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第十六節 冬の訪れ 死 そして生きる者

 長い冬が始まった。いつにも増して厳しい冬だ。

 秋には金色に麦の稲穂を風になびかせていたいた畑は、今は刈り取られた枯れ草を敷き詰められていた。

 結局、三分の一ほどの畑は水が間に合わずまともな収穫ができなかった。

 畑を所有する家同士の小競り合いに対して領主ヘレフォードは税収の免除を約束して決着した。

 今後は取りあえずの作として、井戸や揚水機の増産や、効率を上げる事で対処され、揚水機の管理は新たな税金を発布する事でまかなう形となった。


 さらに川の下流にあった村はより悲惨な状況だった。揚水装置が間に合わず、殆どの畑が壊滅した。

 町の備蓄の麦は事前に教団が買いあさってしまっており、十分な量ではなかった。

 彼らは大幅に値上がりしたパンを買えず、僅かな量の芋と塩漬けの魚、燻製の肉やソーセージだけで冬を耐えねばならない。

 多くの者が飢えた。木の皮を煮込んでは噛り、ほとんどの家畜に手を付けた。

 人々は皆、飢えた獣そのものだった。


 燃料も不足していた。大量の燃料となるはずだった薪や木炭が、山崩れで炭焼きの集落ごと埋まってしまったからだ。

 人々は薪木を求めて危険な冬の森に足を踏み入れなくてはならなかった。

 森に分け入った者の中には帰ってこなかった者、重篤な凍傷を負う者がいた。

 だがそれでも、薪は必要だ。暖を取るにも、食事を暖めるにも薪は大量に必要になる。

 それまでは山から川を使って容易に運ばれていた物だが、今は馬車を使わなくてならないのも痛手だった。


 シオンは自らの浅はかさに打ちのめされていた。何が英雄なものか。

 揚水装置一つで喜んでいた自分が恥ずかしかった。

 よく考えればさらなる問題が待ち構えている事に気付いたはずだ。

 目の前の小さな成功に慢心したあげくに、より大きな、遠くにある問題を見過ごしていたのだ。



 身を切りつけるような寒さの中、オイコスとシオン、そしてギュムナはアーレイ村へ着いた。

 以前にフォグレイス退治で訪れた村は再び窮状の掲示を出していた。

 シオンはその依頼を受け、オイコスも付き合った。

 ギュムナも当然付いてきて、雑用をしてもらう事にした。

 女ばかりの小さな村は食料と燃料の不足にあえいでいた。

 一体あの領主は何をしているのかとシオンは憤り、自ら出来る事を探したのだ。

 シオンはまず例の酒場に向かった。あのしわくちゃの酒場主人が待っているはずだ。

 まだ金の指輪は大事にしてるのだろうか。


「ひさしぶりね、おばさん」

 シオンは酒場にたむろしていた女に話しかける。女は笑顔で少女を出迎えた。

 しかし前にも増して見るからにやつれ、時折咳き込み、不健康そうだ。


「あのご主人はどこ?」


「……死んだよ」


「え?」


「少し遅かったね…… しばらく前から調子が良くなくて、薬を買ってたんだけど、あの後すぐ倒れてね それに今年の冬はいつもより辛いからねぇ 持たなかったんだよ」


「そんな……」


「死に際にあんたの事を言ってたよ もしまたシオンが窮状を聞きに来たら、今度こそ母さんの指輪を渡してくれってね」


 シオンは顔を両手で覆い、冷たい地面の上で膝を着いた。

 そうだ、金が要ると彼は言っていた。薬を買うための金だったのだろう。

 もしかしたら自分のせいで彼は指輪売れずに、死を早めてしまったのかもしれない。

 そう思うと止めどなく涙が溢れてきた。

 オイコスは少女の小さな肩に、鉄の手を置いてやる事しかできなかった。




 それからオイコスとシオンは無言で、ただもくもくと木を切り倒した。

 切り倒し、さらにノコギリで小さく切った木材をギュムナがロープで縛る。

 昨晩降った雪のせいで移動が制限されつつある。急がなくてはならなかった。

