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五、帰国後

「ラファエル」

「ロジュ様、お帰りなさい」


 ロジュの執務室で、ラファエルが笑みをみせる。そして、後ろにいるシユーランに向かってお辞儀をしてみせた。


「シユーラン・ファロー殿下。以前、お目にかかったことがありましたよね? ラファエル・バイオレットと申します。ロジュ様の側近です」

「ラファエルが、シユーランを推薦したんだ。だから、礼をいうならこいつに言え」


 ロジュがラファエルを示すと、シユーランは口元に笑みを浮かべた。


「そうでしたか。ありがとうございます。バイオレット公爵令息」

「僕は名前を出しただけですよー。選んだのはロジュ様で、選ばせるほどの実力があったのはシユーラン殿下です」


 あくまで自分は提案しただけだとラファエルは言う。それでも、彼が名を出さなければ、ロジュはシユーランをつれて帰るという選択はしなかっただろう。


「謙遜するな。お前の手柄だ。ラファエル」

「えへへ」


 ロジュの言葉にラファエルは嬉しそうに笑う。


「何か欲しいものはあるか?」

「え?」

「礼だ。お前への」


 ラファエルがぱちりと瞳を瞬かせた。そして首を傾げる。


「僕は、これ以上の望みなんてありません」

「え?」

「ロジュ様の近くにいられる以上の望みなんて、ないです」


 ロジュは黙り込んだ。ラファエルは頑固だ。このまま聞いたところで、何も望まないだろう。

 それなら、聞き方を変えるまでだ。


「俺がお前に何かをしたいのに。お前は何もいらないというのか?」


 ロジュは意識的に悲しげな顔を作る。ラファエルが黙り込んだのをみて、もう一歩だと分かる。


「俺がお前のためにできることは何もないんだな」

「いえ、そうではなく……」


 焦ったような顔になったラファエルに向かい、ロジュは笑みを浮かべた。


「それなら、教えてくれるよな?」


 その表情をみたラファエルが、少し悔しげにロジュを睨み付けた。


「ロジュ様、分かってやっていますね」

「それは勿論」


 自分の表情が、顔が、声色が。どんな風にみえ、どんな影響を与えるか、ロジュは知っている。それが武器になることはとうに分かっていて、上手く利用できるのだ。


「この前、リーサ様とデートをすると約束したんですよね?」

「あ、ああ。なんで知っているんだ?」

「リーサ様に自慢されましたから。ずるいです。ロジュ様、僕とも出かけましょう」

「一緒にでかける? 別に構わないが、それでいいのか?」


 それが何の褒美になるか分からない。ロジュは疑問に思っているが、ラファエルが身を乗り出した。


「それでいい、じゃないです。それが、いいんです。ロジュ様、いいですか?」

「ああ」


 一気に顔を明るくしたラファエルをみて、ロジュも口元を緩めた。ラファエルが嬉しそうならそれでいい。


「あ、そうだ。エレンも帰ってきたんですよね?」

「ああ。一応、任務終了だからな」


 ファローン国への諜報は、エレンの仕事の1つがシユーラン・ファローの立ち位置の監視であった。シユーランがソリス国に来た段階で必要はなくなる。


「久しぶりにエレンに会ってこようかな。でも、母上がぶち切れていました」

「ああ。バイオレット公爵の管轄か」

「そうですね。ソリス国王の名においての任命でしたが、仕事としては宰相である母上が担当していたようです」


 さきほどロジュがエレンに対して言ったことだ。任務としての失敗は明白。ロジュがシユーランをソリス国に連れてこなかったら、大問題となっていたはずだ。


「……もし、バイオレット公爵の怒りが長いこと収まらないようだったら、止めておいてくれ。結果論では悪くない、と」


 あくまで結果論ではあるが。エレンの存在はシユーランをこの国につなぎ止めるための重要な存在となる。


「わかりましたー」


 ラファエルが明るく笑うが。ロジュはラファエルが何を考えているのかは分からない。

 シユーランがラファエルの表情を窺いながら口を開いた。


「バイオレット公爵令息は」

「ラファエルでいいですよ」

「……それでは。ラファエルはエレンと仲が良いんですか?」


 ロジュはラファエルの表情を見て瞠目した。シユーランからの質問に少しだけ面倒そうな顔をした気がするが、見間違いだろうか。


「……僕は、エレンと10歳のころにエドワードを通じて知り合いましたが。それ以上ではありません」


 明らかにいつもより機嫌の悪そうなラファエルをみて、ロジュは心配になりつい口を挟んだ。


「ラファエル、お前大丈夫か? 疲れているのか?」

「違います。僕は、明らかに両思いの2人に巻き込まれたくないんです!」


 叫びそうになりながらそう言ったラファエルにロジュは思わず苦笑した。シユーランに視線を向けると照れたように俯いている。


「まだ両思いと決まったわけでは……」

「まだそんなことを言う気ですか? ききましたよ。エレンがシユーラン殿下に一緒に逃げようと言ったことを。愛の告白以外の何だというのですか」


 ジトッとした目をラファエルがシユーランに向ける。ロジュもプロポーズみたいだという感想を抱いていたため、特に何もいわずにシユーランの様子をうかがった。


「それでも……」


 自信なさげに俯くシユーランをみて、ロジュはラファエルへと視線を移した。


「ラファエル」

「何ですか? ロジュ様」

「今エレンはどこにいるか知っているか?」

「母上が呼び出すと言っていたので、母上の……宰相の部屋でしょうか」


 ロジュは頷くとシユーランの方へと向き直った。


「行ってこい」

「……え?」

「帰ってきてから二時間は経ったんだ。もういいだろう」


 ぽかんとしているシユーランをロジュは促す。シユーランは戸惑いながらもロジュに従った。


「ラファエル、お前も行くんだろう?」

「はい」


 行くと決めたのなら、迷う必要はないだろう。ロジュがラファエルに視線を送ると、ラファエルは頷き、シユーランを促した。


 2人が部屋から出て行った後、ロジュは上着を脱ぎ、乱雑に自分の席へかけた。そして椅子へと座る。

 ロジュはポツリと呟いた。


「気持ちを言葉で表せるのなら、伝えられるうちに伝えた方がいい」


 明日にでも自分がまた過ちを犯すかもしれない。或いは別の人が何かをするかもしれない。誰も悪くない、災害が起こるかもしれない。

 ロジュは口元に嘲笑を浮かべた。


「人のことは何一つ言えないが」


 リーサに付き合おうとは言ったが。好きだの一つも言っていない自分が、一体何を言えるのか。自分と、リーサと向き合って、答えを出さないといけない。


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