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第十七節 教団の秘密 誤算 焼かれた本

「マジで一人でいくのか?」


「ええ、貴方はギュムナを連れて先に町に行って」


「やばいかもしれないだろ!」


「でもほっとけない! 早くしないと痕跡が消える!」


 オイコスは深く息を吐き、頭を掻きむしった。

 こうなった時のシオンが止まらない事はこれまでの付き合いでよくわかっていた。


「ごめんね、オイコス、ギュムナ 何があったのか確かめないといけないから」


「わかったよ! ギュムナ、この子を町まで運ぼう、いいな?」


「シオン……気をつけて」


「大丈夫、無茶はしないから」


 シオンは外套を目深に被り直し、雪の中に点々と続く足跡を追っていくのだった。


「絶対無茶するよなあいつ…… ていうかすでにしてる」



 どうやら行き倒れの少年は山の北側から来たようだ。

 山の中を横断するほど愚かではなく、大きく迂回している。

 しかし途中には民家などは無く、少年がどこからどこへ行こうとしてたのかは掴めない。

 おそらく、当ても無くさまよっていたのだろう。

 雪の中に置き去りにされた?いや、それならその主の後を追うはずだ。

 ならば何かから逃げたと考えるのが妥当であろう。

 シオンはそのまま、朝まで歩き続けた。雪の積もった冬の夜は休むべきではない。

 いくら焚き火を燃やそうとも雪で湿った地面は熱を奪い、凍傷の危険がある。

 せめてどこかで、乾いた地面を探さねばならなかった。



 結局シオンは、ほぼ一日歩き続け、やっと集落らしきものを発見した。

 さらに近くには川が流れている事も見つけた。

 そこそこ大きな川なのに地図には無い。

 おそらく、山崩れのせいで変化したのだろう。山の北側はほとんど未開拓の地域だ。

 この事を領主に告げれば喜ばれるはずだ。農地に復興に期待が持てる。

 それにしてもあの集落はなんだろうか?これもまた地図にはない。

 少女は集落を散策してみる事にした。



 そこは集落と言うよりは難民キャンプだった。

 枯れ木を円錐に積み上げただけの、住居というには余りに質素な建物が10ほど並んでいる。

 それにしてもまるで人の気配がない。

 あちこちに肉か何かを焼いた焦げあとが残っていた。しかし掃除をしていないのか酷い悪臭だ。

 集落の中央では火がたかれているようだ、言い知れぬ不穏な様子に、ナイフを忍ばせながらそこへ向かった。


「な、なんなのこれは!?」


 燃えていたのは幾つもの本だった。それもシオンが持っている魔法の本にそっくりだ。

 ただタイトルには「若きプリンセスの物語」とだけある。

 同じ本が何冊も、うず高く重なり、燃え上がっているのだ。


 シオンは住居の一つの中を覗いた。そして口を押さえ、嗚咽をこらえた。

 中では土の上に布を敷いただけの場所に、数人の少年少女が身を寄せ合い、寒さに震えている。

 木製のシチュー入れの中は、黒くなった何かの上を虫が這いまわっていた。

 死刑囚を入れる独房か何かといった様相だ。

 シオンは吐き気とめまいを感じて後ずさった。

 荷物から食料を取り出す。干した肉と果物、それと焼き締めたパンのかけら。

 少女が袋ごと投げ入れると。子供たちはそれに飛びついて貪るのだった。



 少し離れた住居からは、押し殺したような、うめく声が聞こえる。

 呼吸も荒く、声の方へ向かう。全身の血が胸と頭に集まっていくような感覚を覚えた。

 住居の中には白いローブの男と数人の少女が居た。

 少女たちは裸の様で、毛布に包まり寒さに震えている。ゴーレム病の少女もいる。

 白ローブの男は下半身丸出しで、尻をこちらに向けて小刻みに揺れていた。

 裸の少女の上に覆いかぶさって。


 シオンは無言で男の背をナイフで貫いた。

 男は悲鳴を上げたが、その肩をつかまれ、仰向けに倒された。

 そこにシオンが圧し掛かり胸にナイフを突き入れ、手首をひねる。

 白ローブの男は少し手足をバタつかせたが、すぐに動かなくなった。

 部屋の子供たちはその光景にも悲鳴の一つもあげないでいてくれた。


 男の返り血をぬぐって住居を飛び出すと、周囲に白ローブの者たちが数名、槍を構えていた。

 罠にはめられていた事にようやく気付いた。なんという迂闊さか。

 しかし未熟を恥じている場合ではない。手が震えている、興奮しすぎているのだ。

 後ろから聞こえる雪を踏む足音、そちらに向かってナイフを投げつける。

 ナイフはまさに槍で突かんとしていた男の肩口に突き刺さった。


