私怨の泉3 心の叫び(2024年編集)
~ 東京都墨田区 喫茶店ミルフィーユ ~
佐久間たちは、会話の内容が漏れない様、奥のテーブル席を選んだ。連れが来てから、注文する事を告げ、中林の到着を待った。
待つ事、十分後。
先程と同じく、肩で息をしている中林が、来店した。
「お待たせしました。改めて、自己紹介します。中林綱夫と申します。加藤とは、歳は離れていますが、古くからの付き合いです。注文は、されましたか?」
「いえ、お待ちしてからと。警視庁捜査一課の、佐久間と山川です。では、注文しましょうか?」
「この店は、ウインナーコーヒーが、美味しいですよ」
「そうですか、では、それにしましょう」
名刺交換が終わると、佐久間は、三人分の、ウインナーコーヒーを頼んだ。
中林は、水で、一口、喉を潤してから、やんわりと本題に入る。
「佐久間警部の事は、加藤から聞いていました。一目置いていたようです。深くは、聞けませんでしたが、加藤は、何かの企画に招待されていたようです。他の参加者が、事件に巻き込まれた事を知り、『問い合わせたが、途中棄権は、無理だった』と、話していました」
(ほう?)
「どんな、企画なのか興味があります。…ちょっと、お待ちを。コーヒーが、来たみたいです。飲みながら、聞かせてください」
三人は、一旦、コーヒーを口にする。
「確かに、美味ですね。中々、ここまでの、ウインナーコーヒーには、出会えませんね。脱線が過ぎました、続きをお願いします」
「内容までは、話してくれませんでした。ただ、『懺悔』の為に、この企画に参加すると。自分の身に、火の粉が降りかかる事は、承知しているようでした」
(------!)
(------!)
「危険な目に遭うと、分かっていて、参加する。通常では、考えられませんが?」
「申し上げ難いんですが、本人は、ある作家の、小説の一部を、引用した事があって、『目を付けられたかもしれない』と、言っていましたね。それが、懺悔の参加に、繋がるのだと思います」
(となれば、益々、加藤が重要参考人で、殺害されてしまうな)
「加藤は、『万が一の事があれば、警視庁の佐久間警部に、渡して欲しい』と、これを託しました。まさか、こんなに早く、佐久間警部にお目にかかると、思わなかったので、机の一番奥から、引っ張り出して来ましたよ」
(------!)
(------!)
中林は、封筒を佐久間に手渡すと、佐久間は、三人に聞こえる程度の声で、手紙を読み上げた。
『 警視庁、佐久間警部へ
私は、加藤康成と申します。とある企業で、人事部長をしています。
あなたが、この手紙を読んでいる=私は、既に殺された、という事でしょう。
私は、過去に、九条大河の作品を、一部分、引用したり、盗作をしていました。私は、本業の傍ら、作家でもありますが、出版社から、この事実を知られたか、契約更新されず、干されてしまって、執筆を控えておりました。
尾形と名乗る弁護士から、関係者が集められ、九条大河の遺作となる、『紅の挽歌』という作品で、最期の小説一部が、まだ未完であり、それを探して、見つけた者には、賞金一億円と、『紅の挽歌』著作権が、手に入るという内容を聞かされ、全員が歓喜しながら、その場で参加を申し出た事、今でも、鮮明に覚えています。
私も、喜んで参加を決めたのですが、途中で、川野隆司の溺死未遂を、ニュースで知り、企画の目的が、作品の完成ではなく、関係者を粛清するものであれば、私も、九条大河の恨みを買った、一人であると自覚しました。問い合わせしても、途中棄権はダメだと言われ、行方を眩ましても、いずれは、探し出され、殺されてしまう。その為、この運命に抗ってみようと、企画の参加前、中林さんに、この手紙を託したという訳です。
私の予想では、『私怨の泉』に見立て、愛知県豊田市の、大樹寺という場所の付近で、事件に巻き込まれているか、無事に、最後の未完部分を発見して、億万長者になっているか、のどちらかでしょう。まあ、佐久間警部が、この手紙を読んでる時点で、死んでいますが。
小説の一部を、複数の人間で、見つけた場合には、来年の一月五日、九条大河の記者発表を行った会場で、該当者の抽選と、『紅の挽歌』の完成発表を、同時に行うと聞きましたので、万が一、死亡していたら、尾形弁護士の事務所を、家宅捜査すれば、何かしらの証拠が、出てくると思います。
最後に、この手紙を、約束通り、届けてくれた中林さんには、感謝しかありません。
先輩よりも先に、会社も、人生も、終了となりましたが、先輩は、僕の分まで、余生を大事に、お過ごしください。先輩と知り合い、棘の会社生活も、かなり楽しめたと思います。
あの世で、九条大河に詫び、ゆっくりと、先輩と再会する日を、お待ちしております 』
手紙は、ここで終わっていた。
(………)
(………)
(………)
「……あの馬鹿が」
中林は、涙を拭うと、額が床につく位、頭を下げる。
「佐久間警部、何とか、加藤を救って貰えないでしょうか?まだ加藤は、死んではいません。絶対に、私より先には、逝かせません。自分に出来る事は、何でもしますから」
佐久間は、しゃがみ込んで、中林の両手を、固く握る。
「中林さんが、手紙を託してくれたおかげで、何とかなりそうです。予想では、十二月二十四日。この日が、事件日となるはずです。あと、十九日あります」
(------!)
「では、いますぐ、豊田市に行きましょう」
佐久間は、焦る中林を、やんわりと諭す。
「生き急いでも、ろくな事はありません。…真犯人が、私には見えて来ました。犯行日、犯行場所が分かった以上、警察組織としては、これを、利用しない手はありません。加藤さんの、安全を確保しながら、真犯人も捕まえる。中林さんの英断が、加藤さんを救い、事件解決に繋がります」
(………?)
山川は、思わず首を傾げた。
「真犯人が、分かったのですか?この手紙だけで?…自分には、分かりませんが?」
「まあまあ、山さん。コーヒーのお代わりを、頼もうじゃないか。中林さんも、ぜひ。お礼に、ブルーマウンテンをご馳走しますよ」
「ご馳走になります」
冷静に、事を起こそうとする姿勢が、安心感を増している。
(…これが、佐久間警部か。ミステリー作家の九条大河が、追っかけをした刑事。…加藤、お前の目は、節穴ではなかったぞ)
中林は、安心して、佐久間に賭けようと思った。
「山さん、捜査情報は、この場では言えないが、明日、尾形弁護士事務所の、家宅捜査が出来る様に、コーヒーを飲んだら、裁判所に行こうじゃないか?」
「捜査令状の許可ですね、今からですと、四時間ってところですかね」
「十分、間に合うね。真犯人に、気がつかれない内に、一気に、外堀から埋めていく。明日からは、相手の考えを上回る、動きをして見せる」
山川は、目的を定めた時にする、佐久間の仕草と、この発言の意味が、何を示すのかを、よく知っている。相手が誰であろうと、気の毒だと思ってしまう。相手の完敗を、確信した山川は、苦笑いする。
「はい、詰むという事ですね?」
「ああ。ここからは、隠密に動いて、真犯人にバレないように、全ての証拠を押さえるんだ」
佐久間の反撃が、静かに始まろうとしていた。




