あの木の下で 1
理科の授業が全然頭に入ってこないですぅ。
教壇に立つ先生の実験の説明に交じって、理科準備室から聞こえるどつき漫才。ハルオくんの内臓ネタはシュールすぎますよ。
『お。ボン太、駆が走るでぇ。
金さん負けんといてな』
あの二宮さんの爆速に勝てる人間はいないと思います。
ハルオくんとボン太くんの声援は駆先輩に届いているんでしょうか。
……うるさいです。
『ハルオ!
あそこ見て』
急に雰囲気の変わったボン太くんの声。
つい視線が理科準備室に向いちゃいました。
『あかんっ。
また夾竹桃が呼んどる。
駆!』
ビリビリと響くハルオくんの大きな声に耳を覆っちゃいました。
ああー。先生が睨んでます。
これは、これは違うんですー。ハルオくんがぁぁぁ。
それにしても夾竹桃。あの木にはいったい何があるんでしょうか。
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理科室からの帰り道、本当は準備室でハルオくん達と話したかったんですけど、咲希ちゃん達もいたし。
準備室のドアのガラス部分から覗き込んで送ってくれたハルオくんとボン太くん。
優しい子たちだってわかってはいるんですが、あの小窓から覗く人体模型と骨格標本は、危うく叫びそうになるくらい怖かったんですけど。
教室への階段を上る踊り場にある鏡に映る、見覚えのある小さな人影は私の足元で小さく手を振ってくれています。
実際の足元にはいないこの子は、鏡子ちゃん。
ほほ笑む彼女の手には私のペンケース。
あれ?
教科書と一緒に持っていたはずのペンケースがないです。
「このは?」
足を止めた私に声をかけてくれた咲希ちゃん。鏡の中の咲希ちゃんの後姿のその奥で、鏡子ちゃんが階段を降りていきます。
「あ。
先に戻ってて。ペンケ忘れて来ちゃったみたい」
行き先はきっと保健室。そんな気がします。
一階まで降りると、保健室の前には鏡子ちゃんの姿。少し先の外に出られる廊下の突き当りには至先輩が立っています。
「さっきのハルオの声、聞こえた?」
「はい。理科室にいました」
「それは、耳が痛かったろう」
残念そうに笑う至先輩の顔。
「つい耳を塞いじゃったら、先生に睨まれちゃいましたよ」
ちょっとふくれてみたら、至先輩の顔が楽しそうに笑ってくれます。
始めは無愛想でちょっと怖い先輩かと思っていましたけど、ここ最近はちょっと打ち解けられたみたいな気がしちゃって。なんだか嬉しいです。
鏡子ちゃんが首を振ると、保健室から出てきたのは駆先輩でした。
「鏡子。集めてくれてありがとう。
ちょっと今年度になってからイヤな感じがしてはいたんだけど、あの夾竹桃本格的にやばいな」
いつになく真面目な駆先輩の顔は、それだけで事の重大さがわかるみたいです。




