第三十四節 捕縛 炎上
シオンは巨大な石が飛来してきた方を見た。
30メートルほど先か、白いローブ姿の男が見える。だがその両腕はゴーレム病に侵されており、普通の人の数倍のサイズになっている。
長く伸びた鉄の指がそこらにある瓦礫を掴みあげ、軽々と持ち上げてしまった。
まずい、あいつはアレを投げつける気なのだ。シオンは注意がこちらに向くように、大声で叫びながら巨腕の教団兵に向かって走る。
男は鷲づかみにした人間サイズほどの石塊をシオンに向けて突き出す。
すると男の腕から大きな金属音が鳴り、石が文字通り射出された。
「!!」
投擲の動作もなく突然飛び出して来た石を避けきれず、左腕に石がかすり少女は大きくバランスを崩して倒れた。
シオンはそれでもなんとか立ち上がった。左腕は鎖帷子に守られていたが、激突の痛みで上手く動かない。
だがこのままで居てもやられるだけだ。次の石を拾う前に近寄らなくては。
幸いな事に大きすぎる両腕のせいか相手の動きは遅い。近寄れば倒せるはずだ。
しかし少女の考えは甘かった。剣の間合いに、うつろな顔をした男を捕らえた瞬間、鋼鉄の腕が振り回された。
男の腕は巨大で、その分リーチも長い。しかも太く頑丈な金属製だ。
コレは受け止める事はできないと悟った少女はとっさに後ろに下がって回避した。
シオンは攻めあぐねていた。普通であれば振り回した腕ごと剣で打ち据えれば良い。
だが、相手の腕はゴーレム病で鉄と化している。巨大なハンマーを振り回しているようなものだ。
下手に手を出せば剣が折れてしまいかねない。かと言って距離を置けばあの石の餌食だ。
「シオン!」
背後からギュムナの声がする。反射的に横に飛びのくと、ギュムナの放ったクロスボウのボルトが男の胸元に突き刺さった。
その部分は金属化していないのだ。少女はその機を逃さなかった。
身を低くしながら素早く男の傍まで駆け寄り、自分の剣の刃の部分を掴んで振りぬき、男の腹に柄を食い込ませた。
だがこれが裏目に出た。男は驚くべき意志力で踏みとどまり、鉄の腕でシオンを弾き飛ばした。
シオンは瓦礫の上で身体をクの字に曲げてうめいた。口からこみ上げてきた胃液に血が混じっているのが判った。
内臓に大きなダメージがあるのだ。
猛烈な苦痛に足が動かない。石の直撃を受けた熊のバーリーも立ち上がれておらず、ギュムナは次のボルトをまだ装填できていない。
男は近くにあったレンガの塊を掴み、シオンに向けた。少女は逃れようと必死でもがくが、か弱い抵抗だ。
「やめろ! シオンに近寄るなぁ!」
ギュムナが叫ぶが、ローブの男は意に介した様子も、なんの感情の表現もなくただ狙いを定めた。
ここまでか、少女はそれでも立ち上がろうと身体を起こす。
ゴキン 奇妙な鈍い音が鳴った。そしてローブの男はぐにゃりと膝を曲げてその場に崩れ落ちる。
ローブの背後に、ウォーピックを構えたオイコスが立っていた。服も顔も泥と煤と、そして血にまみれている。
「ぁー、間に合ったぜ!」
「オイコス!」
オイコスだけではない、教団の兵士達に果敢に突撃した子供達が集まりつつあった。
子供達とオイコス、そして駆け寄ったギュムナらがシオンを抱き起こす。
「ありがとう、私は大丈夫 みんなほんとにありがとう……」
「いいって事さ! さぁこっからどうするよお姫様」
シオンは周囲を見渡した、味方の数は、敵はあとどのくらいなのか、城の様子はどうなっているのだろうか。
「ここに到着したのはおよそ20人、他におそらく40人ほどがまだ戦っております 敵は混乱して方々に散っておりますが、おそらくまだ200人は残っているでしょう」
長剣を携えたイーサンが報告した。かしこい子だ、この状況下でありながら冷静に周りの状況を読んでいる。
「城へ行こう スコットを助けて出さなくては、ここに居ては敵に囲まれてしまう」
今、シオンたちが居るのは城の正面広場だ。正確にはその廃墟か。
かつては多くの人でにぎわった場所だが今は燃えた家屋の瓦礫が散乱している。
シオンが毎日祈りを捧げていた名も無き木も燃えてしまっていた。
熊のバーリーもよろよろとシオン達についてきた。
シオンはオイコスに肩を借り、イーサンを先頭に、子供達は一塊になって城を目指す。行く手を阻む者は誰も居なかった。
「止まれ! 魔女よ!」
城壁の上から声が掛かった。
声を見上げた一向が目にしたのは全身がゴーレム病に侵された2メートルほどの巨体、そして両腕を前で縛られたスコットの姿だった。
「ハハハハハ! この通りアールドブラは終わりだ! これ以上の争いは無意味と知れ!」
「ちくしょう…… ここまで来て、なんてこった」
城門を見下ろす城壁上にスコットと他に数人、生け捕りにされた兵士たちがトロフィーのごとく並べられた。
まだ若い兵士であるアーノルドの姿もある。みな血と泥にまみれ、惨めに縛り上げられていた。
教団の者たちは勝ち誇り、最後までスコットとアールドブラを守った兵士たちをなぶりながら城壁に並べた。
みな同じような姿をしている教団の兵士の中でも、一際目立つ異形の大男がスコットを片手で掴み上げ、眼下のシオンたちに向かって叫んでいた。
アーノルドの視界にシオンの顔が見える。あの時、木剣での試合でまるで歯が立たなかった事を思い出した。
あの時の気高く美しい顔が、今は絶望の波際に揺らいでいる。
少年の目から泪が溢れた。どうしてこんなことになったんだろうか。
今や教団の兵士たちは城の中だけではなく外でも、小さな島を波が洗い流すがごとく迫っていた。
自分達もシオンも、囲まれてしまっている。以下に小細工を弄そうとも、数の暴力の前では無力だと思い知らされた。
だがアーノルドの目に写ったものがあった。
炎の煙に揺れる景色の向こうに、いくつもの輝きが見える。
少年の瞳にもまた光が芽生えた。今だ、男になるなら今しかない。
アーノルドは傍らにいた白ローブの足を踏みつけ、その手にしていた包丁を奪い取った。




