第二十四節 白髪の騎士 集落の争い 彼らに必要だったもの
「まるで騎士様だなシオン」
「気をつけてね、怪我したら僕が治してあげるから……」
少女はいつもの革鎧の上に、鎖を編んで作られた単衣、ホーバークを着込み、さらに頭にも同様の鎖の被り物をまとっている。
これら高価な鎧はヘレフォードから初陣祝いに贈られたものだ。
シオンはスコットに同行し、山の北の集落の調査を傭兵と供に行い、その間オイコスとギュムナは町で留守番という事になった。
洗いたての服と鎧を纏った少女は粗野な輝きをもった強い瞳が強調され、独特の凛とした美しさを放っていた。
「ねぇオイコス、ギュムナ 聞いてほしいの、今ここで」
「なんだよ、告白か?」
「そう告白 ……私、人を殺した 前に、集落に行ったときに教団の男を…… そいつは凄く酷い事をしていたの」
少女はうなだれ、二人とは目を合わせる事ができなかった。
「そしてまた、多分戦う事になる…… 私は……」
「だったらなんだよ 仕方なかったんだろ?」
少女は上目遣いに、すがるような顔でオイコスを見上げた。
「なんて顔だよ、お前いじめられた子犬みたいだぞ」
「大丈夫だよシオン シオンは間違った事はしないって僕が知ってる」
「お前慰めるの上手いな」
「二人ともありがとう…… 大丈夫、私は無茶はしないから」
「全然信じられない」
「シオンのそれは信じられない」
「ギュムナまで!? そんなに!? そんなに私やばい!?」
町の北側に傭兵を含む、30人ほどの戦士が集っていた。
さらに食料と水を積めた馬車が数台、女達の姿も幾らかある。
集落まではほんの1日かそこらの距離だから、ちょっとした遠足の様なものである。
城勤めの兵士達は皆、揃いの装備を着けていたが、傭兵達の装備は基本的に自前だ。
オーク材の盾を持つもの、大斧をもつ力自慢、魚用の槍を持つものと様々だ。
軍隊と呼ぶにはお粗末だが集落の制圧くらいはどうとでもなるであろう。
出陣、と言うにはなんとも牧歌的だ。五分も歩けば誰かが歌い出し、それに皆が合いの手をいれる。
-♪私の望みを聞いてください 私に少しの御慈悲をいただけるなら 若い旦那さん、きっとあなたを楽しませるわ! ようこそ私の家へ、この世はこんなにも喜びに満ちている 若い旦那さん、きっとあなたを楽しませるわ!
「ハー! 服を捲れ!」
下品な囃し歌にシオンだけは合いの手を拒んだ。それどころかこいつ等を全員、今すぐオオカミに食わせたいと思った。
一行は夕暮れに目的地の集落を見渡せる、山の中腹に陣を張る事にした。
今度は雪崩の心配のない地点を選んだ。
日の出ているうちに火を使って食事をとり、夜は天幕を何重にも貼ってその中で火を炊く。
これなら遠目にも気づかれまい。その日は何事もなく休息を取ることができた。
翌朝早く、スコットを中心にした調査隊は集落付近へ迫った。
そこに槍を手にした白ローブ達が数人、慌てた様子で立ちふさがった。
「止まれ! ここは我らの神聖なる儀式の地! 何人も神の地を侵せば神罰の下ろうぞ!」
白ローブの前に、鎖帷子を着込んだスコットが進み出て馬上から応答する。
「私には神罰の前に、我が地の法でお前達を裁く権利があるぞ 税も納めず、勝手に集落を作るのは違法だ」
「これは集落ではない! 儀式のための集まりだ! 神聖な儀式に法の手は及ばない!」
「おい、くだらん言葉遊びで私を怒らさん方がいいぞ 私はスコット・ゴドフリー、この地を治めるヘレフォード卿の使いだ 道を開けろ!」
気圧された白ローブ達は後退り、道を明け渡した。そしてスコットに続く兵士達に武器を奪われ、拘束されてしまった。
一行は集落の中へと入った。シオンが見たときと同じく、粗末な住居の中は虫が這い回る凄惨な檻だった。
その様子に兵士達は顔をしかめた。さらにあちこちから肉の焦げる様な嫌な臭いもする。
「酷い有様だ ここに子供らがいたのか?」
スコットが馬上からシオンに話しかける。
「はい…… ここに獣のようにつながれていました」
