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第三節 いつかの記憶と悪夢 母の金の指輪 悪戯なネズミ

 -------------------- 

 少女は夢を見ていた。

 

 賢くて可愛い私のシオン……

 貴女はきっと立派なレディーになれるわ


 それはとても柔らかくて、良い香りがした。

 母の膝の上でうたた寝をしていたあの日の様だ。

 魔女はそっと少女のアッシュブロンドの髪を撫でた。


 

      -いたずらキツネといたずらネズミ-



 いたずらキツネのピーチといたずらネズミのトリックは今日もいたずらくらべをしていました。

「見ていてくださいシオンひめ わたしがだれよりも大きなほうせきを あなたのためにもってきますから」キツネのピーチはいいました。


「いえいえシオンひめ そこのキツネよりもわたしの方が もっと大きなほうせきを あたなのためにもってきますから」ネズミのトリックはいいました。

 キツネとネズミはシオンひめがほうせきなんていらないと、なんどいってもききません ふたりはかべの穴から出ていってしまいました。


 まずはキツネのピーチがおしろからそれは大きおきなほうせきを、たくさんのみこんでもどってきました。


「さぁシオンひめ 今日はぼくのかちでしょう」

 キツネのピーチはとくいそうにかべの穴をとおろうとしますが、ほうせきのたくさん入ったおなかがつかえてとおれません。

「やぁこまったな」キツネのピーチはいいました。

「ほうせきをはきだしたらいいじゃない」シオンひめはいいますが、キツネはあきらめきれずに穴のまわりをウロウロ。

 そこにおしろのおうさまが来てキツネをつかまえてしまいました


 こんどはネズミのトリックのばんです。トリックはそれはそれは大きなほうせきをかかえてもどってきました。


「さぁシオンひめ 今日はぼくのかちでしょう」

 ネズミのトリックはとくいそうにかべの穴をとおろうとしましが、こんどはほうせきが大きすぎてかべの穴をとおりません。

「やぁこまったな」ネズミのトリックはいいました。

「ほうせきをあきらめたらいいじゃない わたしはそんものはほしくない」シオンひめはいいますが、ネズミはあきらめきれずに穴のまわりをウロウロ。


 そこにおしろのおうさまが来てネズミの首を金属の手で掴み上げて握り潰した。そして狐は焼かれた。鼠も焼かれた。亡骸は無残に壁に打ち付けられた。そして城も何もかも、王は焼き払った。鉄の腕を振り回し、真鍮の頭で何もかも破壊した。美しく着飾った優しい王女も火にくべられて死んだ。王は狂っていた。シオン姫は裸足のまま、兄と手を繋いで森の中を駆けた。しかし狂った王はどこまでも追いかけてくる。どこまでもどこまでも追いかけてくる。焼けた杭が突き刺さる何度も何度も背をえぐる、ぐるぐる回る真っ暗森が炎に巻かれて焼け落ちる。狂った王はどこまでも追って追ってくる追ってくる。世界は闇と炎だけしか残っていない。

 --------------------





 シオンは自分の体をゆする、子供の声で目を覚ました。

 気が付けば酒場の隅で横になって眠ってしまっていたらしい。

 額に流れる汗を、痩せこけた犬が舐め回していた。


「大丈夫お姉ちゃん? どこか痛いの?」


「ああ…… うん、大丈夫よ」


 どうやら悪夢を見てうなされていたようだ。

 少女がなるべく快適な寝床を作ろうとしないのは、いつも悪い夢を見るからだ。


 すでに朝になっているようだ、雄鶏が太陽が現れた喜びの雄たけびを上げている。

 木の戸に菱形の穴を開けただけの、簡素な窓からも光が差し込んでいた。

 酒場の様子は酷いものだった。

 そこら中で酔いつぶれた女達があられもない姿で突っ伏し、ビールやトマトのスープでテーブルの上は小さな池ができていた。

 まだ小さな子供の泣き声が聞こえ、犬や女たちの体臭と、スープや酸化した酒の臭いが混然となり酷い悪臭となっていた。

 少量だが、高価なワインやタバコまで持ち出しているあたり、よほどオバケ退治が嬉しかったのだろう。

 あるいは、暗い世の中だからこそ、ハメを外す機会を誰もが望んでいたのかもしれない。

 久しぶりに、いつもよりはマシな睡眠をとり、お腹も満たされた。

 しかしシオンの一番の望みである報酬を得るには、もう一仕事残っていた。



「指輪が無いですって?」


「ほ、本当なんだ! あんたに渡そうと思って箱から出しておいたんだよ、それが無くなっちまってる!」


 酒場の奥にある部屋でシオンと酒場の主人は押し問答をしていた。指輪を盗まれたと主張する男に、当然ながらシオンは疑いの目を向ける。


「信じてくれ、あんたを騙そうなんてしていない!」


「わかったけど、それじゃぁ私の報酬はどうなるの? ここまで来るのに通行税もかかったし、ブーツも縫い直したんだけど」

 男は唸りながら薄い頭を掻きむしって部屋の中を気忙しく歩き回る。


「代わりにウサギとニワトリじゃぁだめか? 酒もある、あんたが食べてもいいし、町で売ったらいい!」


 シオンは男の言葉に眉を吊り上げた。

 正式な許可商人でもない、ただの小娘が町の道端で、どこで手に入れたかもわからない肉や酒を売る?

 それに馬も無く徒歩で荷物を担ぐ必要がある。そもそも大した量は持ち運べない。

 考えただけでも酷いオチがつくのは想像できた。男もそれは理解していたらしい、少女をなだめるように両手を持ち上げてまた言った。


「本当に金が無いんだよ なんなら、この部屋を調べてみてくれ!」


 シオンは男に返答する事なく、まずは指輪が入っていたという木箱を手に取って観察する。確かに箱の中の布には、丁度指輪の形にへこみが出来ていた。


「木箱は開けておいてたの?」


「ああ、その、うっかりしてた あの後、ちゃんと指輪がある事を確認して、それから宴会に行ったんだ…… きっと女たちの誰かだ!」


「まぁまぁ、よく見てみようよ」


 そしてまた少女は()()を再開した。部屋は荒らされてはいない。

 木箱があるのは部屋の一番奥の窓際で、誰かがこれを盗んだとしたら暗い部屋の中で一直線に木箱を目指した事になる。

 ゆっくりとした足取りで床やテーブルをじっくりと見ていると窓の下に何かが落ちているのを見つけた。

 手にするとそれは大き目の山リンゴで、虫食いのような穴が開いていた。


「これはいたずらネズミのトリックの仕業ね」とシオンはつぶやいた。

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