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第二十五節 悲鳴と悲痛 新たな紙片 町へ

 白ローブの教団員達は抵抗もなくあっさりと縛についた。

 ローブを剥がせば何てことはない、ただの人だ。男も女も、若者も老人もいる。

 ゴーレム病の男もだ。その金属の腕にはへこみがあった。

 男はシオンの顔を見ると忌々しげにらみつけた。


「さて、こいつらをどう処分するのがいいかなシオン? 領主への反逆は普通、つるし首だが」


「彼らは労働こそ救いだと言っていましたから、働かせましょう 罪を償わせるのです」


「ふむ、なるほど文明的だな ではそうしよう」


 だがその時、集落の奥から男の悲鳴が上がった。いや、それは慟哭の声であった。

 うず高い灰の小山の傍で傭兵の中の一人が跪いて泣き叫んでいた。

 その手には歪んだ鍵の様な形の銀の飾りが握られている。

 シオンが近くにいた傭兵の一人の顔を見る。男はその意図に気付き、説明してくれた。


「あれはあいつの娘が付けていた魔よけだよ あの灰の中で、まだ娘が燻ってるんだ」


「そんな……」


 少女は言葉を失った。灰の山は一人や二人分の量ではない。どれほどの死がここで訪れたのだろうか。

 泣き叫ぶ男はやがて声も枯れ果て、そして手に斧を持ち立ち上がった。

 息は荒く、泣きはらした眼は真っ赤に充血し、憤怒に燃えた壮絶な表情をしていた。

 皆次に起きる事を理解していたが、その顔を見た誰もが、彼を止める事はできなかった。

 シオンもスコットも止める事はしなかった。()()以外に彼を慰める方法があるだろうか?


 程なくして、捕縛された教団の者たちの叫び声が上がった。

 叩き付ける音。痛みに苦しむ声。命乞いの声。それは最後の一人が息絶えるまで続いた。




「顔色が悪いぞシオン」

 その夜、数人の見張りを残し、兵士たちは集落と少し離れた場所にテントを張った。

 スコットはテントの中で膝を抱える少女に話しかけていた。


「君は立派だったシオン 君のした事は理に適った正しい事だ 気に病むような事はない」


 シオンは無言で頷く事しかできなかった。

 頭の中で包丁を持った子供たちの顔と、斧で頭を叩き割られた教団の者たちの声がこびりついて離れない。

 初めての戦場を経験し、今更ながらに自分の無力さを思い知らされていた。

 自分はいまだに、あの暗い森の中で泣いてばかり居る無知な少女のままなのだろうと、そんな考えで一杯だった。


「私の馬を貸すから明日、町に戻りなさいシオン ヘレフォードに報告をしてくれ、できるな?」


「……はい、わかりました」


「ところでシオン、君の身の上をあまり聞いていなかったな あの本は、両親が残したものかね?」


「はい、これは魔法の本なのです この本から色々な事を学びました あの水車もその応用です」


「少し見せてくれないか?」


「どうぞ でも私以外には開く事ができないのです」

 スコットは少女から本を受け取り、しげしげと眺めた。試しに開こうとしたがやはり本は開かない。


「なるほど、君が開いたら?」


「エデュバという本の魔女が現れて、本の中に入れるのです 本の中の物語の世界に入って、その中で冒険をしたり色々な事を教えてもらえます 本の中で何日も居ても、それは実際には一瞬の出来事で、まばたきの間に終わってしまうのです」


「ほう、それで君はその歳でそれほどの知恵を見につけたという訳か なるほど、魔法の本だ」


「でも、この間からエデュバが現れなくなってしまったんです…… 私はもう、本の中にいけません」


「ふむ、つまり…… 君にはもう本は必要がないのではないかね?」

 スコットの言葉に、シオンは顔を上げた。もう必要がない?


「これからは君が本を書けばいいシオン そして子供たちを教え導くのだ きっとそれが君の運命だ」


「私が本を……」

 考えたことも無かった。自分が本を書く?

 でもたしかに子供達に字を教え、そして本を読めるようになれば。

 正しい知識を手にできるのならば、不幸な生き方しか選べない子供を、少しでも減らすことができるかもしれない。


「まぁ、今日はそろそろ休みなさい」




 その夜、少女は眠れぬまま夜明けを迎えた。

 そしてふと見た本に何か挟まっているのを見つけ、それをページの間から引っ張り出した。


「これは……?」

 その紙にはこう書いてあった。「最初に出会った森へおいでなさい シオン」


 少女は心臓をえぐられたように感じた。間違いない、魔女のエデュバだ。

 今までは本のなかでしか姿を現さなかった彼女からの、直筆と思われる手紙に少女は驚きを隠せなかった。

 彼女は本当は、どこかに存在しているのではないかという考えは何度も過った。

 それが事実となったのだ。少女は大きな期待と、同時に恐れも感じていた。


 彼女に会いたい。でもそうしたら何か、取り返しのつかないことが起きるかもしれない。

 少なくとも大きな変化が起きるのは確実だ。


 手紙の示す森はすぐ近くだ。いますぐ駆け出したかったが、スコットからの仕事が先だ。

 彼をがっかりさせたくないし、自分が始めた事だ。まずは町へ向かわなくては。




 シオンはスコットの白馬の背に乗り、明るみだした南の空を眺めた。向こうが町の方向だ。

 よく手入れされた馬の鬣をなで、やさしく声をかける。平民が貴族から馬を預かるのは大変な名誉だ、大事にしなければ。


「勇ましい姿だな、まるでエポナ神のようだ」

 見送るスコットに頭を下げ、馬を歩き出させた。

 背後の集落では打ち殺された死体が、まるで丸太でも扱うかの様に無造作に、穴の中へと放り投げられていた。


 少女は馬に乗りながら、昨夜のスコットの言葉を検討していた。

 自分の今までの経験や知りえた知識を誰かに伝えようというのなら、やはり本が一番であろう。

 ギュムナや、新たに開かれた孤児院の子供達には色々な事を直接教えているが、限界がある。

 より多くの人たちが、より幸せな生活を送るために自分が何を成せるのだろうか。


 そんな事を考えながら馬に揺られていると、前方に鞍を着けた馬が立ち尽くしているのが見える。

 その背にはあるべき主を乗せていない。いぶかしみながら少女が近寄ると、その足元に雪に埋もれかけた人の姿がみえる。

 少女は慌てて馬を降り、蹲る人物を起こした。


「どうしたの? 何があったの!?」


「ま、町が…… 襲われ……」


 男は口と鼻から血を流している。見れば、腹からは臓物がこぼれ落ちていた。

 これはもう助からないと少女は感じた。

 少女は男の頭を抱きしめ、ナイフを取り出して、また顔をみた。

 男は小さく頷き、眼を閉じた。


 自ら楽にさせてやった男の身体を、丁寧にまた雪の中へ横たえ、町の方を見る。一体何が……?

 不安と焦燥に駆られた少女は再び騎乗し、男が乗っていた馬も連れて速足で町へと向かった。

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