しかし子供達は見当たらない。どこかへ移動されてしまったのか、それとも……
「お前らなんのつもりだ! スコット卿! こちらへおいでください!」
集落の中央付近で兵士たちが叫んでいる。スコットとシオンは急いでそちらへ向かった。
そこに居たのは槍を構えた20人ほどの教団員、そしてさらにその倍ほど数のボロを纏った子供たちだった。
子供らは皆やつれ、死んだ眼をしていた。そしてその手には包丁や斧が握らされている。
これにはさしもの城付きの兵士や傭兵たちも困惑を隠せなかった。
「子供たちを盾に使う気なの!?」
シオンが怒りの声を上げる。
「これが我々の覚悟だ! 子供は無垢で純粋な存在だ! 邪悪な貴様らを裁くのにふさわしい!」
「ふざけるな! お前たちは子供を家畜と同じに扱うのか!」
「我らは救いを与えている! この子供らは皆親に捨てられた哀れな子だ! 彼らに必要なものは与えている!」
「ウソを付けぇ! うちの娘はお前らに攫われたぞ!」
傭兵たちから罵倒の声が飛ぶ。だが教団の者たちは一切取り合う気はないようだった。
シオンが一歩進み、教団の男を指差して叫んだ。
「その子達に一番必要なのは愛情と教育だ! それを得ているように見えない! みな死んだ眼をしているではないか!」
「この呪われた地を見よ! 大人たちは少なく、飢えた子供ばかりだ! その全員にどう愛と教育をささげる!?」
「できる! これがそれを可能にする! お前たちが捨てろと言ったものだ!」
シオンは外套から本を出して掲げた。
「だまれ! これ以上進むのならば、血の海を越える事になるぞ!」
シオンは教団の男の挑発に血を昇らせ、抜刀した。傭兵や兵士たちも同じだ、みな怒りに打ち震えている。
スコットが馬を下りてシオンの隣まで歩いて並んだ。
「いた仕方あるまいな…… 子供らを下がらせるならば命はとらんぞ! 応じぬのであれば全員、生きたまま犬のえさにしてやる!」
「邪悪な悪魔どもを殺せ!!」
号令の元、雄たけびを上げて子供たちが走り出した。シオンは剣を抜いた。
-子供に剣を向けるのか? この子たちにはなんの罪もない。ただ、彼らには与えられなかっただけなのだ。
心からの愛を 善悪を見抜く教えを 生き抜くための知恵を
シオンは動けなかった。薄汚れた包丁を持って飛び込んでくる少女を前に、何もできなかった。
鈍い刃が腹にぶつかり、痛みを覚える。頑丈な鎖と革は非力な少女の刃をやすやすとはじいた。
少女は狂ったように叫びながら再び突きかかる。だがその手にした刃物は真横からの剣の一撃ではじかれた。
スコットの剣だ。彼はそのまま少女を蹴り飛ばした。
「何をしているシオン これはお前が始めた戦いだろう!」
彼の言う通りだ。こうなる事は予測して当然のはずだ。シオンは次に襲いかかってきた少年のこん棒をかわし、隙をついて腕を抱え込む。
そして猛獣のように藻掻き叫ぶ少年の頭を開いた手で抱き寄せた。
「もういい、もういいの! 貴方はこんな事をしなくていい! もう傷付かなくていい!」
暴れていた少年は手の力を弱め、唇を震わせ、やがて声を上げて泣きだした。
他の子供たちも兵士達の手で次々と捉えられていった。
「く、くそっ! 近寄るな獣ども!」
教団員の一人が子供の一人を捕まえ、剣を突き付ける。残る白ローブ達は10数人、それを30人余りの怒れる兵達が取り囲んだ。
傭兵の一人が放ったクロスボウが男の肩口を貫き、剣を取り落とす。捕まっていた子供は走り、教団の手から逃れた。
「武器を捨てよ!」
スコットの命じに白ローブ達は武器を捨て手を上げた。子供たちには刃を向けても、自分らは神に殉ずる気はないようだ。
ほとんどの教団員達はつかまり、縄で縛られた。だがそのうちの一人が駆け出し、集落の外へと向かっていった。
兵士の一人が弓矢を構えるが、シオンが割って入り、代わりに長細いボロ布に石を挟み込み、手で回して勢いをつけて逃亡者に向けて投げつけた。
この即席のスリングによって加速された石は見事、白ローブの背中に命中し、膝を崩した。これで全員が捕まったのだった。




