第三十節 少年の物語
ある少年の物語を聞かせよう。
彼の名はアキラと言った。ある日、少年は些細な事故で命を落としてしまった。
しかしその魂は何の因果か、元とは違う世界で再び肉の身体を得て形を成したのだ。
新たな肉体には不思議な力が宿っていた。
魔法の力だ。
手を一薙ぎすれば大木を根元から引き抜き、止まれと命じれば海の波さえ止まった。
鳥の様に空を飛ぶことも、ウサギよりも速く走ることも出来た。
一人で千人分の働きが出来たが、まだまだそれだけではない。
少年は恐るべき知識も手にしていた。この世界よりも、はるかに進んだ知識を。
無限の力と知識を持っていたが彼の精神は純真な少年のそのままだった。
そしてその力を何かの役に立てようと思ってしまった。
今思えば彼は傲慢に支配されていたのだろう。
その力でつつましく暮らすことをよしとせず、自分の思い通りに世界を変えようとしたのだ。
少年の現れた島はそれほど大きくはなく、とても貧しいところだった。
険しい森と山の中で、人々は懸命に日々を耐え抜いていた。
少年は小さな村を訪れ、森を切り開き、川に橋と水車を作った。粉挽き用、揚水用、鋸ミル。
初めは怪しげな少年に懐疑的だった村人も、その力を目の当たりにすればひれ伏すしかなかった。
村人が10年はかかるだろう仕事を、少年は一晩のうちにやってのけたのだから。
森は畑となり、川は動力となり、辛い労働から解放され、人も家畜も肥えていった。
奇跡の少年の噂は瞬く間に周囲の村にも伝わり、窮状の嘆願がひっきりなしに訪れた。
畑を荒らす怪物、人を攫う盗賊、人を毒する沼、大勢が命を落とした人食い渓谷。
それらを一つ一つ、少年は解決していった。
村は栄え、人々は歓喜に包まれた。
ある者は少年を「神の使わせた使者だ」と言い、ある者は「新たな島の王」であるとたたえた。
だが島には既に王が居た。
少年の話を聞きつけた島の王は、兵士を差し向けたが彼は兵士を蹴散らしたばかりか、自ら王城へ乗り込んだ。
王と王に従う貴族を傲慢にも暴力で打ち据えて言った。
「貧しい人々を粗末に扱う王と、この僕とどちらが王にふさわしいか?」と。
少年に従った貴族達は少年の庇護の元、島の領有を許され、王は罷免され、追放された。
少年は知らなかったが追放とはすなわち死刑だ。彼らはいずこかで野垂れ死んだ事だろう。
彼の力はますます大きくなっていった。遥か彼方の土地まで空を飛び、その土地の植物をとって島にもたらした。
トマトやジャガイモ、コーヒーに紅茶にタバコ。それからあらゆる香辛料。島はさらに栄えた。
だが新たな王はそれに満足しなかった。魔法の力で新たな技術を生み出して人に与える事にした。
鉄を鍛え、さらに強い鋼鉄を生み、ガラスを意のままに操り、美しい工芸品が出来るようになった。
時を機械で計り、人々はより勤勉に働くようになった。
畑の野菜や果物や、動物たちは魔法でさらに効率のよい形に変えられた。
そうして繁栄を極めた頃、一つの事件が起きる。
豊かな葉に虫が住み着くように、島の外から蛮族が押し寄せた。
そこで少年は人々に武器を与え、戦う術を学ばせた。
それは大きな過ちの、最初の一歩だった。
なんど押し返してもまた現れる敵に、業を煮やした人々は王に嘆願して船を作り、その根拠地を滅ぼした。
それでも飢えた者達は次から次へと現れ、その凶暴さを増していった。
さらに強い武器が、さらに高い城壁が、次々に生み出されていく。こうなるともはや歯止めは利かなかった。
生きるために殺していた者達はやがて殺すために生きる呪われた者へ変わっていった。
いまや島は恐怖の侵略者の群れと化し、周辺の国々を次々に滅ぼしていく。
そこでようやく少年は気が付いた。自分がしてきた事がいかに間違っていたかを。
だが全てはもう遅かった。傲慢な王の下で生まれ育った傲慢な人々は最早、王の言葉すら聞こうとしなくなっていた。
そして少年は心を病み、島を去った。
それから百年以上にわたる長い戦乱の中で、それまで産み出された、あらゆる技術は燃え尽きた。
これが明王と呼ばれた少年の真実だ。




