第八話 連携プレイ、増える心労
「ただいまー」
「はい、お帰りなさい」
「…………後ろから返事が返って来るのは不思議な感じだな」
「普段は返事すらないのでは?」
「確かに」
レンを一度下ろし、靴を脱がせるという作業の後、再び背負う。あまり苦ではないのは彼女が軽いからという理由に尽きる。
彼女をどこに案内しようか。部屋は有り余っている。今は亡き家族の部屋を客間として使うことに抵抗はないのか、と問われれば、まあなくもないが、既に綾が母さんの部屋を使用済みなのでどうでもいい、といった感じである。母さんの部屋は綾がまた転がり込んできた時に困ったことになりそうだからナシ。父さんの部屋、は女の子に進めるには散らかり過ぎか。となると、妹の部屋になるわけだが……うん、こっちは大丈夫だろう。
レンを背負ったまま二階へ上り、肩で部屋のドアを押し開け、ゆっくりとベッドに下ろす。
「すいません、手を煩わせてしまって」
「いいよ。客人は珍しいけど、別に嫌いじゃないから」
もう、客と言ったら綾くらいのものだし、アレはもう客とも呼べないような気がする。となると、珍しいどころの騒ぎではないか。
僕がそう考えている所に、レンはからかうように尋ねる。
「人によるのでは?」
「そういう意味でも歓迎するさ」
「ということは私を愛人と認めるので?」
「そういう意味ではないぞ」
「では、手ごろな性のはけぐち」
「断じて違う。……まあ、何て言うか、結構話しやすいし、その、可愛いし? そういう意味だよ。変にからかわんでくれ。対人スキルが低いもんでさ」
「ええ、知っています。重々承知しておりますとも。何を隠そう、私は久東錬次マニアですから」
「それ、世間一般でストーカーって言うんだぞ。知ってたか? あと、どこでそんな情報をもらってくるんだよ? どこまで知ってんだ?」
「まあ、身内周辺の情報はあらかた。情報元は簡単ですね」
「いとこの誰か、って所か?」
「ええ、そんな感じです。それ以外は口では言えないような手であれやこれやと」
「いとこと知り合いということもそうだが、そっちの方が気になるんだが!?」
「大丈夫、法のラインはごほっ! ……すいません、少し寝かせていただきます」
「重要な所で!? そこが許されるかの境界なのに!?」
「まさか、起こして聞きだそうなんてことは」
「しないけどさ」
僕は渋々ながら、レンの上に薄い布団をかぶせる。すると、レンは薄く微笑んで、こちらに手を伸ばしてくる。
「?」
「おやすみのキスを」
「お前な……キスで死にかけてるんだから、またキスしたら今度こそ永眠するぞ」
「結果的に眠れますね」
「永遠にな」
「仕方ないですね。では胸を揉みしだいて下さい」
「唐突過ぎて意味がわからない」
そう言うと、レンは不満気に自らの胸を寄せ、僕に見せつけるように突き出す。ちなみに、標準的なサイズ(と言っても僕に女性の胸の標準どうのこうのがわかるはずもないのだが)ながら寄せ集められたそれは結構なボリュームがある。
「さあ、揉まれないと眠れません」
「……あのな、僕をどういう目で見ているかは知らないけど、少なくとも弱っている女の子の胸を揉むほど飢えてはいないよ」
「強くなっていたらもの凄く揉みますか?」
「強くなるってどういうことだよ……いいから寝とけ。いつまでもこの家にいるわけにはいかないだろう? ……綾だっていつまた来るかわからないしな」
「私は正直なところこのままでも構いませんが、まあ、そうですね。錬次がそう言うのでしたら」
レンは静かに目を閉じる。さて、僕は目覚めた時のためにお粥でも作っておくとしよう。そう思い、ベッドから離れようとすると、不意に服の裾が引かれる。どこかに引っかけたか、とそれを辿ると、別にそれは何に引っ掛かるでもなく、人の意思によってなされたものであることを知る。簡単に言えば、レンが引っ張っていたのだ。
「どうかしたか?」
「あの、傍にいてくれませんか? 寝付くまでで構いません。そうしないと、眠れないんです」
「…………わかったよ」
予定を変更して、僕はベッドの横に腰を下ろす。別に、今までの要求に比べれば楽だったから従った、というわけではない。かといって、真面目な理由があるわけでもない。彼女に同情した、などという事は決してない。
別に、何を考えたというわけではないけれど、これが自然な気がしたのだ。
おかしな話。魅上色夜という人間を知ったのはつい最近だというのに、どこか懐かしいような感じがする。ずっと昔に、こうして――――。
『――――錬次――――』
「――え?」
女の子の声が聞こえたような気がして、レンの方を見る。しかし、レンは静かに呼吸するだけ。それに、今の声はもっと幼い少女のものだったように思う。
今のは、いったい…………?
