第十節 炭焼き暮らし 力あるオイコス 鳥の名前 山へ向かう教団 ふたたび町へ 葛藤する少年
こうしてシオンとギュムナは炭焼きの集落で暫く暮らすことになった。
集落は冬に向けての仕事が山積みでとても忙しかった。
町の住民や商人、そして近隣の村からの薪や木炭の依頼が大量にあった。
オイコス他、数人の男たちは山に入り木を斬り倒しては、巨大なノコギリで木を運びやすく切り分ける。
切られた丸太は水車を利用した鋸ミルでさらに切り分けれ集落まで運ばれる。
そしてあるものは薪用に、あるものは炭用となるのだ。
これらはかなりの重労働だったがオイコスは一人で人の数倍働いていた。
ゴーレム病の鉄の体は強く頑健で、疲れをしらない様子だった。
彼が集落で受け入れられているのはそんな訳だ。
そのかわり、人一倍飯も食べた。
シオンは集落の手伝いをしつつ、少年に身の回りの事を根気よく教えた。
あまり器用ではなかったが、少年もまたシオンの教えに根気よく答えた。
火起こし、鶏の裁きかた、ナイフの使い方に簡単な裁縫。
それからマスター・フォックスやうそつきドービーの話、騎士を夢見る大熊のバーリーの話もしてやった。
沢山の鎖の罠で作られた洞窟を知恵と勇気で切り抜けた話も。
本から教わった事を惜しげなく少年にも与えた。
「ねえシオン 鳥はどうしてあんなに鳴くの?」
ある時、ギュムナが鳴きながら木々を飛び交う鳥を見て訊ねた。
少しずつだが口数増えているようだ。
「鳥はああやって会話してるのよ 賢い鳥は雛鳥に名前もつけるそうよ」
「シオンはなんでも知っているね」
「本から教わったのよ そうね、今度字の読み方を教えてあげる」
「貴女、字を読めるの?」
集落の女が口を挟んだ。
「うんまぁね 読めるし書けるよ そうだ、今度みんなの名前を刺繍してあげるよ」
「子供なのに凄いわね 字が読めると何か得するの?」
「うーん…… 少なくとも、いちいち掲示の読み上げ一人にお金を渡さなくて済むかな ああ、そうだそろそろ町に依頼料を取りにいかなくちゃ」
「忘れてたの? まったくそそっかしいわね」
そう、オオカミ退治の報酬は町の役所に預けられている。
依頼達成の印を町まで持っていかなくては報酬は支払われないのだ。
「ギュムナ! 町までいくわよ! ねアンナ、私たち町に行くってオイコスに伝えておいて」
「はいよ お土産よろしくね」
シオンはギュムナと供に旅支度をした。
旅と行っても町までだが、自分の荷物はなるべく持ち歩くのが習慣になっていた。
ギュムナにも水筒と、小麦粉を塩と香草で練って焼いたおやつを持たせた。
ゴーレム病の体を隠すために、集落の女達の使っていないスカートを拝借して外套代わりに巻く。
これで万端だ。
そして集落を出てすぐの所で、いつか見た白フードの者が十数人、山へ向かっていくのが見えた。
斧を持っている。
オイコスの姿もあった。白フード達と何事か話をし、結局フードの連中はそのまま山の中へ入っていった。
シオンはギュムナを連れてオイコスの元へ向かった。
「ねぇ、あいつら何しにきてたの?」
「山の木を切るんだとよ、儀式に使うとかで 許可証も持ってた」
「あいつら、この間も山の中に居た 湖のあたり おかしくない? 木を切るだけでなんであんなに大勢?」
「さぁな、だが許可がある以上はなんとも出来ない 気になるのか?」
「あいつらこの間、町中で本を焼けだのなんだの騒いでた 気味が悪いし、絶対なんか変な事企んでるよ」
「たしかに不気味だな ところで、出かけるのか?」
「うん、町まで依頼料を貰いにね 何か買ってきて欲しいものある?」
