マスター・フォックスの教え
-マスター・フォックスの教え-
山と森と全ての草原と、沼と湖と川の王様とは誰でしょう?
答えはユージュニオ二世ことマスター・フォックスです。
小さなシオン姫は手作りの弓を手に、それは賢き狐の王、マスター・フォックスのくつろぐ石の前にうやうやしくかしづきました。
すると、豊かな金色の毛を揺らしながらマスター・フォックスはシオン姫に話しかけました。
「これはこれはシオン姫 弓の練習はちゃんとしているかな?」
「はい! 三度に一度は真ん中に当てられるようになりました」
シオン姫は元気よく返事をしました。
「それは素晴らしい では私の前で腕前を見せてもらおうか」
シオン姫は木と、木の皮を寄り合わせた弦とで作った弓矢を手にし、近くの木の股の所にマルメロの実を挟みました。
そしてそこから30歩数えて離れると、弓矢をぎゅっと握りしめます。
シオン姫はマルメロの実に狙いをつけました。そしてお願い当たって、と祈りを捧げました。
ヒューンと風を切りながら進んだ矢は、シオン姫の祈りが通じたのか、なんとしっかりとマルメロの実を射抜きました。
「おお! なんと素晴らしいのだシオン姫 貴女は弓の天才だ」
シオン姫は嬉しくなって手を叩いて喜びました。
「でもそれは子ネズミやウサギくらいなら倒せるだろう だがシカやオオカミには役に立たない」
「どうしてですか、マスターフォックス?」
「貴女の小さな手ではそれが限界なのだ 大きくなってもっと強い弓を引ける様になるか、クロスボウという道具を使うしかない」
「クロスボウとはどんなものですか? この弓のように私にも作る事ができるのですか?」
「できるさ でも今ではない まずはウサギの狩り方を教えてあげよう」
マスターフォックスは金色に輝く長い尻尾をくねらせ、石の上から飛び降りました。
シオン姫はその美しい毛並みが大好きでした。
「さぁ姫、この林の中で野ウサギを見つけてみようじゃないか」
マスターフォックスが案内してくれたのは小さな林の中でした。
背の低い草や花が沢山生えていて、ウサギのすみかにはうってつけです。
きっと丸々と太ったおいしそうなウサギが沢山いることでしょう。
シオン姫は必死に林の中を歩き回って探しました。でも歩いても歩いてもウサギはまったく見えません。
「本当にここにウサギはいるのですかマスターフォックス? 行けども行けどもまるで気配が無いでないですか」
シオン姫の言葉に、マスターフォックスは笑って言いました。
「これは異なこと、シオン姫 私はもう20匹はウサギを見つけたよ さぁよく見てごらんなさい そこの草の陰だよ」
シオン姫は言われた通りに草の陰を探してみました。しかしウサギは居ません、けれども渋草色の、丸いものが転がっているのを見つけました。
「まぁこれはウサギの糞ですか?」
「そうだ姫 確かにここにウサギが居るのがわかっただろう さぁウサギはどんな所にいると思う?」
「うーん…… ウサギはいつも何か食べてるからご飯のあるところ?」
「貴女はなんて賢い女の子なんだ ではおいしそうなご飯はどこにある?」
「ウサギのご飯はやわらかい草だから、日当たりの良いところ?」
「流石はシオン姫だ、きっと魔女のエデュバもおどろいてる事だろう さぁ今度こそウサギを捕まえよう」
「うん!」
それからシオン姫はより慎重に歩きました。ウサギの糞がまだ新しく、沢山ある場所、ウサギのかじった草が沢山ある場所を、音を立てないように慎重に探したのです。
すると、遠くの草むらの中に茶色いウサギを見つけました。
「見つけた!」
思わずシオン姫は大きな声を上げてしまいます。するとその声を聞きつけたウサギは一目散に逃げて行ってしまうのでした。
「逃げられてしまったね ウサギはとても耳が良くて臆病なんだ 音を立てちゃいけないよ」
悲しい気持ちになりましたが、シオン姫は決して諦めません。もう一度、今度はもっと気をつけてウサギを探しました。
すると、遠くの草むらの中にまた茶色いウサギを見つけました。
今度は声を出さないように気をつけながら、息を止めて弓を引き絞りました。
矢の切っ先は真っ直ぐにウサギの方へ向いています。ところがシオン姫は中々弓を放とうとしません。
「マスターフォックス、私できない ウサギが可哀想だもの」
「シオン姫、貴女は狩で一番大事な事を学んだ そう、狩をするという事は命を奪う事なんだ
ウサギを殺して、食べてしまうのはとてもざんこくな事だろう でもそれが生きていく事なんだよシオン姫」
マスターフォックスにさとされたシオン姫はもう一度弓を構えました。今度はしっかりとウサギを見て、弓矢を撃ったのです。
果たして矢は、ちゃんとウサギに当たりました。
「素晴らしい! ちゃんとウサギをしとめることが出来た それじゃぁ今度はそのウサギを食べれるように、さばかないといけないな」
シオン姫は可哀想なウサギのためにお祈りをしました。
このウサギがきっと神様の所で元気に遊べますように。
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「まぁシオン、これは一体どうしたの?」
「見ていてエデュバ!」
暗闇に包まれた空間に、皮を剥がれた二羽のウサギを手にした幼いシオンの姿があった。
シオンは笑顔でちょいと指を振ると、真っ暗な空間に焚き火と鍋が生まれた。
「シオン姫はリーキとタマネギとにんにく、それにニンジンをスープにしました」
シオンがそう言うと焚き火の上の鍋の中にくつくつと煮えるスープが現れた。この空間はいわば魔女の庭だ。
望むものは何でも立ち現れるのだ。
シオンは危なっかしい手つきでウサギの肉をナイフで刻む。
魔女は落ち着かない様子でそれを見ていたが口を挟む事はなかった。
何度か塩を降ったり、水やワインを足したりしながら、やがて少女は納得いくものが出来たらしい。
暖かな湯気の立つスープをレードルでかき混ぜ、器によそう。
野菜はほとんど溶けてしまっているが、肉はしっかりと煮えていた。
「さぁ食べようエデュバ! 私がとってきたウサギだよ!」
「んまぁシオンったらいつの間にこんな立派に…… うぅ、可愛いシオンにお料理を作ってもらうなんて…… 幸せすぎて鼻血でそうなんですけど!」
そうして二人は心行くまでウサギスープを堪能したのだった。