レンが眠って数時間。お粥は作って保温してある。僕は趣味と化している漢字の書き取りをしながらテレビの音声に耳を傾けていた。
レンの話。あの殺人事件がその、欲ノ蟲とかいうものと関係があるのなら、いずれ関わることになるのではないかという不安から、見ずにはいられなかったのか。……いやまさか。そんなワケがない。そんな繊細な神経を持ち合わせた覚えはない。単なる興味だ。近くのコンビニが強盗にあったから、とか、その程度の興味。そもそも、蟲なんてものは半信半疑なのだ。と、僕はかなり冷静になった。
確かに、レンの様子は演技には見えなかった。本当に衰弱していたのだ。もしあれが演技だというのなら、演劇の道へ進むことを全力でお勧めしたい。しかし、だからと言って全てを信じるのか、と自分の中の何かが囁くのだ。こんな平和な日常に殺し合いなど馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるものか、と。
だからこそ、ニュースを見る。身近で起きているという殺人事件。異常な殺人事件。日常にも異常は当たり前のように存在する、それを忘れるなと言い聞かせる。
レンの言うことが真実だろうが偽りだろうが、その両方に対応できるように。あの子の必死さを思い出して、どうせ嘘だろう、と気持ちが萎えないように。
「(なんだか僕、妙に張り切ってないか? さっきの声といい、疲れてるかもな……)」
愛用のシャープペンは動きを止め、僕の疲れを代弁するかのようにテーブルにころりと転がる。その真似をするように僕はソファに寝転がる。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ………………!
メールである。マナーモードなのでバイブが机と接触して……まあ、そんなことはどうでもいい。時刻は八時を回ったところ。なんとなく予想はつく。まあ、ヤツにしては早いのかもしれない。
携帯を開くと、やはり。表示されたのは馬鹿姉の名前。
『開けてー錬次開けてーあーけーてー』
そんな声が玄関から聞こえてくる。まったく、馬鹿姉め。
「はいはい、今行くよー…………はっ」
まったくもって今日の僕は疲れている。冴えない少年がさらに冴えていない。
あの馬鹿(綾)に僕が女の子を家に入れているという事実を知られたらどうなるだろうか。かなりうざいだろう、間違いない。事情はどうあれ、綾がまともな解釈をしてくれるとは思えない。
「妙に早い時間に来るじゃないか、綾?」
『今日はごろごろしたい気分なのよー。早く入れて入れて~』
入って来る気満々だな…………まさかごろごろしたいだけ、とは面倒な。
「今日は友達が来てるんだ。もう少し外で遊んでこないか?」
『…………ほう』
マズイ。何かに気付いたなコイツ。僕はチェーンロックをかける。
『いいよ』
しかし、帰ってきた返事はあっさりとしたものだった。
『じゃあ、お金ちょうだい!』
「なっ、お前……! はあ、少しだけだぞ?」
『一杯もらってんだからいいじゃない?』
「いつかは返すつもりで使ってるんだよ、まったく」
僕は一万円を渡すため、扉を開ける。
何度も言うが、僕は疲れていたんだ。本当に。
「隙ありぃ!」
「なっ!」
僕が扉を開けると同時に猫のように滑り込んでくる綾。しまった、はめられた……!
