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五十八、妹

 ロジュはゆっくりと意識が上昇する感覚があった。目を開く。最初は暗闇で見にくかったが、だんだん自分がいる場所の輪郭がはっきりしてきた。まるで監獄のような場所だ。ロジュはゆっくりと体を起こす。


「ここは……」


 あたりを見渡すが、見覚えはない。窓は一つもなく、朝になったとしても太陽の光が遮断されているだろう。薄暗く、炎の光はない。それは偶然だろうか。それとも、ロジュがフェリチタの力を使わないようにするための対策だろうか。


 ロジュが体を動かすとジャラリ、と音がした。頑丈そうな手錠をつけられているのに気がつく。足もきつく紐で縛られた上で、足かせがつけられている。万全の警戒だ。ロジュはそれらを無表情で眺める。取れるか確かめるために、手錠の方をガチャガチャと揺らしてみた。それでも簡単に外せる気配はしない。



「それは、ルクス職人のウィリアム様の作品ですので、簡単には外せませんよ」


 その言葉をきいて手錠ではなくルクスか、とロジュが考えている間にコツコツと音を立てながら入ってくる人物が一人。


「それにしても、お兄様の焦った姿が見られるかと持ったのに、残念ですわ」


 残念そうに頬に手を当てながら、その人物は歩いてきた。

 ロジュにとって非常に見覚えのある人物だった。


「クムザ・ソリスト。やっぱりお前か」


 自分の実の妹。


 ロジュは藍色の瞳を細める。妹が自分を見るときにこもっている感情は薄々感じていた。それは敵意であり憎悪でもある。


「お兄様のことはもう少しじわじわ苦しめたかったのですが……。計画通りにはいかないですね?」


 そう言って小首を傾げるクムザは美人なのには間違いない。しかし、底知れぬ恐ろしさを感じる。


「そんなに俺のことが嫌いか?」

「嫌い? うふふ。お兄様、何をおっしゃいますの?」


 上品に笑う彼女だが、その場の空気は柔らかい空気とはかけ離れている。さらに笑みを深めた彼女の瞳はどす黒い赤色に見えた。


「嫌い、なんて言葉で表せるほど、生やさしいものではありません。殺して終わらせるのが惜しいほど憎んでいますわ」


 彼女は真っ直ぐにロジュを見つめる。その瞳に宿る憎悪を見ても、ロジュは動揺を見せなかった。


「つまらないですね。お兄様の取り乱す様子でも見て溜飲を下げようと思ったのに」


 クムザがため息をついた。その言葉にロジュは返事をせず、クムザへ質問を投げかける。


「シルバ国の動物密輸事件も、お前が仕組んだのか?」

「そうですわ。お兄様がこの真相にたどり着いてしまったようなので、計画を変えるしかありませんでした」


 右手を頬にあてたまま、首を傾けクムザは残念そうな表情を浮かべる。仕草はかわいらしいものであるが、やっていることは残虐だ。


「他国の貧困層に、シルバ国の動物を売ると金になる、と吹き込んだんだな?」

「ご名答ですわ。単純な方々で良かったです」


 彼女に悪びれる様子なんて、一切ない。ニコリと微笑みながら、クムザはその事実を淡々と認める。


「お前が、十歳のときに?」

「それは年齢を計算したら分かることではないですか」


 クムザは何を当たり前のことを、と言いたげに笑う。


 シルバ国の動物密輸事件が起こったのは、ロジュが十五歳のとき。そのときロジュよりも五歳年下のクムザは十歳だったはず。そう考えると恐ろしい話だ。わずか十歳の子どもが計画していただなんて。


「お前の狙いは俺だろう?」


 ロジュは、このクムザの企てが、ウィリデへの恨みではなく、ロジュに対するものであることを気がついていた。ロジュの問いに対し、クムザは頷く。


「ええ。貴方はシルバ国が大好きですから。シルバ国が貴方のせいで被害を受けるところも、それを知った貴方の表情も楽しみにしていたのですが……。ウィリデ・シルバニアが想像以上に優秀だったのが誤算でした」


 ウィリデはクムザの予想よりも早く、動物が減っていることに気がついたのだろう。そして手を打たれてしまったのだから、クムザの思惑は失敗したように思われた。


「しかし、ウィリデ・シルバニアが鎖国という手を打ったのは僥倖でしたわ。だって……」


 クムザはロジュへと近づき、鉄格子からロジュの顎を細い指で掴んで持ち上げた。彼女は、炎を使っていない明かりをロジュへと近づける。クムザは自分がロジュの表情をはっきり見えるようにした。


「貴方は、ウィリデ・シルバニアと連絡が取れずに苦しんだでしょう?」


 この言葉にロジュは動揺を隠すことはできなかった。ロジュの表情をよく見ようと彼に近づいたクムザはロジュの藍色の瞳が揺れるのに気がつき、笑い声を上げる。


「うふふふ。やはり私の見立ては間違えていなかったようね。ロジュお兄様を苦しめるにはシルバ国、特にウィリデ・シルバニアに手を出すのが一番」


 クムザはロジュから離れても、愉しげな表情だ。クムザは言葉を続ける。


「ロジュお兄様。貴方はウィリデ・シルバニアを大切に思っているかもしれない。彼のためなら命も捨てられると思っているでしょう。でも、ウィリデ・シルバニアはそうではない。国のためならロジュお兄様と連絡を断てる。それに、最近ノクティス国のアーテル・ノクティリアスと婚約したそうね。貴方の大好きな『ウィリデお兄様』は貴方のことを大事に思っているのかしら?」

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