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第二十三節 夜の酒場 溺れる少年

 酒場は予想以上に賑やかだった。

 スコットはあえて、いかにも治安の悪そうな地域の、安い酒場を選んだ。


 飲んだくれや、オフシーズンで暇な漁師達が集う所だ、金に困ったものなら()()()と思ったのだ。

 さほど広くない空間が、すべてが凍てつく冬の鬱憤を、晴らそうとする人々で一杯だ。

 ほとんど裸で踊り回る男女、それを笛とバイオリンで囃し立てる女達。

 ソーセージを取り合う少年。テーブルの上で大声で歌う老人。

 そんな喧騒の中で笑いながら追いかけっこに興じる子供達もいる。

 しかし皆、服も顔も薄汚れ、歯が生え揃ってすらいなかった。


 -♪ 彼女は綺麗 彼女は可愛い 彼女は美人なエボクラムの女! 皆が恋するあの娘はだあれ?♪ 



「楽しそうだな さて、シオン彼らを焚き付けるにはどうするのがよいと思う?」


「んー…… そうね大声をだして挑発するとか? やぁこの飲んだくれの野郎共! この私と勝負しろ!」


「だめだだめだ、本の読みすぎだなシオン 見なさい、彼らは楽しんでるだけだ」


「確かにそうね」


「旅の話でもしてやりなさい 受けがいい」


「わかりました!」


 適当に空いてる席を探す。当然だが案内役なんてものは居ない。

 吐瀉物の入ったバケツや、食べかすに、酔いつぶれた人などを避けながら歩かねばならなかった。

 はしゃぎまわる子供は何度も目の前を横切り、10才ほどの小さな女の子がシオンにぶつかった。


「おっと、大丈夫? 怪我はない?」


「……白い髪に緑の瞳 あなたはプリンセス? ゴーレム病の男の子はどうしたの?」


「え、私を知ってるの? どうして!?」


 しかし少女はシオンの質問に答えぬまま、また走りだしてしまった。

 いったいどういう事なのか、疑問はしかし酒場の喧騒にかき消された。


 その夜は結局、さほど成果はなかった。

 酒場の男たちはただの酔っ払いで、傭兵業に興味のあるものは居なかった。

 しかしいくつかの情報は得られた。

 シオンの話は酒場の人々を魅了した。

 オオカミ狩りや大豚退治、雪崩に巻き込まれ、鹿のハラワタの中で一晩を過ごした事、また少女がいかなる叡智を持ってアールドブラを救ったのかを、スコットは得意のバリトンボイスで大げさに話して聞かせた。