綾は玄関にある靴を見てニヤリと笑う。嫌な予感しかしない
「女の子、ね」
「ま、まあな」
恐らく綾の中では今、様々な可能性が渦巻いていることだろう。方向性は全て同じだろうが。
「お友達って、あれかしら、横文字? なんとかフレンドってヤツ?」
「辿り着いた答えがそれか! 違うに決まってんだろうが!」
「じゃあ、彼女?」
「……違う」
「…………奴隷か!」
「否だ!」
「だったらなんなのよぅ」
「普通に友達という発想は出来ないのか?」
「つまんないじゃない」
「つまんない……はあ、いいから。起こさないように休むだけならいい。騒がないでくれよ」
その瞬間、綾の目が光る。若干鈍く。
「寝てる? どうして? それほどまでに気を許した相手なのかしら? それとも、ただの世間知らずのお嬢様?」
「…………なんと言えばいいのか」
なんということだ。綾に僕が押されているなんて、屈辱的だぞ、なんか。
周囲を見渡すも起死回生の一手は見つからない。あるのは靴ベラくらいなものだ。くそ、考えろ、考えろ、考えろ……!
「おはようございます、錬次……」
「あ」
寝ぼけ眼のレンがとことこ歩いてくる。
考えられる限りの最悪の事態に。
「あらっ、レンちゃんじゃない?」
「綾さんですか、どうもこんにちは」
「へ? ……あれ?」
ならなかった……? え、知り合いなのか? そういえば、レンはいとこから僕のことを聞いたとか、言っていた、ような。綾のことだったのか?
「情報をどうもありがとうございます」
「いえいえ、おごってもらっちゃったしいいのよいいのよ!」
「ちゃっかり買収されやがったのかお前!」
「だってぇ~、お金最近キツイんだもん。だから、錬次にお金ねだったのは割と切実だったりしたんだけど?」
このダメ姉……! だけど、助かった。本当に。これなら、ややこしいことにはならなそうだ。
「じゃあ、錬次はレンちゃんと付き合うんだ!」
「……はい?」
ややこしいことになった。物事の先を読むことは得意なはずなのに、何故読み違えた?
「いえ、私は愛人です。錬次は他に好きな人がいるようですから」
「愛人!? 錬次、とっかえひっかえはさすがにあれだからって全員を愛そうってコト? 本命はまさか、私?」
「違う。もう色々違う。愛人じゃない本命じゃない。落ちつけよ」
「そうでした。性奴隷、でしたね。すいません、錬、いえ、ご主人様」
「わー! ヤバいヤバい! 錬次が特殊なプレイを!」
「違うっ! 何故そうなる! 僕が好きなのはしのも……とにかくっ! 好きな人がいるからレンとは付き合えないんだ。だから……」
「愛人?」
「違うって!」
愛人だのどうだのといった問答が数十分。さすがに飽きたのか、綾はため息を一つついて僕に尋ねる。声は真面目なトーンで。
「で、結局恋人ではないわけね?」
「はい、そうですね。残念ですが」
「そうだ」
「じゃあ、なんでここにいるの? まさか、恋人以外を家にあげるような軽い男になったのかしら?」
「別に恋人じゃなくたってあげてもいいだろうが。その、普通の友達として」
「…………そうですね。それに、今日はやむを得ずと言ったところですかね。何せ――」
そこで、レンは実にさわやかな笑みを浮かべる。そこで、僕は彼女を家にあげるに至った経緯を今更ながら思い出す。
「キスをして、倒れてしまったのですから……」
「レンちゃん、詳しくっ!」
「話さんでいい!」
確かに事実だけども! その言い方は何か、誤解を生むような気がする! というか確実に生むだろう! 実際に生んでるし!
「(おい、レン!)」
ジェスチャーでやめろ、とサインを送る。その話をしてしまうと、そのまま蟲やらそんな話にシフトしそうで怖い。しかし、レンは僕の心配を知ってか知らずか、くすりと笑う。その笑みは大丈夫という意思表示なのか? それとも僕の慌て様がおかしいという意味なのか!?
