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第二十八節 炎痕 再起 しばしの別れ

 廊下の突き当たりの部屋は領主の部屋だ。一つの部屋にヘレフォードの家族全員が住んでいる。

 領主といえどアールドブラは貧しく、城は堅牢だが大きくは無い。その暮らしは質素なものだった。

 部屋に踏み入ったシオンはその有様にうめき、口を押さえた。

 戦いの高揚と怒りはいっぺんにしぼんでしまった。


 部屋の中はあらゆる物が焼け焦げ、いまだ炎があちこちで煙を噴出している。

 大きな窓ガラスは突き破られ、煙突のように煙を吸い込んでいた。

 オイコスも後から駆けつけたが、その凄惨なありさまにたじろいだ。


「ひでぇ…… なんでこんな事を」


 生存者は居なかった。ヘレフォードの妻も、まだ10くらいの娘も、生まれて数ヶ月の赤子もみな炎と煙に巻かれて焼け焦げていた。

 シオンは何か形見になるものを探した。娘の頭に載せられた、煤けたティアラ。奥方の指輪。

 そしてヘレフォードの亡骸の傍らにあった、金の装飾のされたウォーピック。

 それらを丁寧に外套に包み、部屋を後にした。


 城内の広場にはスコットの白馬が待っていてくれていた。シオンの顔を見て見知った城の者たちが幾人か声をかけてくる。

 皆、ヘレフォードの安否を気にかけていたがシオンの表情で察し、押し黙った。

 広場は怪我人と死体で溢れている。家を燃やされ、焼け出された人々が水を求めて広場の井戸に殺到していた。


 シオンは道端で横たわる少女に触れると、その少女はそのまま道に倒れてしまった。

 見覚えがある、この娘はいつか風呂屋で香油壷を割ってしまった少女だ。シオンはその場にへたりこんでしまった。

 少女は猛烈な無力感に襲われていた。今まで自分がしてきた全てがたった一日で全て壊れてしまった。

 この半年ほどの間、町や村のため、人々のため、懸命に働いたのは全て灰のようなものだったのか。


 気が付くと少女の前にギュムナが居た。ギュムナだけじゃなく、城の中にシオンが作った孤児院の子供達もだ。


「泣かないでシオン 僕も悲しいけど、前の僕は悲しいってこともわからなかった ……シオンが教えてくれたんだよ」

 ギュムナが冷たい鉄の手で、シオンの頬をなでる。


「立ってシオン」「シオンまけないで!」

 子供たちが声をかける。

「シオン、プリンセスは絶対に諦めたりしないんだよ」

 本を両手に抱きしめた女の子が言った


 ああそうだ、これまで何度だって立ち上がって来たじゃないか。

 今までは本の中の仲間たちが自分を鼓舞する力だった。だが今はそれだけじゃない。

 こうして自分を支えてくれる人たちが居るのだ。


「ありがとう…… 私はもう大丈夫だから」


「さぁシオン、立てよ あいつら、また来るって言ってたぞ なんだか知らないがギュムナを狙ってるみたいだ」


「うん」


 少女は立ち上がった。ギュムナを、彼らを守ってあげなくてはならない。

 こんな事で自分が負けていて、この子供たちに一体なんと言い訳するのだ。


「シオン、町の人たちを助けよう!」

「そうだよ!」「怪我した人が沢山いる」「なんとかしないと!」


 シオンとオイコスは子供達の声に強くうなずき、動き出した。

 動ける者に声をかけ、城内広場に集まるように指示した。逃げ散った家畜の代わりにオイコスが井戸をまわして水をくみ上げた。


「怪我人を城へ! 動けるものは怪我した者を城へ運べ! 大丈夫、みんな助かる! みなを城へ!」


 城に即席の救護所が設置された。

 ありったけの布を地面に敷き、動けない者達をそこに並べていく。

 子供たちが彼らの世話をし、ギュムナが一人づつ怪我を治療していった。

 シオンもオイコスも、ギュムナも親無き子供たちも、休むこと無くひたすらに働き続けた。

 夜半ごろには重傷者はあらかた治療を負えていた。

 人々はギュムナの不思議な力に驚きつつも、奇跡のような出来事に感謝の祈りを捧げた。

 健気に働く子供たちの姿に涙しながら子供らを抱き締める者も居た。

 失って得られるものもあるのだと、その光景を眺めながらシオンは思った。


 深夜にはスコット率いる兵士達が到着した。

 町の有り様とヘレフォード一家の残した物を見て、彼は泣き崩れた。

 ひとつだけ幸いだったのは彼の家族はからくも無事であった事くらいだ。


 そして、長い長い一日が終わった。




「これからどうするべきだろうか、シオン?」

 城の廊下から外を眺めながら、スコットは傍らに佇む少女に話しかけた。


「わかりません…… ですがヘレフォード卿は貴方にアールドブラを託されました 奴等はまた近いうちにここに来ることでしょう まずは守りを固めなければ」


「そうだな 傭兵たちはエボクラムへ行かせた 彼らには、援軍を頼んだ ……そのまま戻ってこなくても良いともな」


「来るでしょうか」


「わからん 町には最早、兵士に報いるだけの金はない それに兵が来るにしても時間がかかる 少しでも時間を稼がねばならない」


「…………」


「シオン」


「はい」


「お前は逃げてもいいのだぞ」


「何を言ってるんです 私も最後まで戦います 子供たちもそのつもりでいます」


「やれやれ、お前を説き伏せるのは無理そうだな だが心残りがあるのではないか?」


 心残り? ……そうだ、思い出した。本の魔女、エデュバが残した地図だ。

 恐らくそこにいけばこの本の秘密がわかるに違いない。それもここで死ねば永遠に謎のままだ。

 地図の示す場所はそう遠くない。

 だが迷っているあいだにもまた戦いが始まるかもしれない。


「行ってきなさいシオン お前が戻るまで、町は私が守り通す」


「しかしスコット卿!」


「貴公は私を侮っているようだなレディー・シオン 私は戦場は初めてではないぞ」


 スコットは手甲を着けたままの手をシオンの肩に置いた。


「はやく行きなさい お前にとってその本は何より大事なものだろう? このまま死んでも、生き残ったとしても、悔いを残す事になるかもしれないぞ」


「お心遣いに感謝申し上げます、アールドブラ伯スコット卿 今ひとたびここを離れますが、必ず戻って参ります」


「ハッハッハ! 小気味良い答えだ それとこれを持っていきなさい」


 スコットはヘレフォードの形見であるウォーピックをシオンに渡した。

 シオンは両手でそれを受け取った。ヘレフォードの魂も共に受け取ったような気持ちがした。


「ギュムナとオイコスもつれていきます すぐに発ちます、お元気でスコット卿」


「もしこれで生き残ったら、もうスコット卿はやめていいぞシオン その時は真の友として接してくれ さぁ行きなさい」

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