「そういや忘れてたな 雨が降りそうだから急いだほうがいいぞ 俺は何か肉をくれよ それじゃぁ逢引楽しんでこいよ」
シオンはブーツの爪先で男の軽口に応えた。
二人は改めて町へ向かった。しかし道の途中、ギュムナはふらふらと川の方へと行ってしまう。
「ちょっとギュムナ、どうしたの 何か見えた?」
少年は応えず、不思議そうにただ川を眺めていた。
たしかに何かがおかしいと、川を見た少女は感じた。妙な違和感がある。
そうだ、川幅がかなり狭くなっている。川の水量が減っているのだ。
シオンはギュムナを連れてさらに川へ近寄っていった。そして同じように川を眺める女を見つけた。
「ねぇ、貴女町の人? なんだか川小さくなってない?」
「そうなのよ ここ数日で急によぉ 一体どうなってるわけぇ? まぁでも雨がきそうだし、大丈夫だと思うけど……」
女の顔からは不安の色がありありと浮かんでいる。
この川は農地の取水と丸太の運搬、それに水車での粉挽きに漁業と町の根幹を握る大事な川だ。
「こういう事はよくあるの?」
「いいえ、聞いたこともない 大昔に明王さまがこの川を作って、それからずっとアールドブラを潤してきたのよぉ」
「ふーん…… ありがとう、もう行かなくちゃ」
しばらく雨が降っていなかったせいだろうか?しかしそれも杞憂だろう、雨が降れば川の水位は戻るはずだ。
「振り出す前に町に行こうギュムナ」
シオンは少年の手を引いてまた街道を行く。町までは数時間ほどで着く。
途中、集落に向かった際に利用した風呂屋のマダムに声をかけた。
「せっかく風呂に入れてやったのに、なんだいその酷い臭いは」としかられてしまった。
山を駆けずり回ってオオカミを仕留め、その後も炭焼き小屋で働いていたのだから、仕方が無いことだったが。
町は相変わらず賑やかだった。シオンは早速役所に出向き、集落からのオオカミ退治の証を役人に渡した。
この町では何度か依頼をこなしていたので、役人も少女の顔を覚えていた。
「フォグレイスの次は一人で二頭のオオカミ退治とは、君には神の加護があるようだな」
と役人は気取った台詞を言いながら報酬を払ってくれた。
報酬の20デナルに、役人へのチップを1デナル引いて19デナル。チップはケチると支払いに待たされる。
久しぶりに大金を手にした少女は自然に笑顔がこぼれた。
シオンは先ずギュムナの服を買うことに決めていた。
ほとんどボロ布だった服を、少年へのコーチがてらにシオンが繕ってはいたが限界だろう。
町の服屋で、すぐに着れるものを見繕ってもらったが少年はなぜか元の服を離そうとはしなかった。
ボロでも母親との思い出があるからだろうか、と察したが。何とかなだめすかして新しい服を着せる。
店主の女性はゴーレム病の少年を見て、眉を吊り上げたが特に何も言わずに居てくれた。
次は肉屋だ。この地域では伝統的に肉と言えば豚肉である。
秋の森でどんぐりをたらふく食べて丸々と太った豚は格別の美味さだ。
塩漬けにした豚肉の塊と生のソーセージ、それにたっぷりの脂身。これだけあれば集落の大食らい達も満足してくれるだろう。
「ねぇシオン」
屋台のスープスパゲティをすすりこんだ後、ふとギュムナがシオンの袖を引いた。
「なに、どうしたの?」
「シオンはどうしてそんなに優しいの?」
意外な質問に、少女は戸惑った。そんな事、考えもしたことがなかった。
「私が優しい?」
ギュオンはただこくりと頷いた。
「それなのに……」
「それなのに?」
「ぼくは…… どうして喜べないの?」
少年の言葉に、少女は心臓を縛り付けられた様に感じた。そんな事は考えなくていい。そのままでもいい。
振出した雨の中、シオンはずっと少年を抱きしめていた。




