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目撃者(エドワード・マゼンタ)

「第三幕、緑の秘密」の「十二、ラファエル・バイオレットの誕生」をエドワード・マゼンタ視点で。

 その人物は、人懐っこい笑みを浮かべながら、本質は他人に興味がないのかもしれない。気がつけばこちらの情報が引き出されており、情報は何も手に入らない。そんな人物だった。


 エドワード・マゼンタは、ラファエル・バイオレットのことを奇妙な存在と捉えていた。だからこそ、今友人になれているのが不思議でしょうがない。



 エドワードは、ラファエルのことを会話する前から知っていた。何にも興味がなさそうなのに、何でもできる。ソリス国第一王子、ロジュ・ソリストとはまた違う方向で有名だった。


 ロジュ・ソリストは次元が違いすぎた。その一方で、ラファエル・バイオレットは同次元として捉えられていた。


 ロジュ・ソリスト。彼の元の才能は勿論のこと、彼の姿勢も素晴らしかった。第一王子であるロジュは、身分を笠に着ることはなく、謙虚であった。それでいて、身分が役立つときは躊躇なく利用する。


 元々、ソリス国の王族は人格者が多いと評判だ。そうでなければ、世界征服をしていただろう。それくらい力はあったのに、それをしない。それがソリス国の王族が尊敬される理由だった。


 そして、ソリス国には三大公爵家がある。バイオレット公爵家、スカーレット公爵家、クリムゾン公爵家だ。

 ラファエル・バイオレットはバイオレット公爵家の次男だ。すごく微妙な立場だった。バイオレット公爵家の次期当主は長男が有力視されている段階で、ラファエルは優秀であった。優秀であって()()()()のだ。


 その結果、ラファエルは良くも悪くも貴族の子どもの「お手本」のように扱われた。ロジュ・ソリストにはなれない。だから、ラファエル・バイオレットを目指して頑張れ、というように。


 幸いなことに、エドワードの両親はそんなことを言わなかった。自分のできる範囲でいいから、マゼンタ家の次期当主であることを忘れるな、とだけ言われた。


 しかし、他の家は違ったのだろう。子どもの不満がラファエルに向いている様子をたまに見かけた。


 エドワードは、ただ同情していた。不憫だと思っていた。ラファエルの意思とは関係ないところで、勝手に妬まれる。

 ラファエルは無気力にみえた。それは最初からなのだろうか。それともこの環境で変わったのだろうか。それを尋ねる機会もないまま、恐らくラファエルにとって大きな転換点を向かえた。



 九歳のときのあるパーティーの話だ。

 ラファエルがどこかの子どもに絡まれていた。しかし、それをみてもエドワードは何も感じなかった。

 ラファエルのことも、ラファエルに絡んだ人物のことも、心配することはなかった。


 ラファエルは実力者だ。会話をしたことがないが、エドワードも知っている。これくらいの面倒な相手くらいの対処はできるだろう。それどころか、徹底的にやりこめることができるはずだ。

 その一方、絡んだ人物たちは、一度反省するべきだろう、と考えていた。だから、思い知ればいい。ラファエルという人物を。そう考えたエドワードは静観に徹した。


 しかし、想定外のことが起こった。

 いざこざに、ロジュが口を挟んだのだ。


 その対応はあまりにも鮮やかだった。ロジュ・ソリストが口を挟んだ瞬間、相手は何も言えなくなり、それ以上のことは起こらなかった。


 問題事を最小限で処理をした。しかも、ロジュはラファエルに頭を下げることまでした。「感謝」という体であったが、それがラファエルへの気遣いであることは明白だった。


 エドワードは驚いた。ロジュ・ソリストという人物は本当に別次元だ。誰もこの人の代わりにはなれないし、そんな烏滸がましいことを考える人間の気が知れない。


 この人のように高潔にも、誠実にもなれない。手が、届かない。


 畏敬の念を抱いた。同時に疑問に思った。瞳の色が藍色。それだけで、この人物が王になれない。そんな馬鹿な話があるのだろうか。


 いや、上層部も同じだろう。同じことを考えているからこそ、まだ王太子を指名していない。赤い瞳の第二王子を王太子に指名することもない。


 しかし、この日の出来事でエドワードは確信した。


 王になるのはロジュ・ソリストだ。


 それでも、エドワードはこの段階でロジュを支持を心に決めたわけではなかった。家は中立派であり、また第二王子のテキュー・ソリストのことを知らない。もしかしたら、テキュー・ソリストにはロジュ・ソリスト以上の何かがあるかもしれない、と考えていた。


 エドワードはテキューも少し調べ、観察してみた。優秀であることは間違いない。人当たりがいい。それでも。やはりロジュ・ソリストには及ばない。そんな感想をもった。


 ◆


「はじめましてー。エドワード・マゼンタ侯爵令息。僕はラファエル・バイオレットと申します」


 はじめてラファエルから話しかけられたとき、こいつは誰だ、と思った。それくらいパーティーの前とは別人だった。

 人好きのする笑みを浮かべるラファエルに無気力さはなく、生き生きしていた。エドワードだけではなく、いろんな人に話しかけにいっているようだ。


 エドワードは気がつけば友人になっており、気安い関係になっていた。本当に「気がつけば」だ。後で考えると恐ろしい。



 そして、さらに恐ろしいことに。ラファエルと会う人間は、気がつけばロジュを尊敬するようになっていた。エドワードの場合は元から尊敬していたが、最初はテキューを褒めていた人間が気がつけばロジュを絶賛している。よく話をきくと、ラファエルの名がチラつくのだ。


 エドワードはそれ以上何も考えず、探らないことにした。怖いから。触れてはいけない気がする。



 ◆


「エド。君は僕の影響だとか言ってたけど、元からロジュ様が王太子になると思っていたんじゃない?」

「さあ、どうだったか。ラフ、お前の影響なのか、元からだったか、今となっては分からない」

「あはは。知っているよー。君がテキュー殿下のことも調査していたことも。それでもテキュー殿下に興味をもった様子はなかったから、ロジュ様こそが相応しいって思っていたんじゃないの?」

「……お前、怖い」

「えへへー」


 ラファエルは嬉しそうな声を出すが、断じて褒めていない。なぜラファエルはエドワードがテキューを調査したことを知っているのか。そしてなぜ興味を持っていないと気がついたのか。もし興味を持っていたらどうなっていたか。

 それ以上、エドワードは考えないことにした。気がつかないフリは、きっと大事だ。


 ◆


 手が届かないと思っていたロジュとも友人になったという今の状況が信じられないが。自分に何ができるか分からないが、ラファエルもロジュも尊敬できる友人だ。

 彼らが苦しむことはありませんように。エドワードは太陽のフェリチタへの祈りを終えた後にそう呟いた。

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