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第十三節 満身創痍 シオンの叡智

 町へは馬車で向かった。丁度、薪を買いに来た商人が来ていたので載せてもらう事にしたのだ。


「貴女たち大丈夫なの? ボロボロじゃない」

 商人の奥方は泥と傷にまみれたシオンとギュムナに声をかけるも、返事を返す元気もなかった。

 奥方はせめてもと二人の顔を布でぬぐってやった。


「しかし、こんな事になるとはなぁ どうなっちまうんだここは」


 商人の男はパイプをふかしながら一人ごちた。

 実際、あれだけ雨が降ったにも関わらず川は昨日よりも水量が減っていた。

 おそらく昨夜の山崩れで水の流れが変わってしまったのだろう。

 もしも川の水が干上がりでもしたら大事だ。


「収穫の前なのに、水が無いのは大変でしょうね」


「大惨事だよ 冬を越すための麦が取れなくなるんだから」


 ここでシオンはあの教団の周到さを思い知らされた。麦だ。

 彼らは小麦を買いあさっていたではないか。古い麦を。このためだったのか。


 少女は力なく商人に礼を言って別れを告げた。足取りが重いのは疲労のせいばかりではない。

 集落に居た者達はわずかな間とは言え同じ所で暮らし、同じものを食べた仲だ。

 彼らの惨状と生き残ったオイコスのこれからを考えるほどに胸が痛む。

 それに、なにより自分の不甲斐なさにも。


 町の役場、つまり城へと続く道のある、中央部は大勢の人が押し寄せていた。

 皆不安そうで、殺気立っている様子だ。

 人々は城の手前で兵士たちに遮られてしまっていた。


「領主様にあわせとくれよー! あたしらの畑が大変なんだよ! どうしたらいいんだい!!」

 集まった者達は口々に叫んでいた。


「アールドブラの民よ静まれ! そなた達の窮状はわかっている! 今日、領主ヘレフォード卿が視察し、対策を講ずること約束する 民の痛みは我らの痛み アールドブラの痛みである! 今は静まるのだ民よ!」 


 仕立ての良い、毛皮の外套を着込んだ男が、よく響くバリトンの声を人々に向けていた。歳は40過ぎという所か。

 シオンは人々の間を縫い回り、雑踏の先頭へ進み、大きく声を張り上げた。


「卿よ、お聞きください 私は川上の炭焼き小屋より参りました 至急のお話がございます 近くに寄る事をお許しください」


 男は初め、少女の気が付かなかった。多くの雑踏の中で、小さな少女の姿は埋もれてしまっていたのだ。

 しかし、男の傍らに居た10歳に満たぬほどの、頭に小さなティアラを付けた着飾った少女が、一歩進み出てシオンの手を取った。


「これ、いつの間に居たんだロッティ 父上の所にもどりなさい」


「綺麗な目をしてる… ねぇスコットこの娘の話を聞いてあげて」


「ありがとうございます、お嬢様 至急、お耳に入れたいご用件がございます」


 膝をつく少女の、燐とした言葉と言葉遣いに男は感嘆を隠せなかった。

 きっちりとした教育を受けた者の言葉運びだ。

 しかし見た目は泥にまみれ、粗末な外套にもズボンにも血の跡がついているではないか。

 そのアンバランスさが興味を引いたようだ。

 男は少女の元まで近寄ると同じように膝をついて目線を合わせた。


「何があった?」


「はい 山崩れです 昨晩、突然山の上から大量の土砂が炭焼きの集落を襲いました」


「なんと、無事なのか?」


 少女は答える代わりに頭を垂れた。


「生き残ったのは樵のオイコス、そして私、シオンと私の従者のギュムナの三人だけです」


「なんと言うことだ!」


「もう一つございます 川の水が減っているのはご存知の通りかと存じますが、その原因はおそらく山崩れと関係しています」


「ふむぅ…… 山上の湖か?」


「ご察しの通りです 私の推測ですが、何者かが湖から川へ至る経路を塞き止め、その結果として山が崩れ、川の流れが変わってしまったのだと思われます」


「何者かだと?」


「はい、山の中で()()の者たちを見ました 白いローブの者たちです 山へ入る許可証も携えておりましたので記録があるはずです」


「ふむ、よく知らせてくれた 炭焼きの集落には人を使わせよう そなたら三人を町に受け入れる許可もやる だが、目下の所は川の件で手一杯だ 教団の連中の事は私も領主も良くは思っていない だがすぐには動けん」