 話の中に教団が出てくると、眉をひそめる者も居た。

 教団を肯定する者と否定する者とでちょっとしたいさかいが起こる始末だ。

 いずれにせよ、この街でも彼らの影響は大きくなりつつある事がわかった。

 そしてもう一つ。


「ねぇ最近、本を持った子供を見なかった?」


「ああ、見たぜ 孤児院のガキが持ってた、字なんか読めもしないのにな」


「あたしも知ってる ほら、裏通りでゴーレム病の子がさぁ…… 誰か配ってんのかね」


 シオンは考え込んだ。あの時見た、燃やされた沢山の本はやはり誰かが子供たちに配っているのだ。

 その誰かを知るのは、あるいはその本人は、本の魔女エデュバに違いない。

 今度彼女にその真意を問わねばならないと少女は思った。




 そして翌日、再びスコットとシオンは傭兵を募るために街へ出た。今度は広場で人を集める算段だ。

 エボクラムは街中に幾つかの運河が通り、沢山の橋がかけられている。

 船の往来を邪魔しないよう、橋は大きく弧を描いた石つくりの頑丈なものだ。

 欄干などはなく、子供らが橋のたもとに腰掛け、釣りをしたり、時折通る船に悪戯をしたりするのだ。


 シオンとスコットがその橋を渡ろうとした時、事件は起きた。

 二人と反対方向から来た三人組の男が二人に声をかけてきたのだ。


「よぉお二人さん あんたら教団の話をしてたな あいつらの事、何を知ってるんだ」


「正直に言えよ!」


 剣呑な態度だ。守るように前に出ようとするシオンを、スコットが手で制する。


「一体何があったんだね? 教団がなにか?」

 慎重な対応だ。彼らが()()()()()()探らねばならない。

 どちらにしても揉め事を起こすのは得策ではないからだ。


「俺の娘が拐われたんだ! まだ10の娘だぞ!」

「奴等が連れ去ったに違いないんだ!」


 シオンとスコットは顔を見合わせた。


「待ってくれ、誤解をしてるようだが私たちは教団とは関係ない むしろ君達の助けになれる」


「そうよ、もしかしたら貴方の娘さんのこと、わかるかもしれない」

 シオンは合いの手を打ったつもりだったが頭に血の登った男達には却って逆効果となってしまった。


「やっぱりなにか知ってやがるな! 言え! 今すぐ喋れ!」

「子供を返せ人さらい!」


「まて、落ち着け 落ち着きなさい!」

 まるで蜂の巣に石を投げつけたような有り様だ。

 怒りに我を忘れた男達は一種のヒステリー状態にあった。

 威嚇するようにわめき散らし、とにかく自分の言うことを聞かせようとそれだけしか頭にないのだ。


 橋の上で二人に詰め寄り、文字通りの押し問答の最中、男の一人が脇を通り抜けようとした幼い少年とぶつかった。

 少年は悲鳴をあげる間もなく、そのまま橋から身を投げ出され、数メートル下の川の中へと落ちてしまった。

 近くにいた全員が、水音を聞いて川の中を覗きこむ。

 生活排水の流れ込む川の水はかなり濁っており、透明度はゼロに等しい。

 騒いでいた男達も状況を理解して狼狽した。


「シオン、何をする!?」

 さらにもう一つ、水音が起きる。シャツ一枚になった少女が、少年を追って川に飛び込んだのだ。


「子供が落ちたぞ! 船に声をかけろ!」

「いま誰か飛び降りたわ!」

「誰かロープを!」


 人々が口々に叫ぶ。川の水面は気泡が上がるばかりで何も見えない。

 ほんの数十秒が何分にも感じられるような緊張をその場の誰もが味わっていた。

 やがて少年を抱えたシオンが水面から顔を出した。少年は大きく息をつき、泣き声をあげた。

 無事だ。あたりから歓声が響いた。


「やった! 助かったぞ!」


「はやく誰か引き上げてやれ!


 先ほど喚いていた男達は互いに顔を見合わせた。

「くそ! 先を越されちまったぞ!」

「おれはエボクラムの男だ、いくぞ!」


 そう言って一人が飛び込むと、残りの二人も我先にと川へと飛び込み、シオンと少年の元に泳いでいく。

 騒ぎを聞きつけ、辺りには大勢人が集まり、その姿に歓声と喝采を捧げた。


「おーい! 川遊びにはまだ早いわよ!」


 シオンと、泣きじゃくる少年は三人の男に抱えられるように運河から陸へと戻った。

 それを()()達が出迎える。


「よくやったわねお嬢さん! えらいわよ!」

「まったく、海の男が聞いてあきれるわね、女の子に子供を助けられるなんて!」


「はぁ、あんたらに助けられちまった もう少しで子供を溺れされる所だ」


 冬の川は凍てつく冷たさだ。

 気の利く見物人の差し出した毛布にくるまり、震えながら男が口を開く。


「すまなかった その、何か返せる事があるならなんでも言ってくれ」


 シオンとスコットは顔を見合わせて笑った。


「私から提案がある 君達にとっても、意義のある提案になるぞ」


 そうしてシオンとスコットは三人の()()を迎えた。

 教団が居る集落の調査と、場合によっては解放のための()()()()対応が有るかもしれないことを説明した時は懐疑的な顔をしていた。

 だが、シオンがもしかしたら拐われた子供が居るかもしれない事を告げると、すぐに首を縦にふった。

 それからは、話は上手く進んだ。人伝にシオンとスコットの話は広がり、新たな参加者達が集まった。

 結局、20人の男が集まりスコットは彼らに金を渡して身支度をさせた。

 途中、()()()の人間と小競り合いもあったが上手く切り抜け、一行はアールドブラへと帰還するのだった。



 エボクラムでの最後の夜、シオンは本を開いた。

 そういえばここ暫くエデュバに会っていない、きっと心配している事だろう。

 色々な事があった。ゆっくり話して聞かせてあげよう。


 周囲の景色が黒く塗り代わり、虚無が訪れた。

 空も地面も全てが黒く、距離感の無い世界。その暗闇の中に一つだけある、魔女の椅子。

 だがそこにエデュバの姿は無い。少女の呼び掛けにも応えは無かった。

 こんな事は初めてだった。


「エデュバ! どうしたのエデュバ!? 何故出てこないの!?」


 しかし少女の声は黒の中に解けるだけだった。

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