表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/42

エピローグ

 高校生最後の桜。そう聞くとある程度ロマンチックな響きを感じさせるものの、受験生にしてみれば花が散るとか落ちるとか、まあ色々と気が気ではない要素が含まれているわけであるが、僕は至って平常心を保ちつつ公園のベンチに腰を下ろしていた。

 そこまで良い大学に行こうとも思わず、そこそこな成績の私立大学で試験を受けた結果、もうすでに合格をもらっている。

 公園では子供が遊んだり、犬の散歩をしていたりと平和な光景が広がっており、並木とは言えない程度のまばらな間隔で桜の木が立っていた。

 白っぽいその花びらが時折ベンチにまで飛んで来る。手に取り、しばらく眺めた後に舌の上に乗せてみた。桜を酒に浮かべて飲む人の気持ちになってみようと思った次第だが、

「味しないな……」

 汚いとは思いつつも、唾と一緒に花弁を地面に吐き捨てた。綺麗な花弁も唾と一緒になっては汚いと言わざるを得ない。悪いことをした。

「あの、隣いいですか?」

「え? あ、どうぞ」

 声をかけた人はシンプルな白い日傘を畳み、僕まで一つ間隔を空けて座った。

鮮やかな赤色の着物を着ていたので、一瞬お年寄りの女性のように思われたが、よく見れば僕と同じ年頃の少女だった。

驚いたのが、その少女の髪と肌の色である。髪が桜に似て白く、肌も透き通るような白さだった。

 染めているんだろうか? 僕の興味は彼女に吸い込まれていく。

 何せ、高校生活三年、浮いた話は一つもない。親友の正人は何故かやたら美人な彼女が許嫁だとか、そんなことを抜かしたので一度殴り飛ばしたのは記憶に新しい。その他にも色のある話はまあまあ聞くので、僕は少々辛い思いをしていたところだ。

 この出会いを無駄にするのは……。

「あの」

「え? はい!」

 声をかけられたのは僕だった。目の前の少女がこちらを見て微笑んでいた。

「昔、どこかであったことありませんでしたっけ?」

「そ、そうかな……?」

「なんとなく見たことがある気がするんですよね。あ、ナンパじゃないですよ? ただ、こうして桜の咲いた場所で、どこか懐かしい気分」

「桜……」

 ベンチで少女と並んで座って桜を見る。理想的なシチュエーションではあるが、残念ながら覚えはない。

「気のせいじゃないかな。君みたいな子を忘れるとも思えないしなあ」

 そう言いながら少女の顔をまじまじと見つめてみる。

 整った顔立ちをしている。人形のような、というのだろうか。肌が白いだけにその印象はかなりしっくり来た。それに、よくよく見てみれば目の色がほんのり赤い。カラーコンタクトだろうか?

 そうしていると、少女の頬が少しだけ朱に染まる。

「あまり見られると困ります。愛想悪く、青白い顔と評判ですから」

「い、いや? そんなことはないと思うけど……その、綺麗というか」

「ふふ、本当ですか?」

 口元を隠し、少女は上品に笑う。ひょっとするとどこかいいところのお嬢様? 同年代の反応に思えない。少し年上くらいだろうか? 年は近い気がするが。 

「……勘弁してくれ。褒めるのは慣れてないんだ」

「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」

「~~っ、ええと、今日はどうしてこんなところに?」

 照れ臭くなり、話題をそらす。ここら辺が女子と上手く行かない原因なのかもしれない。

 少女は特に気を悪くした様子もなく答えてくれた。

「静かなところで桜を見たかったんです。他のところだと今は花見をしようとたくさん人が来るでしょう? この公園って利用者が少ないし、なかなか桜の花も見えますから」

「あ、だったら僕は邪魔だったかな」

「元からいたのはあなたじゃないですか。むしろ邪魔をしたのは私の方ですよ? それに、静かにとは言いましたが、誰か一人くらい話し相手がいた方がいいように感じていましたし」

 少女は地面を転がる桜の花弁を眺めている。僕はとっさに先ほど吐き捨てた花弁を靴の下に隠した。

「あなたはどうしてここに?」

「僕は特に。することがないし、家にいてもお隣さんが押しかけてきてゆっくり出来ないものだからこうしてここに来たってだけかな。桜も咲いてるしね」

「そうですか。でしたらやはり、邪魔をしたのは私の方でしたね」

「いやいやいや! そんなことないから大丈夫だから。むしろお礼を言いたいくらい」

「それはどうして……」

「なんとなく!」

 対人スキルを磨いていなかったことを激しく後悔している。これは自分でも挙動不審だとわかる。

 しかし、そんな僕の反応を見て少女はまた笑っていた。正直、反応があると救われる。

「桜のおかげですね」

「え?」

「こうしてお話出来るのが、ですよ。桜がなければこうして私たちはこの場所に来なかったでしょうし」

「まあ、そうだね。僕はともかく君は来なかっただろうなあ」

「? よく来るんですか?」

「まあ、割と近い公園だからね。ベンチもあるし人が少ない。静かに本読んだり、ぼんやりするのにはよく利用してるかも」

「そうなんですか。……家で生活していることが多いのでそういった過ごし方は少し興味がありますね」

「やっぱりそうなんだ。肌綺麗だし、そう思った」

 いや、いやいやいや何を言っているのか。

 なんとなく褒めてしまったがこれは傍から見れば割と気持ち悪いのではないか。

「ありがとうございます。でも、これ体質のせいなんですよね……。日焼けすると大火傷になったりするんです」

「え、あ、そ、そうなのか。なんか」

「謝らなくてもいいですよ。こうして日傘を差したり、こうして長袖の服を着たりすれば対策は出来ますからね。あまり長い時間留まるのは望ましくはありませんけど。それに、褒めていただいたのは純粋に嬉しく思いましたしね」

