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第十二節 山崩れ 山の獣 ギュムナの意外な力

 轟音が集落を包んだ。悲鳴をあげ逃げ惑う者達を、それはいとも簡単に蹂躙した。

 土砂崩れは山の北と西側に集中して起こった。西の斜面は大量の伐採のために崖が弱っていたのだ。

 集落と炭焼き小屋は完全に土砂に飲み込まれて岩と土の中に埋没した。

 町は南側に位置していたため特になにも影響はなく、惨事が起きたことさえ誰も気付くことはなかった。



 土砂降りの雨が降り続いていた。崩れた泥と石と水が、瓦礫の上にさらにつもり重なっていく。

 重苦しい雨の音だけが辺りに響き、何もかもが土砂の下でつぶされてしまった様子だ。


 だが土の中にかすかに動くものがあった。

 手だ、金属の手。力強く流木を掴んだ手が、自らの身体を引き起こす。


「くそっ! 何が起きた? どうしてこんな事に!?」

 オイコスは泥の中から起き上がった。そしてまた泥の中に腕を入れ、引き上げる。

 泥の中から身体を出したのはシオンと、そして彼女が抱きしめていた少年、ギュムナだ。

 二人はオイコスに引き摺られ、なんとか泥の中から身体を抜け出させた。

 ギュムナは咳き込みつつ、オイコスと同じく金属の腕で周りの石をどけて座り込んだ。


「おい大丈夫かシオン! やべぇ息をしてねぇぞ! おいシオン! 息をしろ!」


 オイコスはシオンの身体を揺さぶり、頬を叩くが少女はなんの反応も示さない。

 男はただの樵だ。何の医療知識も持ち合わせていない。だから少女の名を呼びかけるだけしかできない。


「シオン…… シオン死んじゃうの?」

 少年がか細く、すがるような声でオイコスに尋ねる。


「このままじゃな…… どうしたらいんだ、くそうシオン! おい負けるな! 死ぬんじゃないぞ!」



 -少女の意識は闇を彷徨っていた。

 -目の前を走る少年。少女はそれを必死に追いかける。

 -少女の首にはネズミを象った銀のペンダントがつけられている。



「シオン…… シオンっ!」

 少年は叫び、オイコスを押し退け、物言わぬシオンの顔を抱きしめた。

 その両手から、無数の管が伸び、少女を包んだ。


「な、なんだこらぁ ギュムナお前、一体……」


 伸びた管が少女の鼻や口の中に侵入していく。そして身体の中に入り込んだ水や泥を吸い込んだ。



 -少女は少年の肩を掴んだ。焼け焦げた服が剥がれ、金属の肌が現れた。

 -少年が振り向く。首には狐を象った銀のペンダントが下げられている。

 -少年の顔はのっぺりとした鈍色に光る金属となっていた。



 出し抜けにシオンは眼を見開き、身体をくの字にまげて大きく咳き込んだ。



「はぁっはぁっ! ギュムナ? オイコス? わたし生きてる?」


「生きてる! ああちくしょうめっ! 生きてるよ! よくやったぞギュムナ! いきてる!ははははは!!!」

 オイコスは鉄の腕でシオンとギュムナを抱き寄せた。


「痛い! 痛いってば!! んもう…… ギュムナが助けてくれたの?」

 少年は泪でえづきながらもコクコクと首を縦にふる。

「ありがとうギュムナ……」


「しかしすげぇなギュムナ いったい何をしたんだお前?」


「それより、みんなを助けなくちゃ!」


「ああそうだった! おい、生きてるかメアリー! ジョーイ!!」


 そのとき、土砂の一部が動いた。生存者に違いない。シオンはすぐに駆け寄った。


「まってて、今助け……」


 そこで少女は言葉を飲み込んだ。土砂から這い出てきたのは人ではなかった。

 それは石塊、流木を高々と持ち上げ、鼻息も荒く現れた。

 巨大な山豚だ。体長は3メートル近く、体重も500kgはあるだろう。秋のどんぐりを食べて丸々と肥え太った野生豚だ。

 大豚は怒りに燃える()()()()で少女を捉えた。シオンはゆっくりと後ずさるが、大豚は少女を眼光に捉えて離さない。

「オイコス! ギュムナ! 下がってて!」


 次の瞬間、豚が全速力で走り出した。地面がぬかるみでよかった。十分余裕をもって避けることができる。横飛びにかわして引き抜いた剣を見舞う。

 オオカミと戦った時の反省だ。真正面から受けてはいけない。しかし斬り付けでは皮を少し傷付けた程度で大した効果はなさそうだ。


「山豚か!? こんなときに!」


「オイコス、私の荷物の中にクロスボウとボルトがある!」


「わかった!」


 大豚の行動パターンは単純明快だ。

 -かえる師匠曰く、転がり落ちてくる石ころのようなものだ。

 豚は前にしか進めず、突進の前には必ず一度足を止めて距離を測る。そして走り出したら止まらない。足場の悪い森のなかでは脅威だが、ここは泥濘だ。

 豚の動きは制限され、方向転換はままならない。動き出してからでも十分にかわせた。

