第十四節 ヘレフォード 炭焼き小屋の最後 新たな仕事
広場は先程にも増して人々でごった返していた。
領主であるヘレフォードが町へと降りたからだ。
ヘレフォードが町へ降りたのは三日ぶりのことで、長引く雨の間は、ずっと城の中に居たのだ。
領主の仕事というのは人々が思っているより遥かに激務だ。
無数の陳情、直すべき橋や水車への修理者の手配。金や倉庫の管理に収税。犯罪者への裁判もだ。
祭りや結婚式などがあれば、時には出向くし、つまらない喧嘩の仲裁に駆り出されることまであった。
だから普段はあちこちを馬で回っているか、城の中で采配しているのが常なのだった。
広場では枯れつつある川の水に、大勢の人々が不安の声をあげていた。
水車管理者、漁師、船渡し、そして何より収穫の時期が間近な麦を抱えた農民たち。
このままでは小麦の収穫は絶望的だ。
「スコット卿! スコット卿はおられますでしょうか!」
羊皮紙を手に、人混みの中からシオンが叫ぶ。領主が居るならばその側近のスコットも居るはずだ。
「シオンか 先程ぶりだが…… まさか思い付いたとでも言うのか」
ヘレフォードの傍らに控えていたスコットが声を上げる。
それを合図にシオンは進み出て、ヘレフォードとスコットの前で腰を曲げ、両手を斜めに差し出す。
貴族への敬礼のお辞儀だ。
「この者が先程話した娘だ、ヘレフォード卿 面白い娘でしょう?」
「ふむ、なるほどな 見かけは庶民の…… なるべく寛大に見て、旅の者の様であるが、振る舞いは貴族のようだ 娘に見習わせたい」
ヘレフォードが顎で示すと、兵士の一人がシオンのもとへ行き、羊皮紙を受け取り、主へと手渡す。
「フーム これは……水車か? どう思うスコット卿」
スコットは羊皮紙を手に取ると、うなりつつアゴ髭を撫でながら、深く何度も頷いた。
「ヘレフォード卿、これは面白い仕組みですな なるほど、牛を使って回して水を汲み上げる訳か」
シオンは内心ほっとした。設計図の読み方を理解してくれている。
これなら話は早いだろう。
「ほほう、それで役に立ちそうなのか?」
「やれやれ、私の面目は丸潰れだ 使うべき素材、力の掛かりやすい部分、工数や道具まで記されている…… これを数時間で書いたとは…… さてシオンよ」
「レディーとつけるべきだぞスコット卿」
と、待ち構えたようにヘレフォードが口を挟むと周囲の兵士から失笑がもれる。
お貴族ジョークだ。
「これは失礼したレディー・シオン この仕組みには、川の水車が流用できそうだがどうだ?」
「はい、ご明察でございます おっしゃる通り、少し作り替えれば水車を使えます かかる工数もかなり減るでしょう 流石のご慧眼です」
「小気味良い返事だ、男を立てるのも上手いとはこれは恐ろしい魔女になるぞ!」
と、笑うヘレフォード。同様に周囲の兵士たちや村人までも笑い出した。
「私には妻がおりますし、小娘相手では立ちませんぞヘレフォード卿 さて、私はこの仕組みを試したいと思うが、いかがかな?」
「ほほう、スコット卿がそう言うのならば間違いなかろう! よし、卿に任せよう レディー・シオンよそなたにも働いてもらうぞ」
「ご拝命、感謝いたします! それで、ひとつご考慮いただきたい事が……」
シオンはようやく顔をあげ、真っ直ぐにヘレフォードとスコットを見上げた。
シオンとギュムナが二台の馬車で川上の集落に戻ったのは日暮の頃だった。
「おいおい、何が起きてるんだ? まさかシオンお前、本当は姫さんだったとか言うなよ?」
シオンは集落に領主の役人や兵士を引き連れて戻ってきた。
一人で瓦礫の片付けをしていたオイコスは意外な展開に仰天していた。
「フフッ、違うわよ まぁ色々あって、領主様の協力を取り付けたわ」
「マジかよすげぇな! どうやったんだ?」
「交換条件よ それで仕事があるの 硬い、質の良い木が沢山居る! すぐ始めて! 収穫に間に合わない!」
シオンはそれだけ言うと走り回ってあちこちで指示をして回った。
まるで餌を探し回る小ネズミだ。言葉も出ないで立ち尽くすオイコスにスコットが声をかけた。
「あの娘は、いつもああなのかね?」
「え、ああ…… 時々ああなります あの娘はここにはオオカミ退治で来ていて……」
「ほう 頭が回るだけでは無いのか、実に面白い娘だ」
翌日にはさらに大勢の人々が集落の跡地に訪れた。弔いの祈りを捧げる祭司もだ。
中には集落に居た者の家族や親戚も来ていた。
とは言え、大量の土砂の全てを片付けるのは不可能に近かった。
まだ多くの死者を残し、結局そのまま葬儀が行われる事になった。
それから作業が始まった。沢山のテントや牛馬、食料に窯などが運び込まれ、さながら軍の野営地だ。
オイコスをリーダーに次々と伐採、薪化の作業とシオン考案の、新型揚水機の部品用と分けられた。
集落に蓄えられていた薪や炭の殆どは土に埋まってしまっているので、そちらの被害も甚大だ。
三日ほどのうちに、干からびた川に設置されていた、最早役に立たない水車のいくつかが解体され、それを元にした試作品が作られた。
実際に井戸に設置、動く事がわかると人々は皆歓声を上げたのだった。
シオンとオイコスは昼夜無く懸命に働いた。それに触発され、集った人々もまた奇妙に活気付いていた。
「あのゴーレム病の男は凄いな でかい丸太を一人で運んで、ニンジンみたいに薪にしちまう」
「シオンはとっても良く働く娘ね うちの息子と結婚してくれないかしら」
作業は時間と共により効率化されていった。
この新たな作業場で作られた揚水機の部品は町へと運ばれる。
そして井戸に設置され、あらかじめ付けられた水路を通じて田畑へと送られる仕組みだ。
水路に水が流れ出すと人々は安堵の表情を浮かべた。
もちろん、この程度で全ての問題が解決されたわけではない。
水量は全ての田畑を潤せるほどではなく、結局立ち枯れしてしまった畑もあった。
どこの畑に水を優先的に引くかで小競り合いも起こる。
それでも最悪の状態は回避された。