 少女は風になびく白髪(しろかみ)を軽く指で押さえ付けながら微笑んだ。

 綺麗だ。純粋にそう思える女性だった。今まで同年代の女性を見たところで、目を軽く惹かれたり、なんとなく好きなのではないか、と曖昧な感想を抱いたりするくらいではあったが。

 息が詰まる。心音が運動した後のように大きく聞こえる。それなのに、ここは驚くほど居心地が良い。

 不思議だった。初めての感覚だ。だと言うのに、どこか懐かしい気もする。

 どこかで似たような感覚を味わったことがあるのだろうか。過去を振り返ってみても、こんな嬉しい状況に至った経験はありそうにない。……妄想か何かだったのかもしれない。

「どうかしましたか? ため息吐くと幸せが逃げると言いますよ」

「それは、今逃げられると困るな」

「あら、今は幸せなんですね」

「うん、まあ。君みたいな女の子と話す機会なんてなかったし……その、人と話すのもあまりすることじゃないしさ」

「ご友人は?」

「まあ、いるにはいるんだけどさ。かなり少ないかな。影が薄いっていうのか、話しても気付かれないこととか多いせいで人付き合いがすごく苦手でね。嫌なんだ、気付かれないで気まずくなるの」

「そうでしたか、その」

「ああ、謝らないで。これでおあいこってことで、どうかな」

 少女は少しきょとんとした顔で固まったが、少し経って肩を揺らして笑い出した。

 人を笑わせたことによる満足感は心地よい。僕も気付けば笑っていた。

 白髪の女の子とは驚くほど話が合った。ひょっとするとこちらの話に合わせてくれていたのかもしれないけれど、お互い笑顔は絶えることはなく雑談は続いていた。

 まるで数年来の親友のように。ここで出会ったことが実はいつかの約束だったかのように話し込んだ。

 桜の花弁がほんのり橙色に染まる程度に日が傾いた頃、はっと気が付いたように少女が固まったところで会話は途切れることになる。

「どうかした、ってそういえば外に長居出来ないって言ってたっけ?」

「それもそうですし、私門限があって……今何時かわかりますか?」

「えっと、ああ、もうすぐ七時だね」

 それを聞いて少女の整った顔がしかめられ、なるほど少々まずいのかとこちらにも明確に理解出来た。

「じゃあ、お開きかな。僕もまさかここまで話し込むとは思わなかったなあ」

「すいません、お時間を」

「いやいや、楽しかったから。こっちこそ外に長く留まらせてしまって」

 またお互いに謝り合う状況になり、思い出したのかまた着物の肩が少しだけ揺れる。

 しばらくして少女が目元を指で拭い、改めてこちらに向き直る。

「今日はありがとうございました。最後にお名前を伺っても?」

「ああ、そういえば――久東錬次。君の名前は?」

「私は――――」

 そう名乗った彼女の顔から僕はどうしても目が離せなかった。

 叶った。

 何が叶ったのか。彼女にやはり昔会ったことがあったのか。何一つわからなかったが、得体の知れない感情が胸に湧いた。

「そうか、綺麗な名前だ」

「そちらこそ、凛々しくて良い名前だと思いますよ」

 またいずれ、と桜の花のような少女は手を振り遠ざかって行った。

 連絡先でも聞けばよかっただろうか。さりげなく家まで送って家の位置を把握しておく? それじゃストーカーみたいなものだ。

 しかし、別れ方に後悔があるかと言えばそうではない。漠然とした予感ではあるが、またどこかで彼女とは会うことが出来る気がした。

 穏やかな風が公園の地面を撫でていく。落ちていた桜の花弁がつむじ風に乗って僕の目の前で踊り、舞い上がった。

 はらはらと落ちる花弁の一枚が僕の唇に張り付いた。

 それを摘み上げ、口に含んでみる。地べたに触れていたそれは当然砂っぽく、思わず吐き出そうとしたが、やめた。

 なんとなく、なんとなくである。

 春の日は長いとも短いとも言えず、先ほどから大した時間も経っていないというのに夜闇が辺りを覆い始めている。

 仕方なく僕は家までの道を歩き始めた。

 口の中の花弁は相も変わらず大した味は感じられないし、未だ仄かに砂の風味が口の端に残っている。

 まあ、それには目をつむろう。今は少しでも長く、あの桜に触れていたいのだ。

 少し肌寒い春の夕暮れ。

 空には馬鹿にするような紺色の空が広がり、僕を見下ろしていた。








エピローグ「桜谷恋花」



 Fin


どうも、桜谷です。

完結です。もしここまで全て読んでくださった方がいるのならば多大な感謝を。きっとここまで書き切れたのはあなたのおかげです。

未熟な点が多いかと思います。自身で書いている時もひしひしと感じていました。描写が短い! くどい! よくわからん設定出てきた! とまあ散々。収拾できていない部分もいくつかあります。確か。

まあ、自分がこう思う原因としては作品が長くなり過ぎたためだと考えます。こんなに長く書くほどの内容はなかったと個人的に思っております。

こんな作品ですが、もし楽しんでいただけたのなら本当に嬉しいことです。

ありがとうございました。


今後も長い作品を書くつもりです。

もし感想などありましたら残していただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