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第十一節 対話 降り続く雨 魔女エデュバ 一章の終わり


「書を棄てよ! 世界に混乱を招いた、悪しき王の過去のを断ち切る時である! 我らが唯一の神を信じよ!」


 帰りの道行きに、雨降る町辻で声を上げる白フードの一団が居た。

 人々のほとんどは屋内へと戻ったにも関わらず、変わらぬ調子で説法をしている。


「まず相手を知るべしか……」

 シオンは師の言葉を反芻する。


「魔王の作りし悪の遺産を! 今こそ葬る時である! 新たな理想郷は近づいた! 我が主は応えてくださる!」


「ねぇ、ちょっと話したいんだけど白フードさん」


「おおっ! 我ら孤児団へようこそ、迷える魂よ!」


「いや、入るかどうかは置いといて、話を聞きたいの」


「なんなりと 我らの理想と崇高な目的を話そうではないか」


 本当は今すぐにここから立ち去りたかったが、少女は深呼吸し、ざわつく胸の内を整えた。

 思想が反するからといって敵と決め付けるべきではない。決め付けて行動すれば敵は増えていくばかりだ。

 だから少女は彼らと対話する事にした。


「貴方たちは書を捨てよというけど、知識が無くてどうやって暮らしていくつもり? 人々は知恵と勇気で自然に立ち向かったわ」


「この大地を作りしは一つの神なり 自然とはすなわち神の被造物である それに立ち向かうのは神に立ち向かう事と同義! 恐ろしい傲慢だ!」


 流石に弁が立つ奴だ。論点を神にすりかえ、盾に使うのはこういった手合いの上等手段だ。

 本の中でも、こういった相手に出会った事がある。


「ということは人間もまた神の作りし物じゃない それなら私たちのする事は神に許されているのではないの?」


「それを歪めしが、かの邪悪なる魔王である! 魔王は邪なる魔法により、自然の理を捻じ曲げ、人々に傲慢の種を蒔いた! まつろわぬ芽は摘まねばならぬ! 天罰は下る!」


 シオンは認めざるを得なかった。彼らの言っている事は過激ではあるが確かに利が通っている。

 過去に何が起きたかは、最早御伽噺でしかわからない。

 だがそのどれもが過去の繁栄とその後の地獄の歴史を物語っていた。

 明王、あるいは魔王とも呼ばれる存在が、何かをゆがめてしまったのは事実だ。


「それじゃぁ貴方たちはどうしていくつもりなの? 理想郷って?」


「真に平等なる世界だ 世には富める者、貧しき者がいる 我々は貧者の子供でも受け入れる たとえ呪われた病の者であっても」

 シオンは傍らに佇むギュムナを一瞬見た。

 ゴーレム病の子供でも受け入れられる。その言葉に心が揺らいだ。


「貴方の言う平等とは?」

 シオンの言葉は明らかにトーンダウンしていた。


「皆等しく田を耕し、大地の隙間で生きていくべきである 人の価値は持っている金の量でも、従者の人数でも、血筋でもない どれだけ畑を耕したか、その広さで決まるべきだ」

