第二十六節 燃える町 ヘレフォードの戦い
町の方向から黒い煙がいくつも昇っているのが見える。炊事や鍛冶の煙ではない。
シオンはあせり、手綱をもつ手に力がこもる。途中、手斧を片手に息を荒げて走る青年とであった。
「待って! 何が起きてるの!?」
青年はシオンの声に一瞬怯えた顔で斧を向けるも、少女の顔を見るとほっと大きく息をついた。
「あんた、あんたシオンだろ? 教団だ、あの、白ローブの奴らが町に火を付けてる! みんなめちゃくちゃだ!」
「そんな!? ヘレフォード卿は?」
「城にも火が…… あちこちで武器を持った奴らが暴れてて、皆逃げるので必死だ」
なんて事だ。危険な連中だとは思っていたが、まさかこんな手段に打って出るとは思っていなかった。
城にはオイコスもギュムナも居る。それにヘレフォードの身に何かあれば、せっかく立ち直りかけた町はどうなるのだ。
「あなた、馬に乗れるわね?」
青年は頷く。
「じゃぁこっちの馬を使って 山の北側の集落にスコット卿が居るから町のことを話して! できるわね?」
「わかった、任せてくれ」
「頼んだわ その斧は私に貸して」
「町に向かうのか? 危険だぞ!」
「みんなを助けないと!」
男から斧を受け取ったシオンは再び馬を走らせた。徐々に、周囲に逃げ惑う人々が増えていく。
「皆、北へ向かって! 山の北側へ! 急いで!」
シオンは叫びながら皆とは逆方向へと手綱を向ける。もう町はすぐそこだ。焼けた煤のにおいがする。
前方で争いあう声が聞こえた。城の兵士と白ローブが組みあっているのが見えた。
少女はその脇へと馬をすすめ、馬上から斧を白ローブの頭めがけて振り下ろした。
鈍い衝撃と共に、相手は崩れるように倒れた。
また一人殺してしまった。これからもっと大勢をこうしなくてはならないのだろうか。
シオンは馬上で兵士に尋ねた。
「貴方は!?」
「あんた、シオンか? 俺はベンフリーだ これはスコット卿の馬か?」
「スコット卿は無事よ、でもこの事を知らない! ベンフリー、皆を山の北へ誘導して!」
「判った! おおい皆! 北だぁ北へ向かえ!」
シオンはこの場を兵士に任せ、火の手のあがる町の中へと入る。
あちこちで悲鳴が聞こえ、いまだ逃げ惑う人々が多く取り残されているのが判る。
まず彼らを助けるべきか、逡巡したがまず城へ向かうコースを取った。残念だが全員をいっぺんには救えない。
少女は北へ向かえと叫びつつ、城へと続く広場を駆け抜けた。
途中、出会った何人かの教団員は馬で跳ね飛ばすか、斧で頭を叩き割った。
城は丘の上だ。シオンは馬に合図すると、狭いスロープを一気に駆け上がらせた。
城門が空けられている、そのまま馬で城中へと飛び込む。
アールドブラの城は城壁こそ巨大な一枚岩を削ったような不思議な見た目だが、内部は普通の城とまったく同じだ。
つまり、門の先は広場があり、その奥に兵士や領主の居住スペースとなる、パレスがある。
そしていくつかの塔と貯蔵庫と礼拝堂を備えている。ギュムナやヘレフォードが居るのは当然、パレスだろう。
シオンは近づいてくる数人の白ローブに向けて斧を投げつけ、剣を引き抜いた。
「クソ! しっかり押さえろ!」
オイコスとギュムナは城内の一室で必死に扉を押さえていた。扉は教団の者たちがこじ開けようとしているらしい、ガンガンと叩く音が聞こえる。
「怖いよぉシオン! 助けてよぉ!」
「なんで俺じゃなくてシオンなんだよ! ギュムナ、シオンの荷物の中のクロスボウ! もってきてくれ!」
オイコスの顔を真横を、扉を貫通した斧の刃がかすめる。
「うわっ! あぶねぇ!!」
オイコスは扉から離れ、ギュムナからクロスボウを受け取り、ボルトを構えた。
その間にも斧が扉を破壊していく。扉の上半分がほぼ壊され、二人の白ローブの姿が見える。
「ちくしょう、来るな!」
クロスボウを扉の方へ向けたオイコスは引き金を引いた。
限界まで伸びた弦が戻り、ボルトが発射される。
白ローブの一人が胸にボルトを受けて倒れもがいた。
「ああ! お、俺そんなつもりじゃ……」
もう一人の白ローブが手に斧を構え、扉から身を乗り出した。
クロスボウは次を射かけるのに時間がかかる。
オイコスとギュムナはそこらにある物を片っ端から白ローブに向けて投げつけた。
鈍い金属音。オイコスの投げつけた鍋が白ローブの頭に当たり、そのまま動かなくなってしまった。
「あー…… お前らが悪いんだからな?」
オイコスは慎重に近寄り、白ローブを剥がす。女だ。
その顔を見たオイコスは口元押さえ、嗚咽を噛み殺した。
「オイコス! ギュムナ! 無事!?」
丁度その時、廊下からシオンの声と慌ただしい足音が聞こえてきた。
「! シオンー!」
すかさずギュムナが返事をする。半壊した扉の向こうにシオンが現れる。
少女は周囲の状況とオイコスの様子に顔をしかめた。
「どうしたのオイコス?」
「その女…… 前に見たことがある あれは、秋の祝祭の時…… どうしてこんな事を」
「そんな…… 思ったより深刻ね 何をしようとしてるにせよ、なんとかしなくちゃ」
「早く逃げようよぉシオン!」
「そうね、敵は思ったより少ないわ オイコス、急いで行って!」
「おまえは?」
「ヘレフォード卿を助けないと!」
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「パパァ!」「あなた! あぁなんて事!」
重厚な扉の隙間から、赤子を抱え、ドレスを纏った婦人と幼い少女が叫んでいた。少女の手には本が握られている。
男は荒く息を吐きながら、つるはしの様な武器 (ウォー・ピックと呼ばれるものだ)を肩に担ぎ、左腕には盾が付けられていた。
彼の体は返り血に濡れている。その足元には何人もの白ローブの教団員たち。
槍を構える教団員は男に気圧され、腰が引けている。
相手は素人だ、およそまともな戦いの訓練は受けていない。見ろ、あのおぼつかない足取りを。
少し喝っすればたじろき、自ら道を開けてしまう。
「うぁあああ!!」
緊張が限界に達し、教団員が大声を上げて突きかかった、その槍の穂先を、ヘレフォードは容易くピックでいなし、手甲を付けた拳で殴りつける。
怯んだ所を胸につるはしの嘴部分を突き入れる。容赦はなかった。
小さく、呟く様に声を吐いて倒れ、顔を覆うローブが剥がれて顔を露にする。
「……ウォルター?」
ヘレフォードは男の顔を見て後ずさった。それは彼の給仕係のウォルターという男だった。




