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少女の一日 とくに何もない日の事

 少女の朝は日の出と共に始まる。

 同じ部屋で眠る少年を起こさないように、静かに着替えて部屋を出る。

 朝焼けの町はまだ静かで、西の空はまだ夜だ。

 桶に溜めておいた汲み置きの水で顔と頭を洗い、広場に生える名も知らぬ木に向かって祈りを捧げる。

 とくに誰にむけて何を祈るわけでもないが、マスターフォックスの教えの通り、これは大事な一日の始まりのプロトコルなのだ。


 城の中庭に積まれた薪を肩に担ぎ、まずは厨房へ。

 火を起こして暖炉に息を吹き込み、煤まみれの巨大な鍋を洗って吊るす。

 そうしてる間に城の調理係りのランドルが眠たそうに顔を出す。

 さて、今日のメニューは大麦パンと付け合わせのシチューと鳥の串焼きだ。

 今日の分の鳥は3羽しかいないので、串焼きを食べれるのはヘレフォード、スコットとその家族、他に数人だけだ。

 しかしシチューは他の者たちと同じものを食べる。だからたっぷりと作ってやらなくてはならない。

 なんせ食べるのは兵士たちばかりではなく、育ち盛りの子供たちもいるからだ。


 シオンの願いが通り、城の一角にみなしごや、貧しすぎて子供を育てられないという者のための養護施設が作られた。

 大体の費用は寄付で賄われたが、足りない分はシオンや子供たちが地道に働いてなんとかしていた。

 施設を立ち上げで数週間、路上で死んだようにうつむいてばかりいた子供たちも、食べ物と仕事と、なによりも沢山の仲間と集団生活が送れるという環境に、笑顔を取り戻しつつあったのだった。


