第二十節 ネズミの群 オイコスの告白
「なんてこった…… こんなやべえとこだったのかよ……」
愚痴ばかりのオイコスを尻目に、シオンは無言で物言わぬ屍を調べ始めた。
骨の状態や衣服、怪我の痕などをだ。死体の中にはまだそれほど経っていない物もあるようだ。
「おい、よくそんなもんに触れるな」
流石のオイコスもギュムナも、不気味さが勝ち、近寄ろうとはしない。
「ふーん」
いくつかの屍を調べ終わったあと、手を払いながら唸った。
「妙ねこれ 何かに襲われた感じじゃない 外傷があるのもあるけど、感じからいって自分から壁に頭をぶつけてるし……」
「おい、なんだよそれ余計怖いよ! やっぱり、悪魔に取り憑かれたんじゃないのか?」
オイコスとギュムナは殆ど抱き合うようにして遠巻きに見ている。
全く、肝の小さい男どもだ。
「でも骨になるには早すぎる…… まるで何かに綺麗に食べられたみたい」
その時、かすかに鳴くネズミの声と、トンネルを横ぎる影が見えた。
ネズミがいるのだ。よく調べるとあちこちにネズミの糞が落ちている。
「どこかから地上に通じてるのよ!」
俄然、希望が見えてきた。二手に分かれてトンネルの中を調べて回る。
一定の間隔で壁の足元に小さな穴が開いてるのが分かった。
そこにネズミの糞があることから外に通じているのは間違いない。
だが当然人間は通れない。それと何故か焼け焦げた跡があった。
この日わかった事はこれだけだ。
一つ、出口は無い。
一つ、ネズミがうようよしている。
一つ、石の床は酷く寒い。
その夜、三人は狭い連絡通路に陣取り、焚き火をした。
気休めにそこらに魔除けの品を置き、交代で見張ることにした。
「ていうか、今ほんとに夜か? 明るくてわからねぇな」
そう、壁からもれる明かりは四六時中トンネルを明るく照らしている。
だがこの奇妙な灯りは火ではないようで熱を発していない。
風の吹く外ほどではないが、石が熱を奪い底冷えするのだ。
「ねぇオイコス、あんた、なんで着いてきたの?」
「ああ? んー……なんつうか、心配だったし」
「だったし?」
「ほら、もう俺にはお前たちしか仲間が居ないんだ、みんな埋まっちまった 結局俺はゴーレム病だ、町じゃ暮らせない……」
「そっか……」
常に陽気に振る舞っていた男の、意外な告白に少女は思いを巡らせた。
強い男だ。あんな目にあってもまだ彼は他人のために体を張っているのだ。
「俺はなんていうかさ、家族になりたいんだお前たちと」
……
……
……
「ちょっ、どういう意味!? いきなりプロポーズ!?」
「馬鹿っ、ちげぇって! あー言い方が悪かった! そういう事じゃなくて、仲間のもっとこう、上位系みたいな? あの、炭焼小屋の時みたいなさ」
その時、急にギュムナが立ち上がり、壁に持たれてうずくまるオイコスの頭を撫で始めた。
「おい、なんだよ、やめろよ! あーくそ、調子狂うぜ ガキはさっさと寝ろよ!」
沈黙が訪れた。ギュムナは毛布にうずくまって寝てしまった。
聞こえてくるのはネズミの鳴き声だけだ。
チッチッチッチッ、キィー チッチッチッチッチッチッ、キィー
二日目。
状況、変化なし。
二日目の収穫はなかった。そこであらゆる魔よけの儀式を試した。
スグリの実を焚き、地面にワインで円を描く。そこらに鹿の骨を撒き散らしてもみた。
祭祀から貰った聖水 (中身は聞いていない)を撒き散らし、腐肉を壁に投げつけた。
後半はだんだんと自棄になり、意味のわからない事をして遊んでいた。
シオンは笑いながら輪にしたニンニクを首にかけて踊り、ギュムナはあらゆるものを混ぜた奇妙な臭い塊を生み出した。
だが何も変化は無かった。教訓、魔よけは暇つぶし程度の効果しかない。
三日目。
「何日くらいだ? もう一週間はたったか?」
「まだ三日目だよ 大丈夫、水も食料もまだあるから」
「くそっ!! 出てきやがれ悪魔め! さっさと来て戦え!
三人とも口数が減り、イライラしていた。言い知れぬ焦燥だけがつのっていく。
シオンは広大な面積がある壁を、丹念に手で調べる事にした。それだけで何日かかる事か。
オイコスは連絡通路と書かれた狭い道を調べた。
だが奥の開かずの扉はどうやっても開かない。
その日の探索を諦めようとしていた時、変化が訪れた。
ギュムナが開かずの扉を開けたのだ。
少年が扉のノブを適当に回していると、腕から触手が鍵穴へと伸びだし、扉が開いたのだ。
しかし中は小さな部屋で、得たいの知れない、オルガンのような物が置かれているだけだった。
これもおそらく明王が作ったものだろう。
適当に弄ってみるが何も起こらなかった。
ここにもネズミ達の痕跡を見つけた。
あちこちに新しい糞が大量にあり、おそらくここはネズミの寝床なのだろう。
さらに部屋の側面に新たな扉も見つけたが、これはギュムナでも開けられない。
一通り様々な手法を試すも、その日はそれ以上の進展は無かった。
相変わらず、ネズミの鳴き声だけがトンネルの中に響いていた。
「ねぇシオン」
冷たい石の地面に横たわりながらギュムナは尋ねた。
「鳥は鳴き声で会話するんだよね?」
「うん、そうね」
「ネズミも? ネズミも鳴き声で話す?」
「ネズミは話さないわ」
「でもずっと鳴いてるよ」
そこでシオンはある仮説に思い至った。
もしかしたらこの鳴き声に意味があるのではないだろうか?
確かにネズミは鳴くものだが、こんなに引っ切り無しに鳴き続けるものだろうか?
そういえば似たような物語を読んだ覚えがある。
あれは確か、バネ式の錠前が無数に付けられた宝物庫の話だ。
そこは扉が錠と、とてつもなく長い鎖の仕掛けで作られていて、鎖の環の位置を使った暗号を解読しなくては錠前の構造が判らない仕組みになっていた。
コレはつまり、鎖の暗号と同じなのではないかと思い付いた。
少女はいつも持っている本を開き、白紙のページを出し、メモを取り始める。
「おいどうしたんだ、シオン?」
オイコスがシオンの様子に気付き、声をかける。
「いいから先に寝ていて もしかしたら何かわかるかも」
少女の様子に心配そうにしながらも、オイコスは眠りに付いた。
翌朝。といってもトンネルの中では実際には今が朝か夜かもわからないが……
眼を覚ましたオイコスはシオンの姿にぎょっとした。
いまだに彼女は本を手に何かを書き綴っているのだ。
「お、おいシオン? お前大丈夫かよ?」
「見て、オイコス!」
そういってシオンは本のページを広げて見せた。中はびっしりと斜線と横線が書き綴られている。
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「何よその顔、おかしくなったんじゃないわよ ネズミの声よ」
「ネズミの声? いったいどういうこった」
「いい? ネズミの鳴き声にはパターンがあるの チッチッチッと何度か鳴いた後にキーと鳴く それが一定の周期繰り返して、しばらく鳴き止む それからまた同じパターンで鳴き出すの」
「まったく意味がわからない だからなんだってんだ?」
「いい? この斜線がチッで横線がキーね 最初にチッが19回 次に1回 次は12、22と続いてるの このチッの数をアルファベットにすると……」
「どうなるんだ?」
「Salveよ」
「マジか」




