未来へ(ラファエル・バイオレット)
平和な日常の一幕。
カコン、カコンと音が響いている。ロジュが楽しげに口角をあげながら、ラファエルの方に木剣を向ける。
「まだ余裕だろう? ラファエル」
それはラファエルの能力を全面的に信頼するかのようなもの。その言葉を受け、ラファエルは苦笑しながら薄紫色の瞳を細めた。
「ロジュ様の基準で考えないでください。結構ギリギリですよ」
口ではそう言いながらも、ラファエルの息はほとんど乱れていない。その様子を見て、ロジュはさらに楽しげに笑う。
「全然余裕じゃないか」
そんなロジュの言葉にラファエルは返事せず、木剣をロジュに向かって振り下ろす。しかし、ラファエルが瞬きをする間にロジュが一気に距離を詰めてきていた。ラファエルは対応しようと木剣を素早く動かすが、ロジュの木剣がラファエルの木剣を弾くほうが速かった。
カランと木剣が落ちる音がした。ラファエルは、自分の木剣が落ちるのまで見届けてから、ため息をついてロジュの方を見る。
「僕の負けです」
「……。お前は、騎士だな」
落ち込んだラファエルは、自分の汗を拭いながらロジュの言葉を脳で反芻した。それでも、言葉以上の意味を読み取ることができなかった。
「どういうことですか?」
「お前は、無意識で自分の後ろを守っている」
言葉が出ないラファエルを見ながらロジュは笑みを浮かべた。そのまま言葉を続ける。
「誰かを守る剣だ。捨て身で突っ込みに行く俺とは違う」
「そうでしょうか」
「ああ」
ロジュの動きはそれで正しいだろう。彼は守られるべき人だ。そもそもロジュに剣を使わせるような機会を作ってしまうこと自体、警備の失敗のような気がする。しかし、その機会を何度も作ってしまっていることもまた事実。
守る剣、か。その言葉にラファエルは微笑んだ。
「それでは、ロジュ様を守らせていただけますか?」
「いや、俺はいい。リーサを守ってくれ」
自分の主は簡単には守らせてくれない。それは少しだけ不満だが、足手纏いになるくらいなら要らないだろう。
ロジュを守れる人間はこの国にいるのか。それは分からない。それでもリーサを守れというのにも疑問がある。
「でも、リーサ様は黙って守られているような御方じゃないですよね」
「ああ。そうだな。あいつは、自分から立ち向かって行きたがるだろうな」
リーサのことを思い出したのか、ロジュは柔らかい表情で笑う。そのロジュの表情を見て、ラファエルは穏やかに笑った。本人が気がついているかはしれないが、ロジュはたまに柔らかい表情を浮かべる。ずっとみていたい。この顔が曇ることがないことをずっと祈っている。
だからどうか。こんな安寧な日が続きますように。
ラファエルは自分の思考を振り払い、笑みを浮かべる。
「今日だって、リーサ様に僕が文句を言われたんですよ。ロジュ様と手合わせできてずるいって」
「じゃあ、今度はリーサも誘うか」
「三人だと一人余って、休憩時間できてしまうので、エドも呼びましょう」
「ああ。いいな。エドワードは剣は得意なのか?」
「はい。得意です」
エドワードがいたら、休憩時間も必要だろう、二人の基準にあわせるな、と突っ込みを入れるかもしれないが、この場に二人を止める者は誰もいない。
未来の約束。
それは世界や人間の終わりは、足音を立てずにやってくることを目の当たりにした自分たちには不相応かもしれない、とラファエルは思う。
それでも。その未来を求めて生きることは必要だ。どうせ未来なんてあるか分からない、不確実だと投げやりになるのではなく、それを求めながら生きたい。