 そんな彼等の事を想えば、早朝からの作業もまるで苦にはならない。

 森での孤独な暮らしに比べれば、ここでの生活は驚くほど快適だ。少し退屈だが。


 袋いっぱいのリーキとキャベツ、インゲン豆とトマトを大鍋で煮込み、昨日取ってきたウサギ肉を入れる。

 うまそうなシチューの匂いが城中に流れ出した頃、嗅ぎ付けた子ネズミ軍団が、厨房にそのまま繋がったホールに降りてくる。


「おはよう!」「おはようシオン!」「美味しそうな匂い」


 食事の時間はいつも大騒ぎだ。食べ物を奪い合ったり、泣き出す子が居たり。

 その度にシオンは困った顔をして騒ぎをなだめなくてはならない。

 ゆっくり座って食べてる場合ではない。立ちながらスープを飲み、歩きながらパンをかじる。

 だがそれも最初の頃に比べたらだいぶ良くなって来た。日々の中でゆっくりだが着実に皆学びつつあるのだった。


 食事の後は再び労働だ。冬の間は当然農作業は出来ない。山や森に行くのも危険だ。

 そこで人々はこの時期に服を織る。上等な羊毛を使った織物は人気で高く売れる。

 だからどこの家でも機織道具は必ずと言ってよいほどある。

 城の空いている大部屋を使って、暇な町の女達の指導の元、子供達が仕事にあたる。

 羊毛の選別、洗い方から全てを子供達が分担してこなすのだ。


 ほかにもちょっとした大工仕事や鍛冶の真似事、時には狩りを教える事もあった。

 こうして子供達を一人一人自律させて行くのが目的だ。

 だがそれには果てしなく時間がかかる。当面の問題は持続と収益だ。

 頭のいたい問題だったが、いまに良いアイディアが出るだろうと少女は楽観的だった。


 午前の仕事を終えた頃には、軽めの昼食の支度だ。

 沢山の食料品を担いで厨房に入るシオンに、ランドルはいつもこう言うのだ。


「俺にもあんたみたいに働き者の嫁が居たらなと思うよ さっさと結婚したらどうだ?」


 そして決まってこう返す。

「忙しいから後にして!」



 めまぐるしく働くシオンに、頭に銀のティアラを付けた少女が声をかける。

 実に人気者だ。


「シオン姫! 父上がお呼びよ!」


「あらロッティお嬢様 レディが走り回っていたらはしたないわよ」


「シオン姫だって走り回ってる!」


「私はいいの 忙しいんだから それで、ヘレフォード卿はなんて?」


「いつものやつ」




 午後の鐘が町に響き渡る頃、馬に乗ったヘレフォードが、洗濯物を抱えたシオンに声をかける。

「よく働くなシオン 気晴らしに散歩に行かないか?」




「いいみんな? 私が戻るまでにちゃーんと洗濯を終わらせるのよ、わかった?」


 元気だけは有り余っている子供達の返事を背中で聞きながら、シオンはヘレフォードの供をする。

 ()()()の一件以来、彼女はますますヘレフォードのお気に入りだ。



「囲いの柵が壊れてる、春までに治さないと…… ああ、あそこの井戸の揚水車も……」

 シオンは本を手にメモを取りながら歩く。領主の言う散歩とは単に暇をもてあましての行為ではなく、立派な公務だ。


「お前のおかげで私の仕事が半分になったな 私の娘にもまたラテン語を教えてやってくれないか? なぜかお前にはよくなついている」


「はい、光栄ですヘレフォード卿 お嬢様はなぜか私を姫と呼ぶんですよ 背中がくすぐったいからやめて欲しいんですけど……」


「はっはっはっ! レディーどころかプリンセスか 良いじゃないか、私や妻よりもお前を尊敬しているようだな!」

 ヘレフォードは本当に愉快そうに笑った。


 町の周囲をぐるりと回る間に、日は西の空へと傾き始めた。夜の訪れが近い。

 ヘレフォードと供に町に戻ったシオンは途中の市場で上等なタラと鳥の卵を買った。

 夕暮れ前の市場は一番にぎわう時間だ。

 あちこちで鍛冶屋の御用聞きの叫ぶ声が聞こえ、ワインやビールの試飲を進める女達が歩いている。


「今日は()()()()()()()()()()()なんです だからタラのオムレツを」


「ほぉ なんだ、先に言ってくれれば私からも何か出したのに」


「いえ、部屋を貸していただいるだけでも十分過ぎます なるべく自分たちの事は自分たちで出来るようにしていかないと……」


「そういうのなら仕方ないな ではなシオン、また後で」


 シオンとヘレフォードは城門のすぐ中の広場で別れた。

 ヘレフォードは馬係りに馬を預けて塔へ、シオンは再び厨房へ…… おっとその前に子供達の様子を見にいかなくては。


「それで…… どうして洗濯物が増えてるの!?」


「ラットンのヤツがあたしの洗濯物に砂をかけてくるからよ!」「ちげーよ!先にぶってきたのはあいつが!」


「要するに、みんなで洗濯サボって遊んでたんでしょ!! やり直し! 終わるまでご飯はなし! あーあーせっかくおいしいタラを買ってきたのになー!」


「うわー! すぐに洗濯しますから!」


 少し目を離すといつもこうだ。


「見てみてシオンー 織物できたよー」

 今度はギュムナが声をかけてきた。手にはふんわりとした毛織の生地が丁寧にたたんであった。

 

「すごいじゃないギュムナ! 一等賞!」


「えへへー」

 シオンは生地を手に取り広げてみた。ふんわりとした手触りで、長さは数メートル、丁度シャツ一枚分といったところか。

 ギュムナの金属の指は疲れ知らずで、町の女たちも舌を巻く速度で繊細な作業をこなしたが、それでも毎日一日中糸を紡いでも、立派な布になるのに長い時間が掛かる。

 それゆえ織物はとても高価なものなのだ。これを商人に渡せばそれなりの金になる。


「皆も見なさい! 服や布を織るのってとても大変なのよ だから洗濯も丁寧に! わかったわね!」


 ----


 夕暮れ頃、やっとシオンは椅子に付くことが出来た。皆で並んでテーブルを囲み、簡単な祈りの言葉を捧げる。

 今日は、今月生まれの子供らのための合同誕生会だ。いつもより少しばかり贅沢な夕食でそれを祝う。

 食事はやっぱり奪い合いになったが最早慣れたものだ。



 石作りの城の中はとても寒い。でも森の中よりは百倍マシだ。

 仕事は忙しく、子供たち手がかかる。

 町には次々と窮状事が入ってくる。

 まだまだ多くの人が餓え、辛い日々をおくり、例の教団は不穏な動きを見せている。


 でも少年の幸せそうな寝顔を見ればそんな懸念は吹き飛んでしまう。

 さあ今日は眠ろう。少女は服を壁にかけ、布団の中で丸くなって寝た。

 そういえば、いつのまにか寝るのが怖くなくなっていた。

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