共に生きる
鏡子ちゃんが両手をかざしていると、青白く顔色の悪かった彼女の頬もいくらか赤みが戻ってきたように感じます。
「鏡子、意識が戻る前に一旦その子を保健室に戻そう」
駆先輩の提案で、みんなで彼女を支えて歩き始めました。
幸いここは、さっき至先輩と話をした保健室の先の行き止まりの近くですし。
小さなため息に振り返ると、自分の内臓(模型)を大事そうに両手に抱えたハルオくんです。
「どうしたの?」
悲しそうなその顔はまるで涙が浮かびそう。
「大腸取れてもおて。地面に落としたから傷がついてもた」
あ。さっきの厚いプラスチックが落ちたような音。ハルオくんの大腸だったんですね。
「後で至先輩に相談してみましょう。
何かいい方法があるかもしれませんよ」
コクンとうなずくハルオくんが可愛く見えてきたのは、私もだいぶこの状況に慣れてきたってことなのかもしれません。
慣れって怖……。
いえ、慣れて……良かったです。
■□■□
だいぶ時間が遅くなってきたということもあって、今日は解散ということになったんですが、今日の内に話しておきたいということもあって私たち三人は帰宅路会議中です。
「あの夾竹桃の下。何かの動物が埋まってるのかもしれないな」
そんな気はしていました。
夕焼けの朱い光が長く尾を引いて私たちの影をアスファルトに伸ばして見せます。
「このはちゃんが成仏させたってことで終わりかな」
「えっ。どうなんでしょうか。わかりません」
駆先輩の問いかけにははっきりとお答できません。なにせいろいろ初めて尽くしでしたし。
「単に埋まってるだけなら、あんな反抗的な手段に出ないだろう。
埋められたってことかもな。
今までは何も無かったから放置してたけど、またなにかあったら困るし。うちのじーさまに頼んで、散歩ついでに拝んでもらっておこう」
至先輩のおじいさんってことは、龍桜寺のお坊さんですね。
「じーさまに頼むと金ふんだくられるぞ」
駆先輩の嫌そうな顔に何だかおじいさんに守銭奴のイメージが。
「鏡子に頼んで肩たたきしてもらえすぐに機嫌がよくなるよ」
幼女好きですかっ?
もくもくと想像が膨らんじゃいます。
「ええと、一応聞いてもいい?」
探るような駆先輩の声に顔を上げました。
「紅桜ですよね」
私の声に至先輩も顔を向けて来ます。
上に向けた両手のひらを見つめちゃいました。
「まだ、ここにいます。
たぶん、いなくなることはないと思います」
「歴代の巫女が隠そうとした。
って言っていたよね」
至先輩の思い出すような様子に、色んな感情が湧き上がってきます。
「実家の、鬼呼の巫女は刀隠れって呼ばれているそうなんです。
でも、伝承が古すぎて、祖母も詳しいことはよく分からないみたいでした。
力が狙われたり、異能、異端なんて言われたのかも知れません。
私も正直、この力と一生付き合っていくのは気が重いですし」
夕焼けの綺麗な朱が夕闇に変わるように、暗い影が徐々に辺りを支配していくみたいです。
「忘れていた大切な何かを、思い出したくなくて。
私は、その事にずっと、罪悪感を持っていました」
ギュッと握りしめた手。
私の耳に届く、小さなため息の音。
「一人で抱え込まないように、常に相談できる人が一緒にいたんだろ」
「そーそ。今じゃどっちかわかんないけどね」
「……はい!」
暗くなってきた空に浮かぶ大きな月と一粒の星。
大丈夫です。
皆さんがいてくれるから。
きっといつかこの謎が解ける日が来るかもしれませんし。
■□■□
夕焼け空に、満開の桜が私を迎えてくれた。
紅葉と桜が同居しているみたいだけど、桜はやっぱり青空の下が綺麗だな。
鬼呼神社の入口で、お使いの包みを胸にそんなことを思いながら鳥居を潜ると
「美朱ちゃん」
庭で散る花びらを竹箒で集めていた紫檀さんの優しい笑顔には、いつも癒されちゃう。
横切る大きな桜の樹。
いつ見ても、痛そうなヤケドのような跡。
時は巡り、人の世はとどまる事なく時を刻んでいく。
肉体は潰ついえても、魂は輪廻転成の輪に乗り、再び地上に帰ってくる。
輪に乗るは、人か刀か。
【完】
薄桜記 1~彩~【いろ】同様、最後の一コマは
薄桜記 3~雫~【しずく】に続いていきます。
こちらの掲載はまだ未定ですが……。
本作は~彩~と合わせて読んで頂けると、色々と繋がったりもします。
今回はかなり行き当たりばったりに書いてしまったので、締めに苦労しました。
すみません。
あえてどちらが鬼だったのかは触れません。
ちなみに
駆には、先駆け、先駆者。
至には、行き着く、行き止まり。
の意味があります。
ごめん。いたるん。
何はともあれ。
お読み頂きありがとうございました。
2020.04.26 あやの らいむ




