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一、救済

 シユーランは二人の人間に救われた。


 シユーラン・ファロー。ファローン国第一王子。

 ファローン国は強さこそ、全て。強い後ろ盾であるフェリチタからの加護が強い人ほど敬われる。


 シユーランはファローン国のフェリチタ、雷と雨のどちらからも加護を得ていない。


 彼は秀才であった。そのことだけが彼を象徴することであった。しかし、それはこの国において、意味をもたない。


 シユーランは、ある時、学院であった平民の女の子に恋をした。その子の名前は、エレン、といった。きれいな、蜂蜜のような金色の髪をしていた。彼女の桃色の瞳は、桜の花びらよりも綺麗だった。彼女は、シユーランを見下すどころか、心配してくれたのだ。


 エレンこそが、シユーランの心を救ってくれた人の一人だ。


 しかし、シユーランはわきまえていた。自分の立場を。だからこそ、ただ、好きなだけであった。シユーランはエレンを見ているだけで、幸せであった。混じりけのない純粋な気持ちで、シユーランはエレンの幸せを願っていた。付き合いだの、結婚をしたいだの考えたことはない。


 だって、シユーランは彼女を幸せにすることはできない。王族、というのは身分だけだ。実質は違う。この国において、シユーランは最下層同然である。第一王子でありながらも王太子にはなれないし、いつまで王子でいられるかすら、分からない。シユーランは自分の気持ちに蓋をすることに決めていた。


 いつからだろうか。気がつけば、話す頻度は高くなり、目があう回数が増えていた。


 シユーランは、これ以上深みにはまれば駄目だ、と気がついていた。自分は、後戻りができなくなってしまう。それを危惧していた。


 杞憂だったら良かったのに。


 きっかけなんて些細なものだ。今まで少しずつ積み上がったものは簡単に容量を満たしてしまう。


 ある日、彼女が満面の笑みを浮かべ、名前を呼ぶのを見た瞬間、もう駄目だ、と悟った。シユーランは、エレンのことを愛してしまっている。彼は躊躇いながらそれを口にしてしまった。


 シユーランに、自由なんてものはなかった。彼は諦めることに慣れていたが、恋の諦め方まで知らなかった。


 シユーランの予想よりも早く、親にばれてしまった。シユーランが平民と駆け落ちをすることを恐れた父親である王は、シユーランを幽閉した。


 シユーランは、自室から出ないように命じられたとき、思わず笑いそうになってしまった。そんな、駆け落ちなんてする度胸はないのに。それに、シユーランは分かっていた。駆け落ちをしたところで、エレンを幸せにはできない。それが分かっているシユーランは追っ手がくるかもしれないそんな不安定な生活を強いることになることは予想できていたから、何もしなかった。ただ、この気持ちだけ。彼女を愛する気持ちだけを抱えていられれば良かったのだ。身の程は、わきまえている。


 そばにいたい、というただ純粋な気持ちには蓋をしていた。


 シユーランは希望を見いだしていなかった。ただ、エレンのことを考えるだけで幸せではあったが、それ以上彼女との仲が深まることがないのは、承知していた。


 しかし、ある日。シユーランの元に、とある人物が訪れた。


「俺と一緒に来る気はないか?」


 その光は、希望であった。シユーランにとって。


 ◆


 シユーランの部屋の横には、同じくらいの高さの木がある。しかし、その木を登る人物がいるなんて、思ったことはいなかった。シユーランの部屋は二階にある。


 風が強い夜だった。コン、と部屋の窓に石があたった音がした。シユーランは一瞬意識をそちらに向けるが、気のせいだろう、とすぐに意識を逸らそうとした。しかし、妙な予感があった。


 いつもなら気にしない。それでも、シユーランは引き寄せられるようにして窓を開けた。


 そして、木から人がこの部屋を眺めていることに目を見開いて、声を出そうとした。しかし、人は驚くと声が出ないことを、シユーランは身をもって知った。上手く声がでない。


 その人物は、黒いフードを深くかぶっており、表情はよく見えない。シユーランの驚きを見て、その人物は笑ったのだろうか。空気が揺れた気がした。


「貴方がシユーラン・ファロー第一王子殿下ですか?」


 その声は、明らかに男性の声であった。少し低めの声が心地よく響く。そして、シユーランは、その質問を受けて、その人物は自分のことを知らない、と判断した。

 つまりは、暗殺者ではない。シユーランを殺しにきた人物であれば、ターゲットの顔は認識しているはずだ。顔を知らないという迂闊なことをする暗殺者を一応は王族であるシユーランに送る人はいないはずだ。

 この人物と会話をするべきか。それでも、相手は自分がシユーランであるとは分かっているはずだ。だから、会話をしておいた方がいいかもしれない。相手の要件をきくぐらいはした方がいいか、とシユーランは考えた。


「そうですが、貴方は?」



 その人物は、軽い身のこなしで、シユーランの部屋にあるベランダへと移動した。シユーランは、思わず一歩下がる。シユーランの戸惑いを気にすることなく、その人物はシユーランを真っ直ぐに見つめた。その真っ黒なフードの隙間から覗く瞳は、美しい藍色であった。そして、垣間見える容姿は、想像の何倍も端正なものであった。


「天使様、ですか……?」


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