 村には食料もだが、とにかく燃料が足りていない。その援助が今回の依頼だった。

 シオンの指には、金の輪が揺れていた。


「ねぇあそこ見てオイコス 鹿がいる、三匹」

 ふいにシオンが声をかけた。林の向こうにアカシカの姿をとらえたのだ。


「本当か? 目が良いんだな、俺には見えないぞ 捕まえるか?」


「うん、罠を仕掛ける そしたら作業しながらでも大丈夫でしょ ギュムナ、一緒に行こう 罠狩りの仕方を教えてあげる!」


「全くお前さんは、人生を四回はやり直したんじゃないか?」


「貴方も本を読めばそうなれるわよ」

 シオンは微笑みながらナイフと、材木を縛るためのロープを手に林へと駆けて行った。


「女にモテる方法も本にあるかな?」




 罠猟で最も大事なのは仕掛ける場所の選定だ。成否はそれで9割が決まる。

 どれほど精巧な罠だろうと相手の居ない所では無意味だ。

 アカシカを見た場所から、通り道の可能性がある場所を逆算する。

 鹿が木の皮を食べた跡、糞、足跡、踏み慣らされた地面。様々なヒントが隠れている。

 シオンは本の中の世界で、世界一賢い狐であるマスター・フォックスからじっくりとレクチャーを受けていた。

 今回は逆に自分がギュムナにレクチャーする番だ。


 獣の臭いが残る小路、そこらに糞や、抜けた毛が落ちている。この辺りが通り道に違いない。

 おっと、ギュムナのブーツの上を這いあがろうとするマダニが居る。

 おそらく、アカシカから落っこちた間抜けだろう。

 少女は鹿の気持ちになり切り、小路を進む。そして道端に大き目の倒木を見つけた。

 鹿はこういったものを飛んで跨ぐ習性がある。

 その倒木の周りにも、地面を鹿が何度も踏んでえぐれた場所を見つけた。

 これは罠には絶好の場所だ。


 ロープで大きな輪っかを作り、しならせた枝に結ぶ。

 もう一つ、地面に打ち付けた杭でロープを引っ掛けてやれば完成だ。

 以前はあまり器用に手を動かせなかったギュムナだが、今では難なく作業をこなす。

 冷たい雪の中でも、金属の指はかじかむ事無く精密に動くのだ。

 この輪っかの中を鹿が通れば、杭に付いたトリガーが外れ、締まった輪が鹿の足か首のいずれかをとらえる。

 出来れば首が良い。足では苦痛を長く与える事になる。



「よぉ、おかえりシオン、ギュムナ、どうだった?」


「いい場所見つけた あとでみんなにも教えてあげよう さ、今日の分を運んで、明日の朝にでも罠を見に行こう」


 ギュムナの方は無言でオイコスに向けてサムズアップした。

 オイコスは肩をすくめて苦笑するのだった。


 アカシカは夕暮れと夜明け頃が一番活発に行動する。捉えたら出来るだけ早く持ち帰り解体するのが望ましい。

 果たして、翌朝。オイコスは大きな雄のアカシカを担いで村に持ち帰ることができた。

 五日間の作業で三人はかなりの量の、燃料用資材と、一頭の立派な雄のアカシカを村にもたらした。

 アカシカは丁寧に解体され、血の一滴も無駄にすることなく干し肉や塩漬け、ソーセージに加工された。

 十分ではないが、これで何とか持つことだろう。そうして一行は村を後にした。


 その帰り道の出来事だった。


「おいっ! しっかりしろ! 生きてるのか!?」


 オイコスが幼い少年を抱き上げる。顔は重度の凍傷で黒く染まっていた。

 帰りの道中、雪の中に倒れていた少年を見つけたのだ。


「オイコス見て、この子……」


 少年が身に着けているボロ布からは、鉄と化した足が覗いていた。ゴーレム病なのだ。

 ギュムナは少年の体に手を伸ばし…… そしてそっと首を横に振った。

 うっすらと目を開けた少年は何事かを呟き、そのままこと切れた。

 少年はどこからここへ来たのか?雪に残された足跡がはるか向こうまで続いていた。

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