第四節 冒険の報酬 古の城壁と島の過去 教団 鉄の病 新たなクエスト
シオンは酒場を抜け、裏手に出た。丁度指輪が盗まれたという部屋の正面だ。
少女は男を従えつつ、あたりに生えた木を一つずつ調べて回った。
「おい、まさかとは思うが、盗人ってのは……」
シオンは一つの木を見定め、勢いをつけて駆け上ると、その木の洞の中に手を突っ込んだ。
「そのまさか」
と、洞から抜いた手にはオレンジに輝く宝石をあしらったペンダントが掴まれていた。
村の女たちがせめてもの慰みにと手に入れたものだろう。
他にも沢山の木の実やら糞やらが洞の中には詰まっていた。
リスか鼠のような小動物が貯めこんだものだ。
そういった動物はしばしば光るものを好んで集める習性があるのだ。
「お、おい! 指輪は、おふくろの指輪はあるのか!?」
目を凝らして洞の中を見れば、さらにいくつもの装飾品の類が見つかった。
銀のイヤリング、真珠の玉、そして金の指輪もだ。
少女はそれらの宝を一つ一つ丁寧に拾い上げ、両手の中に広げた。貧しい村の、貴重な宝だ。
「ああっ良かった! あんたは何て賢いんだ! 良かった、おふくろぉ……」
男は指輪を抱きしめるように抱え、膝をついて顔をくしゃくしゃにしながら何度も指輪にキスをした。
それから見つかった物を持ち帰ると、村の女たちは少女に感謝のキスを浴びせて回った。
六人目のあたりで両手で押しのけ、やっと解放されるほどだった。
そうして少女は村を後にした。次はもう少し大きな所に行こう。
もっとマシな仕事を探さなくてはならない、家を持たない根無し草の暮らしは、想像よりも忙しいものだ。
なんせ帰る場所が無い。
宿をとるにも飯を食べるにも、道を歩くのにさえ金はかかるのに。
しかし少女の持ち物と言えば、二羽のウサギとニワトリの肉、それに篭一杯の野菜ばかりでポケットの中にある銀貨はたった3枚だけなのだ。
「あーあ これじゃぁ町に戻ったら通行料で無一文だよ……」
少女はつぶやくが、その顔は笑顔だった。
母の形見だという指輪を見つけた時の、男の顔が目に浮かぶようだ。
もちろんあれは演技で、強かな男に上手くやられたのかもしれないが、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
女たちが差し出すわずかばかりの装飾品の類も結局は断った。その代わりにこの大荷物というわけだ。
シオンはまた数日をかけてアールドブラという町へと取って返した。
古い砦という意味の名の通りに、町全体を見下ろす高台には石の城壁が連なっている。
城壁と言えば普通は無数の石を積み上げて作るものだが、この城壁は不思議なことに継ぎ目が一切ない。
まるで巨大な岩をくり貫いて磨いたかのようだった。
これ遥か昔に島の支配者である明王が作り上げたと言われる物で、今なおその偉容を誇示していた。
ここで簡単だが地域の説明をしておこう。
少女が今いるこの地域はアルビオンと呼ばれる島国で、海峡を挟んですぐ南には大陸がある。
海岸沿いにせり立つ石灰の崖が白く見えるため、船乗りからは白島とも呼ばれている。
島のほとんどは森と山と湖と沼に囲まれ、雄大な自然のほとりで人々は生活していた。
豊かな土地ながら国家と呼べるほどのまとまりも、強い指導者も居ないのには理由があった。
島にはこんな言い伝えがある。
「かつてこの地に降りた明王は、7年で島にそれまでの百倍の富をもたらした。
しかしやがて明王は悪しき心に囚われ、人々を戦に駆り立てる悪魔となった」と。
実際言い伝えの通り、戦乱は長く長く続いた。
今でも多少の小競り合いは茶飯事だ。
過去の豊かな世界で作られた様々な機構は、省みられる事もなく森に飲まれてしまい、もはやそれが何だったかもわからない。
村や町に男の姿が少なく、女子供ばかりなのもそのせいだ。
一度崩れた人口ピラミッドというのはそう簡単には戻せないのである。
アールドブラの町の様子は、それまで居た村とは大違いだ。ここはこの辺りでは一番マシな場所だ。
大昔に作られたという立派な街道は今でも整備されており、商品で満載の荷馬車が行きかっている。
