五十五、補いあう
リーサは話を戻すことにした。元々、ウィリデは二人に選択肢を与えたいと言っていたが、まだリーサへの選択肢としての話しかしていない。
「それで、兄上。先ほどの話に戻りますが、ロジュ様への選択肢とは?」
「ああ。ロジュとリーサに選択肢をあげたかったって話? そうだな……。悪口を言いたいわけじゃないんだが、リーサはあんまり他人に興味ないだろう」
あっさりと言い切るウィリデに向けて、リーサはジトリとした視線を送る。
「喧嘩なら買いますよ?」
「だから、悪口じゃないって。ただ、リーサは軸が自分にあって、ぶれない。自分の中で守りたいものははっきりしていて、芯が強い。そしてそれは他者がどうであっても関係がない」
そう言われたリーサはどういう表情をすればよいのだろう。そんなことを言われても、リーサ自身は分からない。自分はそんなに強いだろうか。貴族たちにロジュと自分を比べられて、ロジュに苦手意識を持っていた自分が、本当に強いのだろうか。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてるって」
「ありがとうございます」
自信を持ってそういうウィリデに、リーサはぎこちなく笑みを向ける。ウィリデは、唐突に真面目な表情を浮かべた。
「それに、釣り合いで考えると、ロジュに並び立てる人ってそんなにいないと思うんだよね」
「うわ」
ウィリデの発言をきいて、リーサが思わず嫌そうな声をあげる。それをきいたウィリデは苦笑しながらリーサに尋ねた。
「それはどんな感情?」
「さっき、傲慢さを否定していた人の言葉とは思えませんわ。ロジュのことも、世界中の人間のことも理解していると言いたげですわ」
先ほど、相手の全てを知っているだなんて傲慢だと言っていた人と同一人物なのが信じられない。確かにウィリデは見えているものが多そうだが、そこまで断定できるものだろうか。
そんなリーサの言葉を受けて、ウィリデは苦笑して口を開く。
「そんなつもりはないよ。よく考えてみて。頭が良くて、顔が良くて、運動できて、フェリチタに愛されている。それだけだとしても、ロジュと対等に並び立てる人間は少ないんじゃない? それなのに、ロジュの良いところは、それだけじゃないんだよ。あ、あと数時間かかるけどいい?」
「……。そこで止めてください。自信がなくなってきますわ」
ウィリデが、ロジュをひいき目で見ているとしても、ロジュの隣に並び立てる人が少ないというのは事実な気がしてきたリーサは、口元を引きつらせる。そんなリーサを見ていたウィリデはニッコリ笑って見せた。
「リーサなら大丈夫だよ。美人で、勉強できるし、剣の腕も持ってるから。それに、自国ではないフェリチタから加護を受けているという特別な要素も持っている」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「あと、何時間かかけて褒めようか?」
「結構ですわ」
「そう?」
ロジュのことも、リーサのことも何時間語れるというのか。聞いてみたい気持ちもするが、人をよく見ているウィリデのことだから、丸一日潰れる可能性がある。
「ええ。それで、私ならロジュと釣り合うというのですか?」
「……」
「ちょっと、兄上。そこで黙らないでくださらない?」
一番肯定してほしいところでウィリデが黙り込んだ。リーサはウィリデをじっと見つめるが、ウィリデは真剣に考え込んでいるだけのようだ。
「釣り合う、というよりは補えるって感じかな?」
「補う、ですか?」
考えた末にウィリデが出した言葉をきいて、リーサは首を傾げる。ウィリデは自分の中で思考が纏まったのだろう。頷くと言葉を続ける。
「ああ。ロジュの弱さをリーサは支えられそうだし、リーサの劣等感を消し去れるのは、ロジュの持つ圧倒的な強さだ」
「そうでしょうか?」
「まあ、諸刃の剣だ。ロジュの弱さは、リーサに折られてしまう可能性もあるし、リーサの劣等感はロジュの強さで増加する可能性だってあった」
リーサはウィリデの言いたいことが何となくわかった。二人を引き合わせることが吉と出るか凶と出るか。それはウィリデにも分からなかったのだろう。
それでも、二人は出会い、その結果は悪い方には転がらなかった。しかし、それは結果論であり、ウィリデが仕組んだことではないのだろう。ウィリデは引き合わせる危険性も分かっていたからこそ、流れに身を任せた。
「ああ。そう思っていらっしゃったから、最初から私たちを婚約させるつもりはなかったのですね」
「うん。良い影響を及ぼし合えればいいな、って思っていたからね。だから婚約を視野に入れていたわけじゃないよ。そうなったらいいな、くらい」
「そうだったのですね。てっきり、婚約をさせる気があると思っていましたわ」
「あはは。まさか」
リーサの言葉にウィリデが苦笑する。リーサの思い違いだったようだ。リーサは少し安心する。ロジュとの邂逅が仕組まれたものではなくて良かった。