「いえ、なにぶん初めてだったもので、緊張してしまったのです。せっかくしてくれた錬次には悪いのですが」
「いや~なになに? 甘酸っぱいわ~。してくれた、なんて、ひ・か・え・めっ! 錬次の方からありがとうくらい言ってもいいじゃない?」
「むぅ…………ま、まあ、確かに」
は、初めてだったのか……。西條といい、した後に初めてといわれても、困るというか。少し言い訳がましいか。やはり、この際に好きだと言ってくれたことに対しての礼を言っておいた方がいいのだろうか?
「いえ、いいんです。私が勝手にしたことですし、錬次も迷惑だったでしょう。ねえ?」
「いや、そんなことは、ないよ」
「あ、どもった」
「違う! いきなりで返事が遅れたんだ!」
確かに困ったことは困ったが、プラスマイナスで言うとプラス寄りの困った、というか。つまり、悪い気はしない。断じて迷惑などではない。
……ここまで好意を向けてくれる女子を『好きな女性がいるから』という自分勝手な理由でいつまでも断り続けて良いものだろうか。いずれ、しっかりとした理由を見つけなければ。そんな意思を込めて、僕は返事の訂正をする。
「別に、迷惑じゃないよ。ただ」
「それでは綾さん。本日はお世話になります」
「いいのいいの! 錬次の家は皆の家なんだから、遠慮しな~い」
まったく聞いていなかった。なんだ、これ。結構心に響くな~、なんて思わない。絶対。僕は無表情に徹して二人の会話が終わるのを待った。怒ってなんか、ない。
「それじゃあ、今日はパーティーね! 錬次、金!」
「あいよ」
唐突に差し出された綾の手に即座に十円を置いてやる。瞬間、綾の表情が凍りついた。動揺してる動揺してる。若干の腹いせの意味を込めて。大半の当たり前だというしつけの意を込めて。
「馬鹿じゃないの! 十円なんて……消費税付いたら駄菓子だって厳しいわよ!」
「大丈夫だ。その十円は金として使用せず、口の中で永遠に舐め続けるためのものだ。鉄の味がしてうまいんじゃないか。知らんが」
「何その図! イヤよ、十円舐め続けるパーティー!」
「大丈夫、お前だけだ。僕とレンはちゃんとした料理を食べます」
「この鬼畜! いくら私が金に飢えてるからって、その金を食べようとは思わないわよ! 使えないじゃない!」
そういう問題なのか? 綾はブーブーと文句をたれながら僕の足に縋りつく。ダメな姉の化身ここにあり。
その様子を見て、レンは何故か自分の身体を抱き、熱っぽい視線を向ける。
「金におぼれる姉を冷たい態度であしらい、奴隷のごとく地に這いつくばらせてほくそ笑む。錬次、実に良い趣味をしています」
「別にそんなつもりじゃないんだがな……」
「うらやましいです」
「はい?」
「私も…………いじめられたい」
「おい! 戻って来い! それはかなり危ない方向の思想だから! これと同じことを他人にできるとは思えないから、僕は!」
白い肌を赤らめて、息使いも荒い。蟲ってのは恐ろしいものだ。今までの冷静な彼女からは想像もできない。これから関わることになるのだと思うと、多少は憂鬱になる。
「…………テレビでも見て待っておいてくれ。その間にちゃっちゃと作っちゃうからさ」
「錬次愛してるっ! それじゃ、レンちゃん行きましょー!」
「それでは改めて、お邪魔します、錬次」
レンは慎ましやかに頭を下げると、綾に手を引かれ、というより引きずられていった。病み上がりなのに、あのテンションについて行けるだろうか。
「……そういえば、買い置きしておいたっけな?」
案の定、冷蔵庫に食べ物らしい食べ物は、牛乳とソーセージくらいのものだった。
どうも桜谷です。
土日更新なので遅いですがよろしくです。
感想等お待ちしております。




