第二十七節 炎の清め 憤怒
「……ウォルター?」
ヘレフォードは男の顔を見て後ずさった。それは彼の給仕係のウォルターという男だった。
なんという事だ、彼なら城の内情も熟知している。まさか彼が手引きしたのか?ヘレフォードは思索した。
その隙を付いて次なる敵が斧を振りかざす。薙ぎ払ったウォーピックでそれを制し、左手の盾で顔を打つ。
「お前たち! アールドブラの民であろう!? 何をしているのか判っているのか!? 狂信のために同胞を殺すのがお前たちの正義なのか!?」
「狂信ではない これは救いだ」
廊下の奥から新たなローブの男が現れる。巨体だ。ヘレフォードは男の圧力を感じていた。
他の連中とは明らかに違う。武器は持っていないようだが油断は出来ない。
掛け声と共にヘレフォードは男に襲い掛かる、しかし男はピックを腕ではじき返した。
金属音。裂けた袖から鉄の腕が覗いた。ヘレフォードは怯むことなく再びピックを突き出す。
だがそれも素早く弾かれ、逆に金属の拳が振り回された。
「ぬぅ!」
なんとか盾で直撃は避けた。だがその衝撃はすさまじく、ヘレフォードはたたらを踏んだ。
攻撃を受け止めた左腕が軋んでいる。盾のベルトをはずし、両手で武器を構えなおす。
どうせ次は受け止められない。ならば刺し違えるまで。
「流石はヘレフォード卿だ 度胸がある だがお前もお前の妻子も、皆ここで浄化されるのが定め」
「何が定めだ! タラニス神の名にかけて、アールドブラは貴様らには決して屈さぬ!」
「邪教徒め! 裁きの炎に焼かれるがいい!」
白ローブの男は腕をつきだす。金属の掌に空いた穴から炎が吹き出した。
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シオンは狭い城内を走っていた。あちこちで怪我人や死体が転がっている。
城の兵士たちは死に物狂いで戦ったようだ。一人の兵士の回りには5人の白ローブたちが倒れている。
ヘレフォードが居るはずの階までたどり着いた。そこはまさに死屍累々の惨状だ。何人もの人々が倒れ、あちこちに焼け焦げた後がある。
シオンは肉の焦げる嫌な臭いに顔をしかめつつ、剣を手に慎重に進む。途中、落ちていた盾を掴んだ。
重厚な作りでアールドブラの町の紋章入りだ。誰かがコレで戦ったのだろう。
「ヘレフォード卿!? 誰か居ないの!?」
シオンは声を上げながら死者を跨いで進む。激戦だったようだ。10を数える死者が横たわっている。
「シオン!」「シオンー!」
背後からオイコスとギュムナの声が近付いてきた。二人は結局シオンに着いてきたのだ。
「二人とも気をつけて 敵がいたらすぐ逃げるのよ」
その時、廊下のすぐ先ででうずくまって居た男が咳き込み、かすかに声を上げた。
火を使われたのだろう、男の衣服は黒こげで顔も焼け焦げていた。
だがシオンにはそれだが誰だかすぐにわかった。
「ヘレフォード卿!! ギュムナ!はやくこっちに」
「わかった!」
シオンとギュムナがそこに駆けつける。ヘレフォードは息も絶え絶えにシオンに手を伸ばす。
膝まづいたギュムナが手をかざすと、腕から幾つものチューブ状のものが伸びていきヘレフォードの皮膚の上を這う。
青い光と共に、炎で傷ついた皮膚が徐々に再生していくのがはっきりとわかった。
「すげぇなギュムナ なんでも治せちまうのか」
しかしギュムナは悲しそうな顔でオイコスに振り向いた。少年の赤みを帯びた瞳には涙が溢れている。
「……たぶんヘレフォード卿はもうあまり生きてられないと思う 少し、苦しみを和らげるくらいしか」
「そんな、ヘレフォード! 頑張って!」
ヘレフォードは懸命に呼吸をし、シオンの肩に手を置いた。
「アールド、ブラの、領主は…… スコッ、トに、ゆず……る お前が、証人だ、シ、シオン…… 民を…みち、びけ…」
シオンは泣きじゃくりながら声にならない声でそれに答えた。
廊下の奥でドアが開く。教団の者が三人。一人はかなりの巨体だ。
三人は真っ直ぐにシオンたちへ向かって進んでくる。
「おお…… あれは、あの力は…… あれこそ癒し手だ! あの子供を捉えよ!」
「おい、シオン! や、やべぇぞ!」
「うぅぅAAAAAAGGGGHHHHHHAAAAA!!」
少女は獣の様な怒声を上げて立ち上がり剣を抜いた。よく磨かれた剣身に赤く充血した緑眼が写る。
剣を大きく振りかぶりながら、一飛びに先頭の教団員の元に全力の一撃をたたきつけた。
血飛沫が舞った。
男の首も舞った。
オイコスとギュムナは驚愕してそれを眼で追った。
シオンは一撃で男が構えていた槍もろともに、その首を跳ね飛ばしてしまった。
さらに、奥にいた相手の足元を剣でなぎ払い、前のめりに倒れこもうとした所を左手の盾で思い切り突き上げた。
頭蓋骨がひしゃげる嫌な音を立て、そのまま崩れ落ちて動かなくなった。フードから覗く顔は若い女のものだった。
「貴様か、貴様が本の魔女か なんたる邪悪な力!」
巨漢の男は手に、焼け焦げた血まみれの本を持っていた。それをシオンの足元に放る。
その本は以前、集落で見たものと同じだ。「若きプリンセスの物語」というタイトルも。
シオンは斬りかかった。その瞳は怒り狂うオオカミの様だった。
巨漢の男は腕を翳してそれを受け止めんとする。
だが男の考えは甘かった。強烈な踏み込みの一撃は受け切れるものではなく衝撃で金属の腕がきしんだ。
思いがけぬ少女の膂力に、男は押されてたたらを踏む。
男は呻きながらも前進し、金属の腕を振り回した。シオンは難なくこれをかわし、男の胸元に剣を突き立てる。
固い感触。男は腕だけでなく体も金属化しているようだ。男は怯む様子すら見せない。
金属の体ならば剣など恐ろしくはないと鷹をくくっているのだろう。
そういう時はどうする?西の悪い魔女の尖兵である鋼鉄の蜥蜴を、大熊のバーリーと共にやっつけた時はこうした。
シオンは革手袋ごしに剣の刃を掴み、持ち手の部分で男の顔をうち据えた。
「こはっ!」
肺から息が吹き上がるような声を発し、男がよろめく。ローブの下にあるはずの顔はのっぺりとした鉄のプレートに覆われていた。
その首もとにぶら下げられた狐の飾り。シオンはそれに見覚えがあった。
シオンは後ずさった。手が震え、今にも剣を取り落としそうだ。
「おいどうしたシオン! やっつけちまえよ!」
「お兄ちゃん……? あなた、クレイオスなの!?」
「……? どうしたのシオン」「お前、なに言ってんだ!?」
巨漢の男はうめきつつ、片方の手を広げてシオンに向けた。
我に帰ったシオンがとっさに盾を構えた瞬間、そこから猛烈な炎が吹き上がる。
「魔女よ そして癒し手よ 今度はお前たちを奪いにこよう この町もろともな!」
男は身を翻し、廊下の奥の部屋へと去る。追いかける間もなくガラスの割れる音が響いた。




