十、緑の髪をもつ兄妹
「それで、どういうつもりだ」
食事の席が終わり、それぞれが部屋に戻った後。ウィリデとリーサは話をしていた。
「どういうつもりだ、とはどういう意味です?」
「そのままだ。何故ロジュに求婚した?」
「初恋、と言ったら兄上は信じます?」
「いや、信じない」
即答をしたウィリデに、リーサはコロコロと笑う。
「もう、兄上ったら。本心ですのよ」
「何パーセントの本心だ?」
「百ではありませんが、零でもありませんよ」
「ふんわりとした回答だな」
「人の気持ちが白黒で言い切れるわけないじゃないですか。グレーがあってこそです」
「それはそうだが……」
「私の気持ちは置いておいたとして、実際兄上はそれも可能性の一つとして持っていたのではありませんの?」
「それは否定しない」
「やっぱり」
ウィリデを見透かせたことを嬉しく思ったリーサはそう言って笑う。
「それでも」
ウィリデは首を振った。
「可能な限りは、ロジュの意思に反することはしたくない」
「まあ、意思なんて関係なく王位への支持をすると言っていた人と同一人物とは思えませんわ」
どこか揶揄いを含んだリーサの声に、ウィリデは頷く。
「ああ。分かっている。だから可能な限り、なんだ。しかし、ソリス国の次の王はロジュ以外の未来は考えられない。ロジュの弟や妹では駄目だ」
リーサはウィリデの断定的な言葉に息をのむ。しかし、彼女は疑問を感じ、首を傾げた。
「兄上がロジュ様の弟君であるテキュー第二王子殿下と妹君であるクムザ第一王女殿下にお会いしたのは、まだお二人ともが幼い頃でしょう? 今は変わっていらっしゃるかもしれませんよ」
ロジュには弟も妹もいる。
ウィリデがテキューに会ったのは、彼が八歳のとき。クムザに至っては五歳だ。状況は変わっているのではないか、とリーサは考えた。
「参考までに、お二人は兄上がお会いした時には、どんな方でしたの?」
「テキューは……」
ウィリデが厄介そうに顔を歪める。呼び捨てをしているため、面識はあるのだろう。
「ロジュのことを敬愛している」
「……。それは問題ありますの?」
ウィリデの言葉の意味を咀嚼するように黙り込んだリーサだったが、何が問題なのか分からず、ウィリデへ問いかけた。
「敬愛と一言で言っても単純なものではない。崇拝や傾倒の域だ」
「それは……」
敬愛という単語ほど単純でないことを理解したリーサが言葉を失う。
「テキューは、ロジュのことを調べに調べている。ロジュの行動のほとんどが筒抜けじゃないか、と思うくらいに。十年前、ロジュと会っていた時に、テキューとすれ違ったことがある。なんて言われたと思う?」
ウィリデからの質問に対し、リーサは首を傾げる。彼女のフワフワした若緑色の髪が肩から流れるように滑り落ちた。
「そうですね。兄に近づくな、とかですか?」
好きな人に近づく人へ、近づくなという警告。それが通常の心理ではないか。そう考えたリーサの言葉にウィリデは首を振った。ウィリデの中で、テキューの高めの声が再生され、彼は顔をしかめる。
「違う。正解は、『昨日より二十三分三十八秒程長くロジュお兄様とお会いしていたんですね』だ」
怖すぎる。全て筒抜けだと言わんばかりの牽制だ。リーサは鳥肌が立ちそうな腕をさすった。
「その時間は合っていましたの?」
「測っていないから分からないが、むしろ適当に言った時間であってほしい……」
どこか遠い目を浮かべるウィリデを同情の目で見つめていたリーサは、一つ疑問を思い至った。
「テキュー殿下は、ロジュ様を王にしたい、と思っていらっしゃるということですよね?」
「彼の傾倒具合から考えると、多分そうだな」
「でしたら、おかしくありませんこと? どうしてテキュー殿下は王位継承を拒否する姿勢を見せないのでしょう」
リーサの知っている限りであるが、テキューが王位をロジュに望んでいるという話をきいたことはない。むしろ、積極的に味方を集めてロジュと敵対をしているという話だ。
「なぜテキューがそんなことをしているか、可能性は一つ思い当たっている」
「何ですか?」
「……」
ウィリデは口を開くのを一瞬躊躇した。
「あくまでも私の予想だが……。王位継承で敵対していた方が、ロジュからの興味や関心を買えるだろう? ロジュから感情を受け取れるんだ。それが悪感情であったとしても」
無関心よりは嫌悪でも警戒でも。何でも良いから、ロジュからの感情が欲しい、とウィリデは推測していた。
リーサは理解出来ないものを見ているような表情を浮かべた。
「何というか、大分、面倒ですね」
「ああ、厄介だろう」
