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十三、三人の王族

 雨が降り出した。雨の少ないソリス国では珍しく、強めの雨だ。ロジュは窓の外の音を聞きながら顔をしかめた。


 雨は嫌いじゃない。それなのに、この頭痛によって自分が雨を嫌いになるのではないか、と恐ろしい。

 時間を戻した代償の一つ。それがこの頭痛であるわけだが。記憶を取り戻してからというもの、雨の日は、過ちを思い出すようになった。


 後悔はしていない。太陽を堕としたことは完全に自分の過ちだが、時間を戻したことについては後悔することも、もっと上手くできたと思うこともない。


 まあ、フェリチタとの交渉はもっと上手くできたかもしれないが。ロジュは口元に嘲笑を浮かべた。異空間でフェリチタとあったとき、自分は完全に正気を失っていた。真面な会話が成り立っておらず、ロジュはただ受け入れることしかしなかった。

 太陽のフェリチタが最初はその場におり、炎のフェリチタもどこからか現れて途中からロジュの様子を見ていたが、両フェリチタはあまりのロジュの腑抜け具合に驚いていた。

 ロジュの様子に狼狽し、慰めてくれた。悪い存在ではないのだろう。フェリチタは、祝福を与えるのだから。


 フェリチタがロジュに向ける対応は柔らかかった。声は優しかった。


 それでも、フェリチタの考えも意図も分からない。

 なぜ、時間を戻せたのか。なぜ、ロジュに強い加護を与えてくれているのか。


 今のロジュなら質問攻めにするだろう。


 ロジュは深く息を吸って、窓に近づいた。窓ガラスに手をあてる。ひんやりとした冷たさが手から伝わってくる。身体ごと冷える気がして、ロジュは目を閉じた。


 雨の日は静かで、世界がまるごと洗われているようだ。


「ロジュ様?」


 名を呼ばれて、ゆっくり目を開けたロジュは後ろを振り返る。エドワードが立っているのをみて、口元に笑みをのせる。


「エドワード、早いな」

「おはようございます。ロジュ様」


 きっちりと制服を着て、爽やかな笑みを浮かべたエドワードが少し首をかしげた。


「窓の外に何かありました?」

「いや、何も」

「そうですか?」


 不思議そうにしている彼を見ると、その仕草が彼の妹のものと似ていることに気がついたロジュは、口元を緩めた。


「どうかなさいました?」

「似ているな」

「え?」

「お前の妹と」


 エドワードがどこまで知っているかはわからなかったから、ロジュ自身の感じたことしか伝えなかった。エドワードはもう話を聞いたのだろう。右手で頭をおさえた。


「その節は、エレンがご迷惑を」

「別に俺自身は迷惑を被っていないが」

「それでも国としては問題でしょう」


 否定はできないため、ロジュは苦笑するにとどめた。


「あいつのことは聞いたか?」

「あいつ、ですか?」

「シユーランのことだ」


 ロジュの出した名に、エドワードが苦い顔をした。


「聞きました」

「お前の評価は?」


 エドワードがちらりとロジュの顔を見る。ロジュが表情を変えずにエドワードをみていると、軽く息を吐いてから口を開く。


「……ロジュ様がお選びになるほどの方ですから、優秀なのでしょう」

「俺という条件を抜けば?」

「……はっきり言って、エレンとは釣り合っていないと思います」


 あまりにも素直な感想に、ロジュは声をあげて笑った。


「お前のそういう素直なところ、嫌いじゃない」

「……王族不敬罪で訴えられませんよね?」

「お前の大事な妹と恋愛関係になろうとしているんだ。シユーランもそれくらいの文句は受け入れるだろう」


 シユーランがファローン国からの客人として来ているなら、あまりよろしくない発言だが。シユーランは客人ではない。ソリス国の人間になろうとして、来ているのだ。

 それに、いきなり侯爵家の令嬢と恋仲になったと言うのだ。何も知らないエドワードにしてみれば青天の霹靂だろう。エレンの兄として文句をいい、エレンの相手として相応しいか見定める自由はある。


「エドワード・マゼンタ。お前自身の目で確かめろ」

「……え?」

「今日からシユーランはこの大学に来る」


 エドワードは瞬きを繰り返した。彼は顔を引つらせて呟く。

 