 突撃をかわす、剣で腹を突き距離を取る。

 突撃をかわす、剣で腹を突き距離を取る。

 本の中で、悪い魔女が遣わした怪物雄牛を倒した時と同じだ。


「おいシオン! クロスボウってこれどうやればいいんだ!?」


「金具に矢をはめて 弦を引いたら止め具に置くの!」


 時期に豚は疲れて動きが鈍ってくるはずだ。

 そうすれば後は楽に戦える。たが、それば机上の空論にすぎない。本の中の話しだけだ。

 濁流に飲まれ、泥に埋まり、少女は満身創痍だ。

 オオカミにやられた左手も動きはするが万全ではない。


 四度目の突撃をかわそうとした時、足が泥に取らて滑り、かわすのが遅れてしまった。

 シオンは大豚の鼻に引っ掛けられ、跳ね飛ばされた。大した打撃ではない。

 だが起き上がろうとした時には既に豚は目の前で大口を開けている。

 腹を減らした豚は、人の骨ですらバターのように噛み砕くと聞いたことがある。少女はぞっとした。

 しかし、真横から現れたオイコスが斧で豚の顔を全力で殴りつけた。

 大豚は顔から血を流し、不気味に甲高い声を上げて後ずさる。

 

「そこじゃだめ! 眉間を狙うの! 四つ目の真ん中! クロスボウは!?」


「置いてきちまった!」


 オイコスが大きく斧を振りかぶろうとする。しかし大豚が頭を大きく回し、鼻先で斧を弾き飛ばしてしまった。

 男は飛んでいった斧を見送った。シオンは落胆の表情を浮かべた。


「「ヤバイ!」」

 当然、大豚は二人に向かっていく。距離が近く、助走が無い分勢いは弱い。オイコスが豚の頭に手かけて踏ん張る。

 シオンもそれに加勢した。

「おい、こんな時どうするんだ?」


「わからない!」


 オイコスが投げ出していた行ったクロスボウは少年の足元にあった。

 怖くて仕方なかったが、するべき事はわかっていた。これをシオンに届けよう。

 鉄の両手は重さを感じることなくクロスボウを拾い上げた。

 向かった先にはシオンとオイコス。大きな豚とおしくら饅頭をしている。

 シオンが何かを叫んでいる。そう言えば前にクロスボウの撃ち方も教わった。


 少年はクロスボウを構え、狙いをつけた。鉄の腕の中でカリカリと歯車が回り、ピタリと止まった。

 金属の引き金を握ると、木の板をはたいた様な音と共に、ボルトが飛び出し、大豚の眉間に正確に命中した。

 突然飛来した矢に、オイコスとシオンが振り返り、少年の姿を認めた。

 二人はあっけにとられた様子で顔を見合わせた。急所を撃たれた大豚の体から徐々に力が抜け、そして音を立てて倒れるのだった。


 最悪の夜だった。少年の意外な活躍で大豚は倒したが。泥の中には集落の人々が埋もれているのだ。

 三人は疲れた体に鞭打ち、一晩中泥と流木を掻き分け続けた。


 朝になるころには雨は上がり、太陽が惨劇を明らかにした。

 家屋の全て、溜め込んだ薪の全てが泥の中に埋もれた。

 結局、朝がくるまでに見つかったのはさらに数人の遺体だけだった。

 ギュムナとシオンが必死に手当てをしたが、誰一人として息を吹きかえさなかった。

 集落は壊滅し、生き残ったのはオイコス以下、シオンとギュムナの三人だけである。


 瓦礫の中から外套と、それに包まった本を拾い上げ、少女は膝が崩れるように座り込んだ。

 救えなかった。

 知恵があっても、いや、自分の知恵が足りなかったのだ。

 かえる師匠なら、マスター・フォックスなら、もっと早く気付けていたはずだ。

 自分の力が足りなかったせいで沢山の人を死なせてしまった。そう考えずにいられなかった。


「おいシオン シオン、お前はよくやってくれたよ お前がいなかったら俺も死んでたさ」


「でもっ! でも、もっと私が、私が早く気付いていればっ!」


「仕方ない、仕方なかったんだ どうする事も出来なかった これは、きっと天罰ってやつさ」


「違うっ! 天罰なものかっ! あいつらっ、あの白ローブの奴らが湖をせき止めたんだ!! あいつらっ殺してやるっ!」

 腰の剣に手をかけ、駆け出そうとするシオンをオイコスがいさめる。


「やめろシオン またいつ崩れるかわからないんだ、死ぬぞ! それに証拠は何もないんだろ? お前が罪に問われるぞ」

 オイコスの言葉に少女は恥じいった。彼にとってこの集落はずっと暮らしてきたかけがえの無いものだ。

 それを目の前で失ってさえ、彼は冷静な判断をしていた。それなのに自分は一体なんのつもりなのだ。

 一人で頭に血を昇らせて、師匠の教えが聞いてあきれる。


「ごめん……」


「いいんだよ それより、これからどうしたらいいんだ」


「町へ行こう 領主に報告しなくちゃ」


「そうだな…… 俺は残ってここを片付ける 弔ってやらなくちゃな」

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