第十五節 収穫の宴 少年の踊り
シオンとオイコスは畜力水車の件で領主から褒美を貰い、そしてその年の収穫祭の主賓として、町にまぬかれた。
この日のために普段より一層着飾った出で立ちの領主、ヘレフォードが高らかに宣言する。
「今日は二つ、良いことがある 一つは私に、じつにようやく息子が生まれた事だ!」
領主の隣にいた奥方が前に進み、布に巻かれた赤ん坊を示した。
人々は盛大な拍手と叫び声と、笛の音でそれに応えた。
「そしてもう一つはあの二人だ! 二人の英雄を褒めたたえようではないか! レディー・シオン、彼女は明王のごとき閃きで町を救った! オイコスは呪われた体ながら、我らのために懸命に働いた! 二人に祝福を! 今日の日をヴァハ神に捧げよ!!」
「さぁ、飲め! 歌えアールドブラよ!」
広場は夜を昼に変えるほどの松明が置かれ、置かれたテーブルの上は酒と食べ物で満たされていた。
ワイン、ビールに蜂蜜酒、ウイスキー、紅茶。
スープパスタに照り焼きの鶏肉、塩浸けのタラに牡蠣。
この日ばかりは皆、洗いたての服を着て、チェストに隠した宝石を身にまとう。
これから来る長い冬の前に、精一杯歌い踊るのだ。
-♪稲穂の茂る丘の上 倉庫一杯の麦をみりゃ 今夜のミードは格別に美味い 稲穂の揺れる丘の上 君の後ろを追いかけたなら 今夜のミードは少しだけ苦い♪
シオンもいつもの革鎧と外套は預け、金色の刺繍入りのドレスを着ていた。スコットから借りたものだ。
オイコスとギュムナも新品の服を着て、沢山の人と料理に囲まれ幸せそうにしていた。
夜が深まれば酒も深まる。宴はさらに激しさを増し、破天荒な大騒ぎへと変わっていく。
そんな中、木剣を携えた少年の一団が上座のテーブルにつくシオンの元に進み出た。
「これより、剣舞の法を披露いたします、レディ・シオン! この勝負での勝利者は、レディ・シオンとのダンスの権利が与えられる!」
少年の高らかな宣言に広場が喝采に包まれた。
シオンは少し驚いたが悪い気はしなかった。
剣舞の法とは、一年に一度のこの祝いの席で許されるちょっとした余興だ。
16歳以下の少年たちが木剣で戦い合う。
そして勝者は意中の少女と踊ることが許されるのだ。
髪を整え、着飾った男の子たちが自分を求めて戦う。
なんとロマンチックな事だろう。年頃の少女らしく、胸が高鳴るのを感じていた。
勇壮な太鼓のロールに乗り、少年たちがトーナメント方式で木剣で斬りあった。
シオンは腕を組んでそのさまを眺めていると、ギュムナが隣にやってきた。
「あらどうしたのギュムナ、もう眠い?」
少年は答えず、シオンのスカートを引っ張る。
「もしかして、妬いてるなー?」
少年は必死に首を横に降った。
そうこうしている内に今宵の勝者が決まったようだ。金の掛かった衣装の金髪の少年だ。
「あれはウォルター家の一人息子だな 射止めればでかいぞシオン」
といつの間にか隣にいたオイコス。しかもどこで引っ掛けたのか女連れで酒臭かった。
「さぁシオン姫! こちらへおいでください! 私とダンスを!」
声を合図に楽隊の音楽がスロウダウンした。
シオンが広場の中央に歩き、金髪の少年がそれを笑顔で出迎える。
戦いの勝利と、大勢の観衆の声で少年は興奮状態にあった。
おそらく、性的な感情も混じっていることだろう。
シオンはいまや町の英雄であり有名人で、なにより美しい少女だ。
その彼女と今夜は……いや、これ以上は語るまい。
さて、しかしその思春期の少年の思惑は意外な方向へ進む事となる。
あろうことかシオンは木剣を拾い上げ、騎士のごとく構えを取ったのだ。
聴衆から大きな歓声があがり、空気を読んだ楽隊がドラムロールをはじめる。
さぁ本物の余興はこれからだ。
少年がやれやれとばかりに、剣を振るう。明らかに手を抜いた攻撃だ。
これは単なる余興の続きで、ちょっとしたスパイスを加える程度のものだと考えていたのだろう。
しかし、シオンが軽々とその一撃を受け流し、剣の柄で首元を突かれた所で、少年はようやく相手が本気である事に気付き、同時にうろたえた。
こんなはずじゃなかったのに。
少年の必死の剣激は全て華麗にかわされた。松明の焔にアッシュブロンドの髪がよく映える。
聴衆からは囃し立てる歓声が聴こえる。おいおいどうした、姫より弱い騎士なんているのかい?
苛立った少年は短絡的にも身体ごとシオンにぶつかってきた。
だがそんな攻撃は当然通用するはずも無い。
素早く横にかわされ、剣で向こう脛を叩かれた少年はそのまま地面に倒れこむ事となった。
「くそっ! なんて強さだ! 一体誰に剣を教わったんだ!?」
シオンの差し出した手を掴みながら少年が尋ねた。
「かえる師匠よ」
ゲコゲコとカエルの鳴き真似をして少年をさらに混乱させるのであった。
「見よ! 今夜の勝者はなんと! 美しき白髪のレディー・シオンだ! まるでアンダストラのごとき剣さばき! 盛大な拍手を!」
領主のヘレフォードが高らかに宣言すると、楽隊は華やかでアップテンポなキャロルを鳴らす。
シオンはギュムナを連れて、広場へと出た。
「さぁ、踊りましょうギュムナ」
「……うん」
盛大な晩秋の祭りはいつ果てるともなく続くのだった。
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町が活気に満ち溢れている頃、北方のとある場所にて。
「これが今年の収穫か?」
巨体の白フードの男が穀物袋から手にした麦を、ゴミのように散らす。
麦粒は小さく、黒く変色してしまってるものが殆どで明らかに質が悪い。
「芋も麦も、まともに育てられないのか? しかも目標の三分の一にも満たぬ量だ」
白フードの男たちの前には、ぼろ布のような服を着た少年少女の一団が跪いていた。
どの子供も怯え、疲れきっている。誰一人顔を上げることも出来ずに居た。
「だれだ! 一体誰が仕事をさぼったのだ? でなければこのような結果にはなるまい 貴様か!!」
白フードの男は子供たちの回りを威圧的に練り歩き、その中の一人を掴み上げた。
引きずり出された少女の衣服が千切れ、金属の肌が覗く。ゴーレム病の子供だ。
「役立たずは必要ない 我らの新たな夜明けは、勤勉さこそを美徳とする 我が力を見よ!」
フードの男が長い袖に隠れた手を少女に向ける。
少女は必死に嫌だと懇願し、首飾りを強く握りめていた。
子供たちは次に起きる惨劇の予感に目を背ける。
男の袖から吹き出した炎が、少女の体を焦がした。
「収穫が三分の一ということは! 貴様らの価値も三分の一と言うことだ! お前たちの三人のうち一人は死ぬということだ!」
槍を持った白フードの集団が現れ、子供たちを取り囲んだ。
泣き狂う子供たちの絶叫が、雪の振りだした空に吸い込まれていった。
「役立たずのガキは不要だ、処分を続けろ」
「布教は続けますか?」
「もちろんだ 我らが父のために、祝福を与えよ そして探し出すのだ、癒し手を! 我らが壊れた神を蘇らせるために!」




