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四十九、盗み聞き

 扉の向こうを見て固まっている側近達を見て、ウィリデはそちらを凝視した。深紅と若緑を見て、現状を悟る。


「……。来ていたなら声をかけてくれよ」


 ウィリデはそちらを恨めしく思いながら見つめる。そんなウィリデに悪戯が成功した子どものようにリーサは微笑んで見せた。


「あら、兄上。私に一言もなく婚約なさったことを、忘れていませんからね。それにしても、扉を開けっぱなしにして、不用心じゃありませんこと? お話に夢中になりすぎですわ」


 リーサは心なしか楽しそうだ。リーサがいつもは崩せないウィリデの表情が焦っているからだろう。そんなリーサの隣で、ロジュが気まずそうに目を逸らした。


「俺は止めたぞ、一応」


 それでも、リーサの勢いに押されたのだろう。リーサを止められなかったことに罪悪感を持っているのか、ロジュは少し申し訳なさそうだ。

 ウィリデは、肩にとまる小鳥とリーサを見比べて、あっさりと結論を出す。


「なるほど、門番に頼み込んだな」

「ええ。私にとって彼らは親戚のおじさんのようなものですから」


 リーサは王家の一人娘だ。シルバ城に関わる人とはほとんど知り合いである。ソリス国とシルバ国の間の門を任されている門番は交代で勤務しているが、どの人でも気軽に話しかけられる仲だ。リーサが本気で頼み込んだら、かわいい娘に甘えられたように、言うことをきいてしまう。

 今回、ウィリデの元にフェリチタを使って連絡が送られてきた。しかし、それはリーサの計画により、二人が来た時間より遅く送られたものだった。それを悟ったウィリデは、頭を抱えた。


「減給したい人間が増えていくんだけど」

「まあ、面白い冗談ですわね、兄上」

「半分くらい本気だ」


 ウィリデが呆れたような表情を浮かべているのを見て、リーサがくすくすと笑う。


「それで兄上。アーテル殿下はどんな方なんですか?」

「いや、ちょっと。普通に会話を始めようとしないで。どこから聞いていた?」


 ウィリデの言葉に、リーサは微笑むばかりだ。リーサに答える気がなさそうと思ったウィリデは、ロジュに視線を向ける。ロジュは気まずそうな表情を浮かべた。


「ねえ、ロジュ。教えて」


 ウィリデがロジュに向かって懇願する。ウィリデは、ロジュは頼み込んだら教えてくれると分かっているし、ロジュも黙っているつもりは特になかったのだろう。すぐに口を開いた。


「『ロジュ殿下は捨てるんですか?』って聞こえたところからだ」

「ほとんど全部じゃないか」


 ウィリデが再び頭を抱える。つまり、ウィリデがロジュに対してフェリチタを送って様子を見ていた話もきいていたことになる。ウィリデは恐る恐るロジュを見るが、ロジュの表情に嫌悪は含まれていなかった。


「ロジュは嫌じゃなかったの? 私が監視みたいなことをしていて」


 ウィリデは自嘲気味に笑ったが、ロジュは特に表情を変えることなく答える。


「見守っていてくれたんだろう? 俺のことを心の片隅にでも残らないように排除したわけでないなら、別にいい」


 その返答に、ウィリデはホッと息を吐いた。リーサが苦い顔をして、ボソリと呟く。


「監視。見守る。物は言いようですね」


 リーサの声を無視して、ウィリデはロジュに微笑みかけた。


「ロジュが不快じゃないなら良かった」


 安堵の表情を浮かべるウィリデに対し、ロジュがハッとした表情を浮かべ、ウィリデに問いかける。


「あ。そうだ。俺とクリムゾン公爵令嬢、エヴァ・クリムゾンと婚約するかの話し合い、顔合わせの日は見ていないよな?」


 そのどこか怯えた様子にウィリデは困惑しながらも、自分の記憶を辿った。しかし、その日は仕事が立て込んでいたか思い出せないが、その情報を知らなかったため、おそらく見ていない。


「うん。そのはずだよ」

「なら、いい」


 ロジュは露骨に安心した様子だった。一体、その日に何があったというのか。ウィリデは疑問を持つが、ロジュがそれ以上言うつもりがなさそうだ。ウィリデは諦めて、ロジュに本題を尋ねる。


「それで、ロジュ。今日はどうしたの?」


 ロジュは、チラリと周囲を見た。ウィリデの側近やリーサを見て、言いにくそうに口を開いた。


「申し訳ないんだけど、少し二人で話せるか?」

「うん。勿論」


 ウィリデは、視線で側近達に出て行けと告げる。ウィリデの側近達は、邪魔にならないように静かに立っていたが、ウィリデからの視線を受けて、黙って頷き部屋から出て行った。


「私もいない方がいいですか?」


 リーサからの問いにロジュは悩んだ表情を浮かべるが、少しして頷いた。


「まあ、リーサはいてもいいが……。お前は内容を知っているから、別の所に行っていたらどうだ?」

「駄目ですか?」

「はっきり言おう。見られたくないからどっか行っていてくれないか?」

「……。そこまで言うのなら、ヴェールのところに行ってきますわ」

 

 二人を見ていたウィリデはおや、と違和感をおぼえた。二人の関係がどこか変わっている気がした。前より距離が近く、遠慮がない。数日でがらりと変わった様子を、ウィリデはぼんやりと眺めていた。


 そして、ロジュの言葉が引っかかる。「見られたくない」とロジュは言った。ここで通常なら「聞かれたくない」というはずだ。つまり、ロジュは今から何かをしようとしている。


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