「はい、お慈悲に感謝いたします」


「まだ若い娘だと言うのに、そなたは知恵があるようだな 水をどうにかする妙案は無いか? このままでは冬には死人がでる」


「申し訳ございません、すぐには…… でも何か考えてみます」


「はっはっはっ、冗談だ だがもし本当に思いついたのなら知らせに着なさい 私はスコットという 領主のヘレフォードの側近だ」

 男は立ち上がり、謝辞を述べて下がる少女を見送った。気の利く子供だ。

 もし大声で今の話を群集に聞かせていたら、パニックになっていたかもしれなかった。



 シオンはギュムナの手を引き、外套に入れてあった金でスープ入りのパスタを二人で食べた。

 ついでに湯を借りて顔を洗った。

 町の浴場は閉鎖され、井戸には人の列が出来ている。

 一夜にして町の様子は様変わりしてしまっていた。

 例の教団の連中が見当たらない事に安堵した。もし居たら斬りかかっていたかもしれない。


 一体これからどうすればいいのだろう。当初の目的は果たした。

 しかし町がこの有様ではオイコスのことは放って置かれるだろう。

 それにこのままでは収穫前の麦が全滅しかねない。


 町や周囲にあるいくつもの井戸は無尽蔵に水を湛えているが、手作業でくみ出していてはとても間に合わないだろう。

 少女は考えた。今こそ知恵の出番だ。

 山崩れや大豚には知恵では敵わなかったが、今度こそ何とかして見せなければ。

 本を開くと白紙の何も書いていないページが現れる。本はこういったメモスペースも用意してくれるのだ。

 白紙のページを指でなぞるとその通りに線が引かれる。ギュムナはその様子を眼を丸くして眺めていた。


 さて、井戸の水を効率よく汲み上げるにはどうしたらよいか?

 長いベルトのようなものに桶を沢山つける? だめだ結局は手作業だから運べる重さには限りがある。

 水が流れていないのだから水車のような機構は役立たずだ。

 しかし水車の車輪部分を人間が回せば?これは実際に土木作業で使われるクレーンと同じ発想だ。

 大きな車輪を作り、車輪の中を人間が歩いて回して動力にするシステムだ。

 これも揚水量と、何よりも人間を使う事に無理が生じる。もっと車輪を大きくする?それでは設置ができない。


 何度もメモに図案を書いては消し、悩んでいる所にギュムナの手足に眼がいった。

 やおら少年の手足を調べ、その繊細な歯車の機構を食い入るように観察した。


「ちょ、ちょっとシオン? 恥ずかしいよ……」


「ああごめん、ギュムナ! でもよいこと思いついたよ!」


 シオンはそれから本に図面を書いていった。頭の中に生まれたアイディアを設計図に起こすのだ。

 まず長く、頑丈な棒を用意し、それを地面と平行に作った歯車に設置する。棒を回せば歯車は横回転する。

 そこに縦の歯車をかませれば横軸の回転は縦軸に変わり、井戸からコンベアの用に水を汲みだせる。

 あとは水路を作れば、棒を回している限り水は汲み揚げられ続ける。

 棒は家畜か何かに回させれば良い。

 それまで思いついた物の中でも単純かつ仕事量の大きい機構のはずだ。


 シオンは図案を描いてから本を指先で叩いた。

 すると紙の上で描かれた線が動き出し、揚水機の機構を再現した。

 おっと井戸を足すのを忘れていた。

 紙に井戸を書き足せば、本はそれを認識し井戸から水が組みあがる様子も見える。


「絵が動いてるよシオン 不思議」


「魔法の本だからね!」

 少女は少年の手を取って立ち上がると、雑貨店へ行き羊皮紙と筆記具を購入した。

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