第二十二節 エボクラムの喧騒
町に活気が戻った。エボクラムの街との安全な交易路の開通は人々に笑顔も運んだ。
ヘレフォードは約束の通り、蓄えた富を開放し、海に近いエボクラムから沢山の食料や燃料などを集めて、市井の人々へ奉仕した。
商人たちもこれを大いに活用し、冬とは思えぬほどに市場には人と物とが流通したのだった。
しかし不穏な話もいくつかあった。例の白フードの教団がさらに信徒を増やしているという。
彼らはアールドブラやエボクラムだけではなく、南のロンディニウムや北のスターリングと言った大きな都市にも現れ、さらには海を挟んだ南方の大国、ガリアでもその活動が活発になっているのだという 。
もう一つはゴーレム病だ。以前よりも発病者がかなり増えているのだ。
シオンとオイコスは領主や祭祀にかけあい、患者たちや孤児達のための、いわば養護施設を作るために奔走したが実情は厳しいものであった。
市民や商人たちからの寄付を募り、それを元に新たに炭焼き小屋を復興させるつもりでいたが、今は冬だ。
冬の間は農村の者たちは一切収入が無いし、商人にしても冬場の財布事情は厳しい。
そんな中で寄付をしようと考える者は多くはなかったのだ。
「はぁ」
シオンは領主の城の一室に設けられた客部屋のベッドに腰掛けた。
いまや町の功労者である三人は、客人として城でもてなされていたのだ。
「判ってたけど、中々上手くいないわね」
「仕方ないさ、皆貧乏なんだぞ 俺だって今は無職だ」
とオイコスがこぼす。
そう、苦境は脱したものの、状況の根本解決はなされていなかった。
広大な農地の半分近くには今だ水の供給の目処が付いておらず、新たに井戸を掘るにも厳しい状況だ。
ヘレフォードが山の北側に送った兵士の報告では、シオンの報告通りに山の北側に新たな川が流れており、農地に適した環境である事が伝えられた。
これは一筋の希望であったが、畑の開墾というのは一種の賭けであり、一朝一夕には行かないものだ。
もう一つ、例の教団の集落も発見された。
兵士の報告では集落は数十の住居が確認されたとの事で、シオンが見たときよりもかなり増えている様子だ。
そして、近寄ると直ぐに教団の者達が現れたため、危険を感じた兵士はそのまま戻ったという話だ。
「そういえば最近、町であいつら見ないわね 教団のやつら」
「そういやそうだな…… 明日は市場で聞き込みでもしてみるか?」
「うん、そうしよう」
「ねぇーシオン それより字の続き教えてよ」
ギュムナは以前よりかなり子供らしさを取り戻していた。
今では町の子供たちとも遊べるようになり、最近はシオンから字の読み書きを教わるのを楽しみとしていた。
「ギュムナは偉いわねー ご飯食べてるばかりのおっさんとは違うわねー」
「おい誰がおっさんだおい! うるせー! 字なんかなー! わかんなくていいんだよ!」
「でもシオンが字をわからなかったら、僕らネズミの王様に食べられてたよ」
「そうそう、その通りよー 偉いわねーギュムナー ……なんか私、エデュバに似てきたわ」
「エデュバって例の本の魔女のヤツ? そういうヤツなのか…」
さらに一月が過ぎた。
冬の最も厳しい時期は去り、春の訪れが近づいていた。
シオンの地道な活動が実り、城の使っていないスペースを利用して、一時的な養護施設が設置された。
ここは病のために捨てられてしまった孤児や身寄りの無い者達のための場所だ。
彼らには、とりあえずの衣食住が確保され、ゆくゆくは仕事をするための教育を施し、自立できるようにしていく。
費用はシオンが集めた寄付で賄われた。
彼らの身の回りの世話などは町の女達がボランティア (冬の間は多くの人が暇だ)をかって出てくれた。
そしてある日の事だった。シオンはスコットに呼び出され、こう告げられた。
「私と一緒にエボクラムまで来て欲しい」
「エボクラムへですか?」
エボクラムの町はこのアルビオン島の中部、東海岸に位置し、この地域で最も大きな街だ。
アールドブラのゆうに10倍以上の人口がある。
やはりそこも、かつて明王の手により拓かれ、栄えたと言い伝えられている。
冷たい海に面した街は船乗りや漁師が多く暮らしているのだった。
「そうだ、二人でだ 例の集落を調査するに当たって、少し男を雇いたい」
「つまり、傭兵を雇うんですね どうして私と?」
「君を気に入ってるんだシオン こういう事も経験しておいたほうがいい」
「畏まりましたスコット卿 お供させていただきます」
「ハハハハ! お前と居ると、王様になった気分だな」
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供の兵士も着けず、シオンとスコットは二人だけでエボクラムの街へと向かった。
馬はスコットから借り受けたものを使った。
「エボクラムは初めてかシオン?」
スコットに連れられ、馬に乗るシオンは街の光景に圧倒されている様子だった。
街の中に運河が流れ、立派な城壁がどこまでも続き、街をぐるりと囲んでいた。
ついたのはもう夕暮れだというのに、あちこちで歌や楽団が騒ぎ立てる囃しが聞こえるではないか。
「こんなに人が居るところ初めて!」
「かつての明王の時世には100万人が暮らしてたそうだ」
「100万人!?」
「今は精々、数万人といったところか それでもアールドブラの10倍以上はある 街の広さはそれ以上だ」
「ふえー、凄いなぁ……」
街の中を渡る道々は平たく削られた石が敷かれ、大きな馬車が楽にすれ違えるほどの広さがある。
高く空へ向かって延びた建物は見た目にも頑健で力強さを感じさせた。
街には劇場や幾つもの浴場があり、礼拝堂に病院、刑務所も備えている。
あちこちに酒や食品の屋台が並び、物資の豊かさを物語ってきた。
これでも過去と比べてはるかに衰退したのだという。
「やはり明王は教団の言うとおり悪魔だったのかもしれんな 一人の人間が、こんな街を作れるだろうか」
「人では無かったのかもしれませんが、でも絶対に心は人と同じだったと思います」
「ほう」
「人の心を持たない者が、人のためにこれほど尽くせるでしょうか」
「はっはっはっ! なるほど、道理だ お前の勝ちだな さて、まずは食事にしようか」




