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第九節 まいごのおひめさま 少年への教え ごちそう 

    -まいごのおひめさまのおはなし-



「おにいちゃん! おにいちゃん! 何処に居るのおにいちゃん!」


 まっくらなもりのなかで、だいじなほんをかかえた、ひとりのおんなのこがおおきなこえをあげています。


「いやぁ! 一人にしないで! おにいちゃん!!」

 ちいさなちいさなおんなのこは、くらいくらいもりのなかで ひとりでしくしくないていました。


「うわぁぁん! おにいちゃん! おかあさん!」


 おんなのこはわるいおうさまのてで、おかあさんとおにいさんを、うばわれてしまったのです。

 かなしくなったおんなのこは、おおきなこえでなきました。

 けれどもだれもきてくれません。 とおくから、おおかみのおそろしいなきごえがきこえるだけです。


「喉が渇いたよぅ…… お腹すいたよぅ…… おかあさん…… おかあさん! おにいちゃん!」


 たくさんあるいたおんなのこは、おなかもすいて、のどもからから。

 あしもとってもいたくてすわりこんでしまいました。


 おんなのこはほんをひらきました。

 わるいおうさまがやさしかったときは、よくおかあさんにほんをよんでもらったのです。

 そのほんはまほうのほんでした。

ほんをひらくと、なんという事でしょう。あたりがまっくらになってしまいました。




「さぁもう泣かないでシオン 貴女ならきっと大丈夫 頑張って、絶対にできるから」


 ほんのなかから、おそろしいすがたのまじょがあらわれました。でもまじょは、すこしだけ、おかさんににていました。


「あなた、だぁれ? 怖い人?」


「いいえ、シオン 私は怖くないわ 私は貴女を助けに来たの」


「助けてくれるの? おかあさんにあわせてくれる?」


「ごめんねシオン それはできないわ…… でもお話は聞かせてあげられる お話は好きよねシオン」


「うん!」


「それじゃぁいらっしゃい 本の中へ とても賢い、狐の王様の話をしてあげる」


「うん! ありがとう!」


 こうしておんなのこは、ほんのまじょにであうことができました。

 もうおんなのこはなきません。

 だってもうひとりぼっちじゃないのだから。


    -まいごのおひめさまのおはなし- おわり





 美しい朝だった。山の麓を見下ろせば、東からの陽光が木々を金色に染めている。

 何かが変わり始めてるのかもしれないと、少女は涙をぬぐいながら思った。


「よし、豪華な朝ごはんにしようか」


 シオンはしとめた狼を調理する事に決めた。食べるのならば本当はすぐに血抜きをするべきだったが仕方ない。

 その前にもう一匹のオオカミの行方を捜した。血痕を追えばすぐ近くで横たわるオオカミの死体が見えた。

 これでオオカミ狩の依頼は完了だ。シオンはほっと胸をなでおろした。



「さぁ頑張ってギュムナ 早くしないと、夜までに戻れないよ」


 シオンは無表情で石を叩き続ける少年を叱咤した。うかつにも昨晩は焚き火も用意せずに寝てしまったのだ。

 女が持っていた松明も消えてしまったので先ずは火を付ける所からはじめなくては。

 シオンはオオカミの腹を割くのに悪戦苦闘していた。オオカミは皮も筋肉も硬く、味もあまり良くない。

 だから滋養のある内蔵と血を使って料理をする事を思いついたが、片手ではなかなか上手くいかずにいた。


 それにしてもシオンが気がかりなのは少年の方だった。年頃の子供にしてはあまり泣きも笑いもしない。

 今もほとんど無表情で火打石をたたき続けている。それもゴーレム病の影響なのだろうか。

 あるいは母親の死のせいだろうか。


「そうもっと強く、斜めにこするようにして 火花をこの綿の上に落とすの 頑張って、絶対できる!」


 他人に物を教えるというのはなんと大変な事であろう。恐ろしくじれったくもどかしかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()のなんと偉大な事であろうか。