上流の山から下る豊かな川と豊富な地下水が、人々も家畜も田畑も潤していた。
建物の多くは石造りで大きく、金のある家の窓にはガラスがはまっている。
昼夜無く通りからは人々の歌声が聞こえ、質素だが清潔な衣服を着た女たちが籠いっぱいに果物を背負って歩いている。
ラッパを吹きながら肉を売る主婦、ボールを空中になげる大道芸人、ピンク色の丸まると太った四ツ目の豚を追い立てる子供。
町のあちこちの井戸では不真面目な丁稚の少女が、洗濯物そっちのけで談笑にふけっていた。
シオンが町の中央の、目抜き通りに差し掛かった所で、遠くから大きな声で何事かを叫ぶ男の声が聞こえた。
声は低く、歯切れの良いもので最初は何かの歌だろうかと思った。
しかし、人だかりに近づき、ハッキリ聞こえるようになると様子が違ってきた。
「いまこそ! かの古の魔王の生み出した邪悪なる遺物を破壊する時である! 邪悪なる過去を消し去り、光溢れる新たな時代を向かえようではないか!!」
白いフードを被った男が両手を天に向けて広げ、声を張り上げていた。
傍らにさらに二人の白フードの人物が控えている。
厚手のフードを目深に被っているため、男か女かすらも定かではない。
そしてその足元には小麦のいっぱい詰まった麻袋が置かれていた。
シオンは彼らの姿に釘付けになった。
男は白いフード付きのチュニックに赤いスカプラリオ (肩から足元の辺りまで伸びた飾り服)を下げていたが、その胸元の紋章のせいだ。
紋章は燃え盛る火の上で、ナイフで四角い箱の様なものを突き刺している図案だ。
その四角いものは幾何学的な模様があしらわれている。
シオンはこれと良く似たものを知っている。
片時も肌身離さず持ち歩いているあの本だ。
「古き書を捨てよ! 我らに必要なのは新しき夜明けである! 魔王が現れ、災厄をなしてから300年! 大地は痩せ、男は死に、妻たちは我が子を手にかける! これほどの地獄があろうか! 書を焼き捨てよ! さもなくばまもなくのうちに! 天罰は下るであろう」
胸に痛みが走り、心臓が早鐘の様に高鳴るのを感じた。
知らずの内に剣に手をかけている事に気付き、深呼吸して手を離した。
「かえる師匠にあれほど冷静であれと言われてたのに……」
シオンは情けない気持ちで一杯だった。今すぐ本を開いて師匠の待つ穴倉に飛び込みたくなった。
さて、男の演説はいよいよクライマックスのようだ。
「民よ見よ!」
演説していた男が傍らの仲間の腕を取り、裾を捲り上げた。
そこには本来あるはずの人の腕はなく、金属の棒や丸や楕円の、得体の知れない部品が腕の形を作っていた。
観衆からどよめきが起きる。
「ゴーレム病だ!」
「おぞましい!」
聴衆は皆、その醜く恐ろしい姿におののいた。
悲鳴を上げる女もいた。
その病はそれほどに人々から恐れられ、忌み嫌われているのだ。
しかしそのどよめきを男の声がかき消す。
「民よ聞け! 我らは何人も拒む事はない! 志を同じくする者であれば、たとえ呪われた病の者であろうと! 古き鎖を断ち切る時である! 書を捨てよ! 教団に加われ! 天罰は避ける事ができる!」
さらに饒舌になる男の横で、それまで控えていた二人が麻袋から小麦を取り出し、周りの人々に配り始めた。貰えるものなら頂こうと、人々は我先にとそれに群がった。
「待て待て! 貴様ら何をしている!」
騒ぎを聞きつけた町の衛兵が槍を手に集まってきた。
そこでようやく我に返ったシオンは本を外套の中に隠し、足早に立ち去ることにした。
「一体なんなのあいつら?」
と、シオンが独り言を呟いていると、思いがけず返答する者がいた。
「あいつらは最近現れた、無垢なる孤児団とかいう教団だ」
男は先ほどまで説法を、遠巻きに見ていた一人だ。立派な身なりをしている所を見ると金持なのか。彼はよく通るバリトンの声で語った
「ゴーレム病の子供を連誘拐したり、どこかに集落をを作るなどしているそうだ 何を考えているのかわからない、危険な連中だ」
その声と視線には明らかに彼らに対する敵意の感情があった。
「へぇ、付いていかないように気を付けます」
シオンは適当な返事を返した。
少女の頭の中は不穏な予感で一杯になっていた。