 シオンは剣を抜くと、絶叫を上げながら正面の白ローブの下へ殺到した。

 少女には確信があった。立ち振る舞いからして、彼らは大した腕ではない。

 案の定、白ローブはひるみ、その隙に腕を切りつけた。

 硬い金属を打つ感触。こいつもゴーレム病か。

 シオンは白ローブの胸倉を掴んで引っ張り、反転して男の背中を他の白ローブに向かって蹴りこんだ。

 そしてそのまま集落の外へ向かって走り出す。


「逃がすなぁ! 追え! 町へ戻らせるな!」


 足には自信があった。雪の上であろうと追いつかれる事はないだろうと踏む。

 一直線に垣根を飛び越え、深雪の残る大地を走る。

 しかし誤算があった。

 頭に血が昇りすぎていて気がつかなかったが、徐々に強い疲労を感じてきた。

 そういえば昨日はほとんど休まず歩き続けていたのだ。

 集落に入るまえに休憩をするべきだった。

 かなり引き離したがそも雪の上では痕跡が残る。じきに捕まってしまうだろう。

 そこでシオンは危険を承知で山の方へと足を向けるのだった。


 それから数時間、少女は歩き続け山の中腹まで来た。

 集落の方を見るが人影はもう見えない。おそらく巻いたのだろうが油断は出来ない。

 さらに山の奥へと入り込んだ時には夕暮れになっていた。

 山の奥は木が茂っているため雪は積もっていない。

 探せば燃料になる物もあるかもしれない。

 それに焚き火をしても木が遮蔽して追っ手からは見えないはずだ。


 休息が必要だった。残念ながら食料は無いが仕方ない。

 シオンは何とか乾いた木の枝を削りほぐし火口(ほくち)を作った。

 石を並べて火床とし、その上で火打石を叩く。

 付け火は難航した。風があるのと寒すぎるせいだ。

 寒さは微かな火花から熱を奪い、指を凍らせる。

 何とか炎を燃え上がらせた時にはもう辺りは真っ暗になっていた。

 小鍋の中に雪を詰め火にかけて溶かす。

 そうして出来た水の上に枯葉を浮かべ、その上によく擦った縫い針を置く。

 こうすると針がコンパスとして働くのだ。

 山の南側へ向かえば町へ戻れるはずだ。

 腰の剣を引き抜いて刃を確認する。金属の腕を斬りつけた箇所が刃こぼれし、歪んでいる。

 剣の刃に自分の顔が写った。

 目には熊があり、やつれた顔だ。酷く怯え、返り血にまみれている。


 まるであの時殺した狼の様だと思った。

 さっき殺した教団の男と、その背後で声も出せずにいる少女の顔が忘れられない。

 人を殺したのは初めてだった。人を殺す気で刃を抜いたのも。

 全身が震え、涙が止まらない。

 自分のしたことは正しい事だったと自らに言い聞かせなければ耐えられなかった。



 少しずつ風が強くなっていくのを感じる。吹雪になるかもしれない。

 先を急がなくてはいけないが今日は眠ることにした。

 昔のように、本を胸の上に抱えて。



 その夜シオンは兄の夢を見た。いつもの悪い夢だ。

 ゴーレム病にかかり、狂ってしまった父親は母を絞め殺し、幼い兄と自分に家畜の焼印を押した。

 兄は燃え盛る暖炉に手を入れ、焼けた薪を父に押し付け、その隙にシオンを連れて逃げ出した。

 本を手にしたのはその逃避行の道すがらだ。

 薪の火は屋敷の敷物に燃え移り、あっという間に火の海になった。

 二人は森に逃げた。しかし後ろから父親が追いかけてくる。

 兄は逃げられぬ事を悟ると、シオンを先に行かせて自分は別の方向へ逃げた。

 それきりだ。それから兄も父も行方は知れない。

 魔法の本の教えの通りに森の中で生き抜いた後、シオンは元の屋敷にたどり着いたが廃墟のままだった。

 家財の類は残らず誰かに持っていかれおり何も残っていなかった。



 翌日はやはり吹雪となった。火種を木の皮で何重にも巻いて中で燻らせて持ち歩いた。

 次の休憩ポイントが見つかるまで、なんとかこれで持てばいいのだが。

 猛烈な風を避けて、なるべく木の多いところを通った。風がいくらマシになるからだ。

 それに木がある所は地面がしっかりしている。

 地面が崩れたり、突然崖になっていたりする事がないからだ。

 雪は全てを隠してしまう。雪の下に、もしかしたら落とし穴があるかもしれないのだ。


 一日の半分を移動に費やした。そろそろ次の宿()を探さなくては。その時だ。

 シオンは微かに地面が揺れるのを感じた。気のせいではない。

 周りの木からも葉に積もった雪塊が音を立てて落ちてくる。


 雪崩の前兆だ。

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