 魔法の本がとても優れた教科書であるのかを再認識させられた。ああ、この子にも魔法の本があったら。

 そう思わずには居られなかった。


「着いた! そうそう、そのまま息をゆっくり吹きかけて! 火が大きくなったら木の枝を乗せるの」

 何度かの失敗の後、ついに少年は焚き火を作る事に成功した。


「凄いじゃない! あなたはとても賢くて頑張り屋さんね!」


 少女の言葉に、ギュムナはぎょっとしたように目を瞬かせる。


「どうしたの? あなたがやったのよ?」


「ぼく、褒めてもらえたの?」


「当たり前じゃない」


「初めて褒めてもらえた」


 少年の言葉にシオンの目が潤んだ。そうか、自分は幸せだったのだ。

 かつての両親はシオンをとても可愛がっていた。

 そしてあの本の魔女や師匠たちも、シオンの事を心底大切にしていた。

 少なくともそう感じていた。

 そんなやり取りの中で大きな発見があった。

 人に教えるという事は、いつも自分がやっている事を相手に伝わりやすく噛み砕く作業が要る。

 そうする事で教えているはずの自分にとっても、知識が新たな血肉となるのを感じられた。

 そして少年が教えを達成できた時の喜びと言ったらひとしおだ。


 ギュムナの焚き火の上に、鍋と木串に差した肉が乗せられた。

 鍋の中身はそこらで取った薬草、オオオカミの血と肝臓と肺。

 串焼きにしたのは心臓部分だ。

 それに持参した蜂蜜酒と塩を少し。旅の必需品だ。

 内蔵はしっかり血抜きをすべきだが贅沢は言ってられない。

 二人は一つのフォークを交換しながら遅めの朝食をとった。

 少年もよほど腹を空かせていたのか、口の周りをオオカミの血で染めながら夢中で食べた。

 味のほどは想像に任せるが、ともかく滋養はある。

 腹が満ちれば気持ちも前へと進んでいくものだ。


「さぁ、出発しようギュムナ」


 ともに旅す仲間が増えた。

 そういえば本の物語の中で一緒に旅をしたアヒルのピートは、いつも問題ばかり起こしていたなと思い出した。

 元気にやっているのだろうか、たまには会いに行くのも良いかもしれないと、外套の中の本を手に取った。


「それ、本?」


「そうよ 私の大切な本なの」


「その本見たことあるよ」


「本当に!? どこで?」


「友達が持ってた 拾ったって言ってた」


 本が複数ある?見た目が似ているだけ?それとも本当にこの魔法の本がいくつもある?

 そういえばこの本が一体なんなのか少女はまったく知らなかった。

 ただ開けばいつでも魔女が迎えに来て、物語の扉を開いてくれる。

 扉の向こうの物語の世界では沢山の冒険が待っている。

 魔女は、本について「シオンを助けるために必要な全てを与えるもの」としか言わなかった。

 他の質問は全てはぐらかされてしまうのだ。

 たとえば魔女は自分についてはまったく語ろうとしてくれなかった。

 ただ、時が来れば話す事にするわとだけ言っていた。


 やがて二人は集落に戻った。

 土産代わりのオオカミの前足を見せれば、集落は歓喜に沸いた。

 村の女達はゴーレム病の少年に対しても何も聞く事なく受け入れてくれたのはオイコスのおかげだろう。


「本当にやったのか!? すごいじゃないか!」


「これで安心して仕事ができるわ!」


「貴女のおかげよシオン!」


「それで、その子はどうしたの?」


「山の中で出会ったの どうやらその……母親と山ではぐれてしまったみたいで」


「それで母親は?」


「オオカミにやられてしまって、助からなかった」シオンは首を横にふりながら答えた。


「なんて事だ……」


「それで頼みがあるの しばらく私とこの子をいさせてもらえないかしら その、すくなくとも傷が治るまで」


「何言ってる、もちろんいつまででも居てくれていいぞ!」

 オイコスは笑顔で答えてくれた。女達もまた満場一致で二人を集落に迎え入れた。



 翌日にはオイコスと共にシオンは再び山へ行き、オオカミの死骸と少年の母の亡骸をロバに乗せて運んだ。

 オオカミは毛皮にされ、少年の母は丁重に火葬にされることになった。

 オイコスが大きな革袋から幾つも笛の筒が飛び出した風変わりな楽器を鳴らし、少年の母に弔いを捧げる。

 その間も、少年はほとんど無表情でただ眺めていたのだった。

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