「王族が3人ってどういう異常事態ですか?」


 ロジュ、リーサ、シユーラン。3人が揃うとなれば異例中の異例だろう。ロジュは口元に笑みを浮かべる。


「来年になればテキューも来るから4人だな」

「やめてください……。来年もリーサ殿下は通い続けるんですか?」

「おそらく」


 本人に確認したわけではないが、シルバ国に戻るとすれば、もっと忙しそうにしているはずだ。リーサからそのような様子はみえないため、きっと来年もいる。


「それでも、同時期に他国を含め3人の王族がソリス国の大学にいた事例は過去にもあったはずだ」

「そうなんですか?」

「ああ。当時シルバ国の王太子だったウィリデ・シルバニア、ノクティス国の第二王女アーテル・ノクティリアス。それから、ベイントス国の王太子、ワイス・ベインティ」

「留学で3人も!?」


 ソリス国の王族を含まずに三人もいる、というのも大分異例だ。

 エドワードが軽く首をかしげた。


「ソリス国ってそんなに研究の最先端でしたっけ?」

「分野によれば最先端をいっていることもあるが……。どちらかといえば政治的な意味合いも強かったんだろうな」


 アーテルは、政治的な意味合いだ。

 彼女本人は王太子となる意思はなかった。他の王族も、アーテルに継がせるつもりはなかった。しかし、放っておかない貴族もいる。変に担ぎあげられるのを防ぐために、アーテルが他国へ留学という形をとり、その間にアーテルの姉が立場を固める。おそらくそのためにソリス国に来たはずだ。


 ベイントス国ではそのような王位継承の問題はなかったはずだ。おそらくは人脈作り。ソリス国が世界の中心になっているのは事実。だからこそ、ソリス国の貴族と親しくなっておけば、後に有利に働く。それを知っていたからこそ、王太子のワイスを送り込むという思い切ったことをした。


 ウィリデからは、父に外国を見てくるように言われた、という話を少しだけ聞いた。ウィリデの父は体が弱かったようだから、もしかしたらウィリデが王となる前にシルバ国の狭い世界だけではなく、他の国を見てきてほしかったのかもしれない。


 三者とも異なる意図を持ってソリス国に来ていた。


 しかし、今回は話が違う。リーサもシユーランも国としての政治的な意図はない。リーサは自身のフェリチタからの加護に慣れるためであり、シユーランはロジュの側近になるためにソリス国へ来ており、大学はついでだ。彼の才を放置するのが惜しいからというだけ。実質はソリス国の人間としてだ。

 さらに、今後もロジュとリーサとの交際が続けば、リーサはソリス国の王妃となる可能性もある。各国の王族が3人いるのに対して、全員がソリス国の人間になりうるのだ。

 そういう意味では珍しいケースだろう。


 テキューがこの大学に来るかは断言できないから、4人になるとはまだ決まったわけではない。


「テキューが他国の大学へ入学したいという可能性はあるが」

「……いや、ないでしょう」


 即座に否定をしたエドワードのことをロジュは凝視する。エドワードは気まずそうに目を逸らした。


「聞きましたよ。テキュー殿下が王太子になるのを拒否したときの話」

「……ああ、あったなそんなことも」

「いや……。なんでロジュ様はそんなに反応薄いんですか? 俺はこの話を聞いたとき、3回ほど聞き返しましたけど」


 テキューが自分の目に剣をつきさそうとした話は、親から聞いたのだろう。これは噂になっていそうだ、と思いながらロジュは苦笑した。

 テキュー・ソリストは「天真爛漫な好青年」だったから、エドワードのようにテキューをほとんど知らない人間は驚くだろう。

 

「俺は目の前で見たからな」

「俺もテキュー殿下のことを調べたことはあるんですよ」

「そうなのか?」


 ロジュがエドワードを見つめていると、エドワードは頷いた。


「はい。それでも、あのような御方であることは一切分かりませんでした」


 早い段階から警戒をしていたのはウィリデくらいのものであろう。ロジュがそう考えていると、エドワードが申し訳なさそうな顔をしているのに気がついた。

 

「失礼ながら、ロジュ様のことも調べさせていただきました。そのときにテキュー殿下のことも少々」

「ああ。構わない」


 むしろ、王位継承がごたごたしている中でロジュやテキューのことを調べていない人間の方が心配だ。情勢を見極めて、人柄や能力を調べ上げる力は今後も必要だろうから。

 それを素直にいってくるエドワードは、正直な人だ。


「テキューは結構、隠すのが上手いからな」


 自分の内面以外のことを最近では親しい人に隠せていないロジュとは違い、テキューは隠していたようだ。ロジュも、テキューに言われるまでは全く知らなかった。

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