六十四、認識の相違
ロジュがニコリと微笑んだ。その表情には怒りはない。しかし、嘘を見逃さないような鋭さがある。
「ロジュお兄様、あなたはなぜ私の言葉が嘘だと分かるの?」
クムザの言葉で、ロジュはクムザをじっと見つめた。そして口を開く。
「お前がシルバ国密輸事件の黒幕かもしれない。そう気づいた後、ソリス城にあるお前の記録をみたんだ」
「そんなものがあるの?」
「ある。俺たちは、公の場での行動を全て記録されている、と考えた方がいい。プライベートは一応守られているが、プライベートだって、監視されている可能性は否定できない」
どこまで監視されるか。それは結局のところ王の裁量に任されている。王太子であるロジュと王位継承権を放棄したクムザでは、記録の量は違うだろうが、それでもクムザの今までを調べるには十分な量あった。
「クムザ、さっきお前は俺に『人の感情なんて分からない』と言ったよな? 確かにそうかもしれない。俺に理解することは難解かもしれない。だが、分析ならできる。それに、こちらにはウィリデがいるんだ」
ロジュの言葉をきいて、ウィリデはにこりと微笑んだ。
ウィリデは、人の感情を理解するのが上手い。人の気持ちがよめているのではないか、と思うほど。もちろん、ウィリデが気がつかないこともあるが、それでも他の人に比べると感情を読み取るのが得意だ。
「随分、演技をしていたよね。一年や二年というレベルではない。多重人格に近いものすら感じた」
ウィリデの言葉に、クムザは黙り込んだままだった。ウィリデはロジュを見る。ロジュが頷いて口を開いた。
「お前の行動記録を見直した。不思議だったよ。まるで人が変わったかのように、四歳か五歳の頃から、行動や発言が別物だ。しかし、それだけではない。七歳を過ぎたころから、何かを演じているように見受けられた。俺の気のせいだったら悪いが」
ロジュの言葉に、クムザは目を見開いた。ロジュはクムザに興味がない、と思っていたが、まさかここまで調べるなんて思ってもみなかった。
「……」
それでも、クムザは黙り続けた。オーウェンが気づかうようにクムザを見る。
「ねえ、クムザ殿下。君の行動の理由に何があるか、分かったよ」
そう言ったウィリデは、クムザの方を見ながら微笑んだ。
「君は、ロジュを憎んでなどいない。むしろ好きなんでしょう?」
「なんで、それを」
クムザは思わずといったように声をこぼしてから、口をつぐんだ。しかし、それはウィリデの推測が正しいことを伝えるには十分だった。ロジュは僅かに瞳を見開く。
ウィリデをクムザをじっくり見つめて妖しく微笑む。
「ねえ、クムザ殿下。他の人も大勢いる場で晒されるのと、この場で明かすの、どちらの方が賢い判断か、君ならわかるよね?」
そのウィリデの笑みは美しいはずだが、底知れぬ恐ろしさを感じる。クムザはウィリデのことを睨み付けたが、やがてため息をついた。彼女の雰囲気はがらりと変わり、毒を持たない。クムザはうっすらと笑みを浮かべた。
「私の、いえ、私とオーウェンの気持ちを、貴方たちが理解できることはないわ。だって、見えているものも知っていることも違うもの」
「全部を教えろだなんて、言ってないよ。まずは君たちからの目的から教えてくれない?」
ウィリデの言葉に、クムザはちらりとオーウェンを見上げる。オーウェンは諦めたように首を振った。
「クムザ、もう隠せないよ。きっとバレる」
「まあ、そうよね」
オーウェンの言葉に頷いたクムザは口を開いた。
「貴方たちが信じられるかは分からないけれど、私たちは、別にシルバ国に喧嘩を売りたかったわけでも、ロジュお兄様への憎しみをぶつけたかったわけではないわ。ただ、ウィリデ国王陛下に死んでもらうわけには、いかなかったのよ」
「私に?」
思わぬところで自分の名前が出てきたため、ウィリデが怪訝そうな表情を浮かべる。クムザはウィリデをみて頷いた。
「だって、ウィリデ国王陛下、貴方が死ぬと、ロジュお兄様が……」
「俺が世界を滅ぼしかねない?」
言葉を途中で詰まらせたクムザの言葉に重ねるようにロジュが言葉を発した。クムザは目を見開く。
「え、お兄様、なんでそれを……」
「俺たちにも、知っていることがある。だから、理解できないと決めつけないで、教えてくれないか?」
ロジュの言葉に、クムザは困った顔をする。助け船をだすように、オーウェンが口を開いた。
「むしろ、貴方たちがどこまでご存じなのかを認識しないと、我々の発言をどこまで理解なさるかわからないのですが」
オーウェンの言葉を受けて、ウィリデがロジュの方を見た。
「ロジュ、どうしたい?」
「……情報の交換でいこう。太陽が出てきたみたいだし、フェリチタの力を借りてこの部屋の声が漏れないように遮断する。でも、その前にラファエル、近くに人がいないか探ってくれないか?」
「かしこまりました。外で見張ってた方がいいですか?」
「いや、お前も気になるだろう? 戻ってきてくれ」
「分かりましたー」




