六十、勝敗
「お兄様、お兄様のもとにはよく暗殺者が送られてきましたよね?」
「ああ」
暗殺者が送られてくる日常。ロジュは、そのせいで自分の能力を証明する羽目となった。ロジュは暗殺者に負けるほど弱くなく、傀儡になる程愚かではないと証明。それは平穏に生きるために必要なものではあったが、ロジュを孤独にした原因の一つだ。
「お兄様が十三歳の時の出来事を覚えていらっしゃいますか?」
「……。いや、覚えていない」
印象に残っていることはない。ロジュはその事実を伝えることしかできなかった。
クムザは頷いた。ロジュが覚えていないことは想定内だったのだろう。
「お兄様は暗殺者を殺さずに生かしたまま捉えるという素晴らしい芸当何度もなさりました」
クムザはパチパチと乾いた音を立てて手を叩く。クムザはロジュを褒めているようで、全く褒められている感じはしない。ロジュは細めた藍色の瞳でクムザを見据える。
「それがどうした?」
「お兄様は目立ちすぎました」
クムザは凍てつくような瞳でロジュを見つめた。
「通常、一国の王子がそれをすることはありません。なぜなら警備がいるから。しかし、ロジュお兄様はご自分で解決なさった。その結果、行き着くのはロジュお兄様への賞賛だけではありません。警備への、不信」
ロジュの強さが脚光を浴びたとして、この話を聞いた者は別の場所へも目を向ける。警備は何をしていたのだ、という批判。
「不信を取り除くには、誰かが責任を取らなくてはなりません。その責任を取ることになったのが、私の愛する人、オーウェン様です」
ロジュが動きを止め、首を傾げた。責任を取る立場の人に、クムザは恋をしていたのか? 責任を取るほど、年上の人間に?
「それはお前が七歳のときの話だよな? 責任を取らされたというオーウェンは何歳なんだ?」
「オーウェン様はそのとき二十歳でしたけど、何か問題でも?」
「……。いや、何でもない」
年の差が気になる。クムザが七歳のときにオーウェンという人間は二十歳だったわけなのだから、十三歳差だ。気になるが、それをクムザに言ったところで、彼女が年齢差なんて関係ないというのだろう。それが予想できたロジュは言葉を飲み込んだ。
「そういえば、前の食事会でお兄様は私に聞きましたよね? どうして王位継承権を放棄したのかと。そのお答えもついでに差し上げます。それはオーウェン様と結婚したかったからですわ」
王位継承権を放棄して、結婚をしたい。それは、オーウェンという人物が貴族ではない、ということだろうか。
「オーウェンは、平民だったのか?」
「そうだと思いますよ。彼は名字を教えてくれなかったので」
ロジュの中で疑問が生じる。オーウェンが平民、ということに引っかかる。若くして責任を取るくらい高い地位に就いている。それは平民に可能だろうか。
クムザが勘違いをしている可能性と騙されている可能性が脳をよぎる。
しかし、どっちであったとしても最早関係ない。
クムザは自分の意志で、ロジュを殺そうとしている。その事実が覆らない限りは、クムザが無罪になることはないだろう。
「だから、貴方に大切な人を亡くす苦しみを味わってもらうために、貴方の大好きなウィリデ陛下を殺すつもりだったのですが……。計画は狂ってしまいました。先に私が捕まると、貴方を殺せなくなってしまう。ウィリデ陛下は目的ではなく手段ですから」
ウィリデを殺そうとしていた。しかし、本当の目的はロジュを苦しめてから殺すことであった。そういうことだろう。
「そんな中、私のもとにとある噂が届きました。『ロジュ・ソリストが、探し求めていた真実にたどりついた』という噂です。それが私のことではない可能性もありました。それでも時間がなさそうだと思いました」
時間がなくなった以上、ウィリデに手を出している暇はなくなった。だから今回、ロジュを直接狙うことにした。そういうことだろう。
それを聞かされたロジュは大きく息を吐き出し、薄汚れた天井を見上げた。その口元に思わず笑みが浮かぶ。
「ロジュお兄様、貴方はこの期に及んでウィリデ国王陛下が狙われずにすんだことに安堵しているのですね……。そういう所が、本当に……」
クムザが怒りを露わにするところをロジュは黙って見つめる。
「もう、いいです。無理です。我慢できません。今から貴方を殺します」
クムザは乱雑に自分の鞄をあさる。そして注射器を取り出した。
「ロジュお兄様、ここにはこの前貴方がお飲みになった毒が入っています。無理矢理飲ませるのは少々骨が折れそうなので、一瞬で終わらせましょう」
クムザは鉄格子から手を伸ばし、ロジュの腕を掴んだ。彼女は鋭い眼差しをロジュへ向ける。
「最後に何か言いたいことは?」
「……。特にない」
まるで、生きる気がないような、抵抗をしないロジュにクムザは眉をひそめたが、返事を聞いたクムザは躊躇なく注射器をロジュへさした。クムザは注射器を扱うのは初めてだったため、クムザの想定より、針はロジュの肌を傷つけた。しかし、注射器の液体はしっかり空になった。
ロジュから力が抜ける。それを見たクムザはロジュから手を離し、背を向ける。思ったよりあっけないことに、気持ちの整理が追いついていない。愛する人の仇が討ったという実感はない。クムザはこの後の動きを考えるのが面倒だ、と思いながらその部屋から出ようとしたが。
「え?」
後ろで何かが光っているのに気がついて、動きを止める。その光の正体は、ロジュにつけていた、手錠の形をしたルクス。
「お前の負けだ、クムザ・ソリスト」




