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四十四、鎮火される気がした

「まあ、どこの国の差し金かは置いておこう。とにかく、泥濘んだ地のおかげで、俺は暗殺者を全員逃さなかった。魅力、という言葉を使ったが、それはただ利用価値、という意味だけではない。返り血にまみれていた俺が、雨で浄化されるように感じた」

「浄化、ですか?」

「ああ」


 ラファエルに背を向けたロジュは、窓の外をのぞき込む。雨はほとんど止んでおり、太陽の光が差し込んできている。


「なんて言えばいいんだろう。……。慰められた、気がしたんだ。雨は優しく包み込むように体温を冷やした。焦りも、怒りも、全て鎮火される気がした。そう思ったら、急に雨が美しいものに見えてきたんだ」


 十三歳のロジュには焦りがあった。王の最初の子どもが十歳のときには決まっているはずの王太子が決まっていなかったからだ。自分の力が足りないのか、あるいは力を見せすぎたのか。どうしたらいいのか分からないという焦り。

 理不尽な世界に怒りもあった。藍色の瞳では、王になれないと囁かれる。赤の瞳を持つ者しか王になれないという現実。


 そんな追い詰められるようにロジュの心を蝕んでいた感情は、雨に濡れたことで落ち着いた。世界に背を向かれているとまで考えたことはあったが、撫でられているような、包み込まれているような気分になったのだ。


「それが、ロジュ様が雨を好きになった理由ですか?」

「愚かだ、と笑うか? 俺のフェリチタは太陽のはずなのに、ほとんどの場合に共存できない存在に心惹かれている俺を」


 ロジュは分かっている。ソリス国の人間として、王族として、雨に心惹かれるのは褒められたことではない。しかし、その言葉をきいたラファエルは、緩く首を振った。


「そんなわけ、ありません。共存できないからと好んではいけないとは決まってませんから」


 ラファエルのその返事をきいたロジュは、少しだけ黙った。罪悪感をおぼえたロジュは思わず顔を歪める。


「悪い。お前なら否定してくれると思って、こんな聞き方をした。俺は誰かに、おかしくないと言ってほしかったんだ」


 それは、ロジュがラファエルに持つ信頼だ。ラファエルはロジュの話を真剣にきき、否定をしないとロジュは確信していた。そんなロジュを見たラファエルは笑みを浮かべる。


「僕に話していただけるだけで嬉しいです」

「お前は……」


 ロジュが目を伏せて、何かを言いたげにする。ラファエルが黙ってロジュを見つめていると、ロジュは軽く首を振った。


「いや、何でもない」

「そうですか?」


 ラファエルは不思議そうにロジュを見つめていたが、ロジュは口を開こうとしなかったため、諦めたのだろう。しばらく考え込んでいたラファエルが唐突に声を上げる。


「ああ。思い出しました。ロジュ様に暗殺者を送ったところで、ロジュ様を殺すのは不可能だというのが通説となった事件ですね」

「そうだな。それ以降、暗殺者がゼロにはならなかったが、目に見えて減った。悪くない結末だな」


 ロジュはそう言いながら、椅子から立ち上がった。窓の外を見る。気がつけば雨は止んでいた。ロジュは、徹夜明けでも、特に眠そうな様子はない。いつもより、少し顔色が悪いが、それは徹夜という事実を知らなければ気づかないくらい変化は少ない。


「ロジュ様、どこか行かれるんですか?」

「昨日言っただろう。シルバ国だ」

「え? 今日行くんですか? 雨が止んだので、休まなくてもいいんですか?」

「俺が雨の次の日に活動していないと勘づかれてみろ。弱点がバレるだろう」


 もう暗殺者が送られてくるような自体は滅多にないはずだ。それでも、ロジュの警戒は緩んでいない。何が起こるかなんて分からないのだから、弱みは見せないに超したことはないだろう。


「ラファエル、お前も行くか?」

「行きたいですが、僕はまだ今日の分終わっていないので残ります」

「そうか」


 ラファエルは仕事が終わっていないことを言い訳としたが、本当はロジュがウィリデに話に行くのに口を挟まないためだろう。そんなラファエルを見て、ロジュは困ったように笑う。


「じゃあ、リーサにも行くかどうか聞いて行ってくる」

「はい、お気を付けて」


 ロジュは音が鳴らないように気をつけながら扉を閉めた。そして、自室へと歩き出す。



 ロジュの心は少し軽くなった。隠し事が減ったからだ。人に話すというのは、思った以上に気が楽になるらしい。それでも、押しつけられた方はどうだろうか。ロジュは軽くため息をついた。


 そして、ラファエルに一つだけ言えなかったことがある。それは、この代償という呪いの救済方法。それは、フェリチタから聞き出している。


 恋をすれば代償はなくなる。


 今、ロジュにその代償は課されたままだ。これが表すことは単純だ。


 ロジュはリーサに恋していない。


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