 ボロを出した。一見正しいロジックに見えて彼らには大きな、大事なものが欠けている。


「待って、それじゃぁ働けない者はどうなるの? たとえば手足を腐毒で切り落とした者は? 身体が弱い人は?」


 一瞬、ほんの一瞬だがローブの男はたじろいだように見えた。


「……神の御心に委ねられるべきだ 自然のあり方を捻じ曲げれば神の天罰が下ろう! その時は近い!」


 シオンは小さくため息をつき、男に背を向けた。

 彼らの底は知れた。これ以上議論しても無意味だ。

 少年と共に去るシオンの背に向け、白ローブの男は繰り返し、天罰の到来を叫んでいた。



 それから二日間雨は続いた。町の農民たちは恵みの雨に感謝を捧げ、今年の収穫の無事を祝った。

 二人が戻った集落は久しぶりの豪華なご馳走に大騒ぎになったが、シオンは浮かない顔をしていた。

 例の教団の事が妙に気になっているのだ。

 雨降りしきるその夜、少女は久しぶりに本を開いた。



 --------------

 少女の精神は本の中へと吸い込まれる。

 周囲が真っ暗な闇の中に包まれ、椅子に座る魔女、エドゥバの姿が立ち現れた。


「久しぶりねぇシオン こちらへいらっしゃい」

 魔女が甘えるような声色で語りかける。


「どうしたの、元気ないじゃない?」

 少女は座ったままの魔女の傍まで行き、魔女が伸ばした腕に体を絡め取られた。


「鋭いわねシオン、流石私の娘ねぇ 私の心配はしなくていいのよ さぁ何があったの?」


「自分たちを孤児だとか言う教団に出会ったの 白いフードを着ていて、書を捨てよって叫んでる」


「まぁ、私が捨てられてしまうの? そんなのいやぁん」

 魔女は少女を抱き寄せ、体を押し付ける。その胸は豊満だった。


「んもう、苦しいってば! ねぇエドゥバは明王の事知ってるんでしょ? 何者だったの?」


 少女の質問に、魔女は小さく首をかしげた。その顔のほとんどは鹿の頭蓋で覆われ、表情はわからない。

 だがシオンは僅かなしぐさから感情の機微を感じ取るすべを持っていた。それもまた本から学んだことだ。


「言い難くそうね?」


「そうねぇ、言い伝えの通りよ」


 -その男は遥か昔、この島にどこからか現れ、彼方此方よりの恵みを手に携えた。

 -誰も知らぬ地にへと赴き、新たな種を地に植えた。

 -王の畑は常に豊作で、倉はいつも食べ物で一杯だった。

 -人々を寒さや飢えや苦しみから守る、石の館を築いた。

 -病を立ちどころに治す薬を練り、無償で人に与えた

 -今なお沸き続ける深い井戸を掘った。山に湖を作り、大地を潤す川を流した。

 -馬の要らぬ馬車。鳥のように空を飛ぶ術。それらの富で島は人で満ちた。

 -ああ

 -だがしかし

 -満ち過ぎた者達は互いをむさぼり始めた。

 -王は人に武器を与えた。

 -強い武器を。より強い武器を。さらに強い武器を。

 -人々が争いに我を忘れていた頃にふと気が付いた。

 -もはや玉座に王は居ないと。

 -王が去った島には、死と飢えと病だけが残された。


「本当にあった事なの? 明王はどうして去ってしまったの?」


「あなたはどう思うのシオン? なぜ明王は人々を見捨ててしまったのかしら?」


「……わからない きっと何か事情があったんだと思う 何か、すごく大きな出来事が…… 明王が悪い人だとは私には思えない でも、私がもしも明王だった決して見捨てたり、諦めたりはしない!」


「あーん!! 流石私の娘! シオンに百億万点あげちゃうわぁ!」

 魔女は硬い頭蓋骨の顔 をシオンの頬のこすりつける。


「痛っ! 痛いよエドゥバ! それやめてって!」


「いいことシオン 貴女の言う通り、決して諦めてはだめ どんなに困難があろうと本物の知恵と勇気があれば、立ち向かう事ができるわ」


「うん、そうだね」


 本は閉じられた。

 それは瞬き一回の間の会合であった。

 本の中にいるとき、()()()()の時間は止まってしまうようだ。

 とても長大な夢を見たはずなのに、起きてみれば五分と経って居なかったという経験はないだろうか?

 丁度それと似た感覚だ。本の世界でどれほどの大冒険を繰り広げようと、それは現実にはほんの一瞬の出来事なのだ。

 --------------


 雨はその夜も降り続いていた。シオンは眠れずに外へ出た。

 周りの土はぬかるみ、歩くのもしんどいほどだ。妙な胸騒ぎが、少女の足を川へと向けた。


「これは……どうなってるの?」


 川の水位はあまり変わっていなかった。

 この二日間続いた雨にも関わらず、川はいまだ痩せたままだ。

 雨が降れば川への水の流入は増え、水が増すのが道理だ。一体何が起きているのだろうか?

 少女は集落へもどり、オイコスの居る小屋へ走った。


「なんだシオン? 夜這いかぁ?」

 男の軽口を張り手で答えたシオンは、オイコスの顔にかじりつくようにして喋りだした。


「ねぇ、あの川は山の湖から水が着てるのよね!?」


「ああ、そうだが…… なんでそんな事を今聞く?」


「それであの湖は明王が作った!?」


「そうだ じいさんから聞いた話だ いったいどうしたシオン?」


「川の水位が変わってないのよ、こんなに雨が降ってるのに…… ああ、大変だわ」


「そりゃ変だな で、そんなに騒ぐ事か?」


「今すぐ皆を起こして! すぐに!」


 それからシオンは血相を変えて外に飛び出し、声の限りに叫んだ。集落の皆と、少年の名前を叫んだ。

 少女はある結論に達していた。雨が降っているのに川の水位が変わらない。川は山上の湖に繋がっている。

 もちろん雨は湖にも注がれているはずだ。では川に流れるはずの水はどこへ?


「急いでギュムナ! ここから逃げるの!」

 シオンはギュムナを起こし、そして自分の荷物を抱えた。まだ寝ぼけていた少年もシオンの剣幕に何も言わずに従った。


「どうしたのシオン!? 一体何が起きてるの?」

 集落の女達が騒ぎ始めた次の瞬間、それは起こった。シオンが危惧していた事だ。




 轟音と共に山が崩れ、大量の土砂と水が集落を飲み込んだ。


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