三十五、眩しくて、勿体ない
リーサは、真っ直ぐにロジュを見つめる。ロジュは黙ってリーサを見つめ返していた。そしてゆっくりと口を開く。
「俺には、お前が眩しすぎる」
「そうですか?」
リーサは小首を傾げる。その自覚のなさそうな様子をみて、ロジュは苦笑した。
「俺に、お前は勿体なすぎる」
「それでも」
「ああ。分かっている。それでも、お前は俺を望むんだろう」
リーサを制して、ロジュはリーサの思っていることを代わりに口にした。リーサは頷く。
「リーサ。お前のことは人としては好きだ。それでも、その気持ちが恋愛かは分からない」
「私は、人として好き、という言葉が聞けただけでも嬉しいですわ」
「でも、あまり先延ばしにするのも、互いのためにならないだろう」
ロジュも、そろそろ婚約者を考える時期だ。三十歳の今まで婚約をしていなかったウィリデという例外がいたからこそ、ロジュはあまり急かされることはなかった。ウィリデの妹であるリーサも同様だ。それでも、ウィリデの婚約が成立したあと、ロジュもリーサも、婚約の話が流れ込んでくるだろう。ロジュに話が来るのは、ウィリデの次の優良物件であるから。リーサに話が来るのは、シルバ国の未婚の中で一番身分が高いから。そこまで考えると、ロジュは面倒くさそうに顔を歪めた。
「それでも、時間は必要じゃないですか?」
「もらえると、ありがたい」
ただでさえ、先延ばしにしていたが、ロジュにとってそんなに簡単に返事できる話ではない。リーサを雑に扱いたくない。だからこそ、時間が必要になる。
「待たせて、悪い」
「構いませんわ。その代わりなのですが、一緒に踊っていただけますか?」
リーサはニコリとロジュに微笑みかける。ロジュは苦笑した。相変わらず、強かだ。それでいて、冗談を装うことで、ロジュに断る選択肢を与えてくれている。リーサの強引に見えて、優しさを含んでいることに、ロジュは気がついている。
「分かった。会場で」
「いいんですか? ありがとうございます」
リーサは自分で誘っておきながら、驚いた表情をする。そのリーサを見て、ロジュは苦い表情を浮かべた。
「ただ、俺の中ではパーティーの時間をできるだけ引き延したい気持ちがあって、お前を誘ったのは俺のためだ。だから、これはお前へのお詫びにはならない。お詫びに欲しいことがあったら、別に考えておいてくれ」
「まあ、ロジュ様。それを言わなければ、私には分からなかったのですから、構いませんわ。それに、何らかの意図があるとしても、ロジュ様も私と踊ることを望んでくださるということでしょう? これ以上のことは望みませんわ」
ロジュは、リーサの眩しいくらいの笑顔をしばらく見つめたあと、気が抜けたような笑みを浮かべた。
「……。ありがとう、リーサ」
ロジュを見て、ニコリとロジュへ笑みを向けたリーサは、立ち上がった。
「それでは、先に会場へ向かっておきますね」
「ああ」
リーサを見送った後、ロジュは笑みをこぼした。部屋の隅で様子を見ていたラファエルは、そんなロジュの表情に疑問をこぼす。
「どうしたのですか、ロジュ様」
「いや、この状況が面白いなと思って」
ロジュの端的な言葉でラファエルの疑問が解消されることはなかった。むしろ謎が深まった。不思議そうなラファエルに気がついたロジュは口を開く。
「お前は、時間が戻る前の俺とリーサの話を知っているか?」
「いえ、存じ上げません。ロジュ様がシルバ国に行こうとしているかも、と噂は耳にしましたが」
そこまで言ったラファエルは、何かに気がついたように言葉を止めた。ロジュがシルバ国に行こうとしていた。その名目として一番簡単なものはなんであろうか。まさか。
「ロジュ様は、リーサ様に求婚したのですか?」
「流石だな、ラファエル。そうだ。それにしても不思議な縁だな」
ロジュは口角を上げる。前はロジュの方から求婚しており、今はリーサの方から求婚している。その以前とは真逆という事実をロジュは面白がっている。
「ちなみに、ロジュ様からの求婚に対し、リーサ様はなんて答えたんですか?」
「嫌そうだったよ」
そのときのリーサと、今のリーサの違いを思い出したのだろうか。ロジュはくつくつと笑う。
「今のリーサ様が知ったら、そのときの自分を羨ましがりそうですね」
「どうだろう。でも、知らなくていい話だ」
ロジュの表情は穏やかだ。それでも、どこか投げやりにも聞こえる。ロジュの言葉に、ラファエルは首を傾げた。
「そうでしょうか。どんな現実だとしても、僕は、知りたいです。時間が戻る前に、ロジュ様の感じたこと、考えたこと、思ったこと。全て、伺いたいです」
ロジュは藍色の瞳をラファエルに向ける。そして気が抜けたように笑った。
「そう、か。そうだよな。……。ラファエルのことも、教えてほしい。言える範囲で。時間が戻る前のことも、今のことも」
ロジュの言葉に、ラファエルは薄紫色の瞳を見開いた。ロジュが、今まで乞うてくることはなかった。ラファエルも、言う必要はないと思っていた。今の自分が、ロジュに忠誠を誓っている。その事実があれば、十分だと思っていた。
「勿論です」
二人は、顔を見合わせて笑い合った。穏やかな時間であった。




