 今まで、見極める側だった自分たちが、見極められる側に回っていることを、彼らは理解しているのだろうか、と少しだけ笑いそうになった。


 ロジュ、テキュー、クムザ。3人の王子、王女がいる中で、貴族令息、貴族令嬢は誰が王に相応しいかを何度も考えてきたことだろう。


 当時はそれで良かった。むしろ大事なことであり、仮に遊び感覚でも考えるべきだった。存分に頭を悩ませるのが正しいあり方だろう。

 

 しかし、今は違う。ロジュ・ソリストが王太子だ。


 貴族たちの見定める時期は終わった。今度は自分たちが見定められる時期だ。


 それをどれだけの人がわかっているか。それすら、今回の「絵踏み」では透けるのだ。見定められる側である自覚がある人間なら、今から起こす騒動の正体にそのうち気がつくだろう。


 もちろん、気づかない人間の方が多いだろうし、それを予期しているから、気づかないことを責めるつもりはない。気づかない人間が多い方が正しく判別できる。


 ロジュの演技力にかかっているとすらいえるかもしれない。しかし、ロジュは平常を装うことは得意でも、体調が悪いという演技はしたことがない。


 演技力が不安なら演技である必要はない。本当に体調不良になればいいだけの話だ。


 ロジュは移動を装って立ち上がった。いつもはずらしていたものの、思考を完全に雨の方へと向ける。

 どうしたら雨への愛が伝わるだろうか。雨を、愛している。その事実だけで足りるだろうか。


 はっきりと心の中でその事実を認識した瞬間、頭が割れるかと思うほどの衝撃が走る。立っていられない感覚に襲われ、自分の足が地に着いているのかも分からない。目の前の机に手をつこうとしたが、それすらどこか分からない。

 先ほどまでロジュのとなりの席に座っていたラファエルが慌てて立ち上がり、ロジュの身体を支えた。ロジュはラファエルの肩に頭を預ける。自然とラファエルの口元が近くなり、彼が小声で囁いた。


「ロジュ様、わざとやりましたね? 聞いてませんけど」

「……」

 

 周りをみておけ、と言いたかったが、声が上手く出せない。

 

 ロジュは何もしていなくても目立つ。その中で、普段は姿勢が全く乱れないロジュが倒れかける行動をしたら、目立つのも当然だろう。

 静寂。そしてざわめき。


「ロジュ様、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄って来ているであろう声はエドワードだ。ロジュは予想通り過ぎて笑いそうになった。そうは思うものの、ロジュには笑う余裕がない。

 エドワード・マゼンタの人間性は分かってきたつもりだ。良くも悪くも素直で、優しい。だから、この反応は想定内。そして、彼が本気で心配することで、信憑性は一気に増す。その証拠に、ざわめきは大きくなった。

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