迷惑な話だ。ロジュに自分を見てほしいという一点だけで王位継承争いが起きているとしたら。本来、テキューがロジュを薦めたとしたら、それで解決していたはずなのに。
「ええ、そうですね。しかし、それはロジュ様に伝わっていないのですか?」
「伝わっていない。本人はロジュに伝えるのは恐れ多いとか恥ずかしいとか考えて伝える気がないらしい。テキュー本人は徹底的に隠していたはずだ」
「周囲の人が伝えたりはしませんの?」
ロジュがテキューに気持ちを知れば、このまま王太子が不在というソリス国の状況に終止符を打てるのではないか。そう思ったリーサでが、ウィリデの表情は明るくならない。
「ロジュの周囲の人間で、ロジュに伝えることができるほど親しい者はいないだろう」
「兄上はどうです?」
「十年前は十歳の子どもに言うのは酷だと思って言わなかったが……。今現時点の事実が分からないから、今言うこともできない……」
「そうですね。成長するにつれて考えは変わるものですから」
ウィリデは内心あれが変わるとは思えない、とテキューについて考えているが個人的な憶測に過ぎないため、口にはしなかった。
「それでは、妹君のクムザ第一王女殿下はどうでした?」
「クムザ王女殿下か……」
ウィリデは考え込むように沈黙した。
「リーサはクムザ殿下のことをどれくらい知っている?」
「クムザ第一王女殿下のことですか……。ソリス国の第一王女で鮮やかな赤紫色の髪色、暗めの赤色の瞳をしていらっしゃる、ということ、くらいでしょうか」
容姿以外の情報をリーサは持っていない。しかし、ウィリデはそれを咎めることなく、頷く。
「ああ。一般的に知られていることはそうだろう」
「一般的に、ですか。まだ重要な何かがあるということですか?」
「ああ」
リーサからの問いかけにウィリデは頷く。
「クムザ殿下は、王位継承権を放棄なさっている」
「え? 今はまだ十五歳ですのに?」
「五歳の時だ」
リーサの言葉にウィリデは被せるように言った。その幼すぎる年齢にリーサは橙色の瞳を見開いた。
「クムザ殿下は五歳の時点で、すでに放棄を決めていたという。ソリス国王は、子どもの戯言だと思い、公表はしていなかったそうだが……」
「クムザ第一王女殿下は撤回なされなかった、ということですね」
だからこそ、クムザについて流れている情報は少ないのだろう。いずれは公から姿を消す可能性が高い、ということだ。
リーサが難しそうな顔をする。
「それはおかしいですね。王太子が決まっていたなら分かりますが。ロジュ様とテキュー第二王子殿下が継承争いをしている間に名乗りをあげたら、上手く割り込めそうですのに」
「そうだよな」
「クムザ第一王女殿下は、欲がない方なのでしょうか」
「いや……」
リーサのその言葉には賛同できずに、ウィリデが否定の言葉を発した。彼の若草色の瞳を宙に彷徨わせた。
「全く欲がないことはなさそうだ。きいた話によると、彼女は社交界に積極的に参加しているそうだ。もし、静かに生きたいだけであるなら、社交界に出なければ良い。王位継承権を放棄した時点で、それは可能だろう」
「では、王座以外の何かを欲しがっている、と兄上はお考えなのですね」
「そうだな」
ウィリデははっきりと頷く。
「話を戻すと、クムザ殿下は王位継承権を放棄している。ソリス国の決まりで、一度放棄した人間は王になれない」
「それでしたら、ロジュ様、テキュー第二王子殿下、の二択になるのですね。しかし、ソリス国の慣習をどうにかできるのでしょうか」
「ロジュが本気で王位継承争いを始めたら、可能かもしれないな」
ロジュが本気でソリス国の貴族、民衆に王となるアピールを始めたとして。世論が赤い瞳の慣習など、いらないのでは、となればソリス国王も慣習を更新する、もしくは特例としてロジュを次期王にすることを認めるだろう。
「シルバ国の代表として考えれば、ソリス国の次期王はロジュ一択だろう」
やはりウィリデは苦しそうだ。ロジュはソリス国の王になることを望んでいる面は勿論ある。しかし、それはロジュの完全な本意ではないことを知っていながら、それを強いることになるだろう自分に吐き気がする。
「それに、ロジュ様は兄上が望むのなら……」
リーサが思わず口にしてしまった言葉に自分で気がつき、ハッとして口を止めた。しかし、ウィリデにはリーサの言いたいことが全て伝わった。
「……。そうだな。私が本気で望めば、きっとロジュは断らない」
きっと、他でもないウィリデが望むのなら。ロジュは自分の中で納得がいっていない部分があったとしても、涼しい顔をして成し遂げてしまうだろう。
「難儀な話ですね」
「そうだな」
緑の髪を持つ兄妹は、揃ってため息をついた。




