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四、似ている境遇

 ガタガタと揺れる馬車の中でロジュは窓の外をぼんやりと眺めていた。本当は馬に乗ってきたかった。それでもシユーランを連れていくのに、流石に馬車の方がいいと考えたため、今回は馬車だ。急に一緒に馬に乗れと言われても困るだろう。

 そんなロジュにシユーランが声をかけた。


「ありがとうございます。ロジュ殿下。お陰で私は幽閉が解除されました」


 感謝をされて、ロジュは複雑な気持ちになる。ファローン国での幽閉生活は終わった。それでも彼に故郷を捨てさせたのはロジュだ。勝手に決められるというのは不快じゃないだろうか。


「……幽閉がなくなったとしても、お前がソリス国に来ることは決定事項だ。悪いがお前に選択権を与えることはできない。お前は俺の側近になるんだ」

「選択権がなくても構いません。ロジュ殿下は私に希望をくださいました。例えそれが外れていたとしても、ロジュ殿下が私を見込んでくださったという名誉は忘れません」


 ロジュはシユーランから目を逸らした。ファローン国の人間はフェリチタの加護が強い人間を敬う節がある。ここまで言われると、流石に気まずい。自分は何もしていない上、ロジュの想定は外れているのかもしれないというのに。


「希望がまやかしに過ぎないと気がついたとき、それでもお前は耐えられるのか?」

「ファローン国にいた頃よりはましでしょう。あの時の私は未来に希望がありませんでした。エレンを好きになったときは絶望しました。なにもできない自分に」


 シユーランのように絶望を味わった人間が希望に触れたとき、希望の輝きは本来のそれ以上のものをもってしまうのではないか。

 ロジュはシユーランが期待しすぎることを恐れている。希望から絶望に突き落とされたときの苦しみを知っているから。

 それでも、シユーランは大丈夫だろう。エレンがいるから。エレン・マゼンタと恋人になるのか、婚約者になるのかは知らないが、シユーランにとってエレンの存在があれば簡単には折れないように思う。


「そういえば、お前はエレンと学院で親しくなったんだよな?」

「そうです。王は私を城から出したがりませんでしたが、学院に行かせないのは外聞が悪いと思ったのでしょう。そこでも私と親しい人間はおらず、腫れ物を扱うように接する人がほとんどでしたが、それを気にせずに話かけてくれたのがエレンでした」


 そう言ったシユーランは照れくさげに笑った。


「彼女は私の中で特別です」


 シユーランの浮かべる心からの笑みをみて、ロジュは不思議に思う。そして特別だと言い切れることは羨ましい。


「お前はすごいな」

「……何がでしょうか」

「ちゃんと自分の感情を言語化できて」


 シユーランは首を傾げてロジュをみた。ロジュは苦笑する。


「何でもない。気にしないでくれ」

「……差し出がましいかもしれませんが、ロジュ殿下にとって今の言葉は無視していいものではないと思います。私が信用できないかもしれないですが、何かお悩みなら教えてください」


 ロジュは少し悩んだ後で口を開いた。


「恋愛とそれ以外の愛ってどうやって分けるんだ?」

「恋愛とそれ以外ですか……」


 シユーランはしばらく考え込んでから口を開いた。


「私の個人の考えですが、恋という観点に絞ると、相手に求めるものが多くなると思います」

「相手に?」

「ええ。自分のことを好きになってほしいとか。相手に特別に思われたいとか」

「見返り、か」


 見返り。それは以前ウィリデも使っていた言葉であり、「見返りを求めない」ことはロジュにも何となく分かる。しかし、シユーランは逆だ。恋においては見返りを求めるという。


「そうとも言えます。……それでも、愛と恋とを分けるというよりは、そうですね……。私の場合は『落ちた』という感覚がありました」

「落ちた?」

「自分の中で、ストンと。この人が好きなんだって。……恋してしまった、と」


 ロジュはシユーランを見つめる。幸せそうに見えて、どこか影がある。


「お前が彼女を愛することを、誰も止めない。お前は俺のもとに付くのだから。誰にも、止めさせない」


 シユーランは、赤茶色の瞳を見開いた。そして軽く伏せる。


「どうして。どうしてロジュ殿下はそこまで私を気にかけてくださるのですか?」


 彼が不思議に思うのは当然だろう。ロジュはシユーランと面識がない。そのロジュが分かったような口をきいても、説得力はない。


「……お前は、俺だったかもしれないからだ」

「え、あ……」



 シユーランは勘が良い男だ。これだけで意味を悟った。


 ロジュは知っている。自分が運が良かっただけであることを。ソリス国の基準である王となる資格。それを持ち合わせないロジュは、下手したらシユーランと同じであった。ファローン国ではフェリチタの加護が強い人間が王となる。


 第一王子でありながら、王太子となれない可能性があった二人。その違いは、理想的な王の条件としてソリス国が赤い瞳だけではなく能力を重視していたからに過ぎない。


 もし、ソリス国が能力重視でなければ。ロジュはシユーランと同じ運命だっただろう。


 逆に、ファローン国で知能が重視されていれば。優秀なシユーランは王太子となれていたはずだ。


「僅かな違いがあれば、現状は違ったかもしれない。俺はお前のように幽閉される未来はあったかもしれない」

「……ありがとうございます。ロジュ殿下」

「礼を言われることはしていない。俺は自分を救ったようなものだ。お前のためじゃない。それに、お前の力がほしかっただけだ」


 ロジュの言葉に、シユーランは何度か瞬きした。その後でゆっくりと口を開く。


「なぜ、ロジュ殿下は……」

「なんだ?」

「なんでそんなにわざわざ自分への好意を下げるようなことを言うのですか?」


 虚をつかれたロジュは黙り込んだ。自分への好意を下げる好意? シユーランは何を言っているのだろうか。


「なんのことだ? 俺はただ事実を言っただけだ」

「愛されたくないのですか? それとも貴方にそう思わせるなにかが?」


 ロジュは息を呑む。

 目の前のこの男を怖い、と思った。シユーランは聡明だ。それを見込んだ。そのはずなのに。


 全てを見透かしそうな赤茶色の目が怖い。一瞬で。自分の喉元にナイフを突きつけられた気分だ。


 愛されたくない、というのは少し違うが。これ以上、好かれてはいけない。太陽を地に堕とした自分が、好かれるようなことをするなんて、騙しているようなものじゃないか。

 自分のしでかしたことを知っていて、それでも愛してくれる人がいる。ウィリデも、ラファエルも、アーテルも。それだけでも勿体なく感じているというのに。それ以上なんて、望まない。


 だから、何も知らない人たちに、好かれるようなことをしてはいけない。騙してはいけないのだ。



「あまり深掘りはしないでほしい。真実を知れば。お前はきっと俺を軽蔑する。俺に、騙されないでくれ」


 ロジュの言葉にシユーランは困ったような表情を浮かべる。


「貴方は踏み込むな、それを許さないと命じるだけでよかったのに、それをしないのですね」


 踏み込むな。確かにその言葉の方がよかったのかもしれない。シユーランがロジュに向かって微笑んだ。


「ロジュ殿下は悪人にはなれないんでしょうね」


 そんなことはないのに。自分のしでかしたことを思い出し、ロジュはシユーランから目を逸らした。それ以上何も言わず、窓の外に視線を向けた。


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